2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決定した。56年振りの世界最大級イベントの招致は今後、日本経済にとって絶好の追い風になると共に、「観光立国」への扉を開く強力な起爆剤になるとも期待されている。訪日外国人を「おもてなし」するのは、最先端技術や日本食、富士山など自然遺産のみならず。それらに負けず劣らずキラーコンテンツになると見られているのが、日本が誇る夏の風物詩、花火大会だ。7~8月の2カ月間だけで約4000の花火大会が開催されるとも言われる日本は、世界に類を見ない花火大国。その世界最高水準の打ち上げ技術が、世界中から訪れる人々を魅了するのは間違いない。
だが、そんな期待の花火大会に、今年は様々なトラブルが相次いだ。単なる偶然か、それとも歴史ある伝統業界に何かが起きているのか。国内屈指の花火写真家で花火研究家でもある冴木一馬氏に、真相を聞いた。
(聞き手は鈴木 信行)
とにかく今年の夏は花火大会のトラブルが相次ぎました。まず記憶に新しいのが7月27日の隅田川花火大会。開始まもなく中止になり、多くの来場客がずぶ濡れで最寄りの駅に殺到、テレビの生放送も大混乱に陥りました。
冴木:確かに自分も、隅田川花火大会の中止は記憶がありません。
あの中止にはいくつかの疑問があります。まず当日は、素人が見ても大気の状態が不安定で、頻発していた「ゲリラ豪雨」が来る可能性が十分予測できた。なのに、なぜ主催者は、「開催見合わせ」という決断をもう少し早い時間帯に下せなかったのでしょう。
冴木:その辺りの事情を分かりやすく説明するには、花火ビジネスの構造からお話しすることになります。まず一般論として、行政主導の花火大会は、ビジネスモデル上、当日になっての開催見合わせは難しいという事情があります。おっしゃる通り、翌日などに急遽順延するとなると、花火師さんを2日拘束することになる。その場合、私の知る限り、手間賃はおよそ5割増、1.5倍になるはずです。ですが一方で当然ながら、行政主導の花火大会には厳密な予算枠というものがある。当日になってしまうと、担当者としても簡単に順延を決断するわけにはいきません。
順延でなく一気に中止にまで至る理由
なるほど。ならば数日前に順延を決定するしかない、と。
冴木:ですが、それも現実問題として難しい。こう天候が不安定だと数日後の天気予報は当てになりません。仮に順延を発表し、当日晴れてしまえばどうなりますか。日程変更の告知が行き渡らなければ、多くの来場者が現地に来てしまい、それはそれで大きな混乱が生じることになります。そうしたことを総合的に考えると、多少天候が不順でも強行した方がよいということにもなる。
花火大会が順延しにくい構造にあることはよく分かりました。ただ隅田川大会の場合、開始してすぐに中止に陥った結果、まだ花火も沢山余っていたはず。花火の製造コストなどが無駄になることを考えれば、せっかくの年に一度のイベントですし、特例的に、規模を縮小しながら日を改め、続きをやっても良かったのではと、素人は思ってしまうのですが。
冴木:それは技術上無理なんです。花火大会では、一般的に花火師さんは当日の早い時間から打ち上げる花火の導火線の先端を割いていきます。これをしておかないとスムーズに導火線に着火せず、早打ちができなくなる。ところが、導火線を割くとその時点から火薬が湿気を帯び始めてしまい、数日で駄目になる。日を改めて、使い回すことが出来ない。
地球規模の環境変化に追いつけない伝統的仕組み
つまり、極端なことを言えば「ビジネスモデル的にも技術的にも、“前日までに順延を決断できず当日を迎えてしまった花火大会”は原則として、雨が降ろうが槍が降ろうがもう強行する以外に手はない。スタート後、不幸にも、開催不可能な状況に陥ってしまったら、順延でなく一気に中止するしかない」というわけですか。
冴木:昔はそれでも大きな問題は起きなかったんです。花火大会が続行不可能な状態にまで天候が急変することなどめったになかったし、実際、多くの大会が雨天決行していました。
とすると、今年の夏、花火大会にトラブルが相次いだ理由の1つは…
冴木:間違いなくゲリラ豪雨、過去になかった異常気象のせいです。地球レベルの環境変化に、伝統的な花火大会の仕組みが追いついていけていない、という言い方もできます。
しかし、仮に仕方がないとは言え、何カ月もかけて準備した花火大会があっけなく中止になると、それはそれで様々な混乱が起きそうですが。
冴木:実際に起きています。8月中旬に開催されたある大会は、開始20分余りでゲリラ豪雨により中止に追い込まれました。この大会は地元企業による協賛金も運営資金となっていたので、まず中止に不満の声が上がったのがこのスポンサーからでした。また、有料席を設けて全国からお客を集めている大会でもあったため、来場者の中にも納得行かなかった方が数多くいたのは間違いありません。異常気象が続く限り、来年以降も、花火大会の主催者は様々な課題を抱えることになりそうです。
なるほど。ただ、今年の夏に起きた花火大会のトラブルの中には、必ずしも異常気象のせいとは言えないものも数多くあったと思います。例えば8月下旬に実施されたある大会では、沖合の防波堤に仕掛けられた花火が打ち上がらずに暴発。火花によって見物客が火傷をする事件が発生しました。
冴木:あの事件については、僕自身、とても不思議に思っています。多くの場合、花火大会での打ち上げ場所と見物場所は、万一暴発などの事態が起きても安全なように、一定の保安距離を取るよう条例などで規定されています。もちろん天候によっては、風向きなどで規定の保安距離では危険な状況も生まれるのですが、その場合は、花火師側がさらに保安距離を取るよう主催者側に申告するのが普通です。しかし、事故は起きた。
考えられるのは、花火師側が要望を申し入れたが主催者側が受け入れなかったのか、花火師側がそもそも要望を出さなかったのかのいずれかです。前者であれば主催者側の怠慢になるし、後者なら花火師側に問題があったことになる。
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