はじめに
 

 つい先日ですが、今の時代劇はどうなっているのかと思い、上映中の「信長協奏曲」を見ました。「あっ!」と思いました。率直に言えば、この作品は時代劇を装ったファンタジーといえましょう。これはこれで成立しているのですが、私のような「オジン」が共感できるものではなかったですね。

 

 要するに世間では、昔ながらの時代劇は通用せず、歴史を素材としたファンタジーやコントみたいなものでないと受け入れられないのだと思いました。ここ数年の大河ドラマが迷走している感があるのは、こうした世間とのズレを模索してのことでしょう。「真田丸」もその延長線上にあると思いました。

 

 さあ、第6回「迷走」はどうだったのでしょうか!

 

いいかげんな人たち
 

 前回の続きで、信繁(役・堺雅人)は、姉・まつ(役・木村佳乃)をはじめ、大勢の人質を小屋に匿います。ところが、あっという間に明智の兵に見つかり、散り散りに。信繁は窮地に陥りました。毎度の疑問ですが、あれだけの武装した兵に囲まれたら、まず殺されるでしょう。でも、殺されません。主役の信繁が殺されたら、ドラマが終わっちゃいますからね。

 

 まつも明智の兵に囲まれますが、忍者の佐助(役・藤井隆)が危機を救います。しかし、結局まつは追い詰められ、琵琶湖(?)に飛び込みました。それにしても、残りの人質はどうなったのでしょうか? 助かったのでしょうか、それとも殺されたのでしょうか? ちょっと不親切ですね。

 

 こうした状況下で、昌幸(役・草刈正雄)は再び去就をめぐって苦悩します。息子・信幸(役・大泉洋)らと会議をするのですが、例の間延びした声で意見を求めます。信幸は「私の意見は聞いてもらったことがない」といいながらも、促されて「織田につくべき」と進言します。ほとんど「水曜どうでしょう」(大泉洋の人気番組)の感覚ですね。

 

 すると昌幸は信幸の意見に賛意を示しますが、信幸は「もう何度も言ったじゃないですか!」と不満をぶつけます。本能寺の変で織田信長が横死し、どうすべきか判断を迫られたのは事実なのでしょうが、これではあまりにいい加減です。昌幸には視聴者をうならせるような、それなりの合理的な説明をしてほしかったように思います。

 

 このあと昌幸は滝川一益(役・段田安則)のもとへ行き、味方になることを伝えますが、逆に人質を出すよう求められます。そこで、昌幸は母のとり(役・草笛光子)を人質として送ることを決めます。ここで、薫(役・高畑淳子)がギャーギャーいうのは不要です。

 

 ところで、昌幸が信長の配下に加わったとき、厩橋城に入城した滝川一益のもとに、当時「弁丸」と名乗っていた信繁が人質として送りこまれたといわれています。この指摘を行ったのは、今回の大河ドラマの時代考証者の御一人で、真田氏研究ではナンバー・ワンの研究業績を誇る丸島和洋先生です。ご関心のある方は、「真田弁丸の天正十年」(『武田氏研究』52号、2015年)をお読みください。

 

徳川と北条
 

 北条氏政(役・高島政伸)が登場しましたね。当時、氏政は信長と良好な関係にありました。天正10年(1582)8月、氏政は子息・氏直に家督を譲っています。ドラマにもありましたが、実際の権限は自らが掌握していたようです。氏政が信長に多くの献上品を送ったことは、諸史料で確認できます。氏政は、これからのキーマンとなる人物です。

 

 驚いたのが、家康(役・内野聖陽)の姿です。前回も触れましたが、家康は「神君伊賀越え」で命からがら三河に逃げ帰りました。でも、あのようなくつろぎ方はないでしょう。本多正信(役・近藤正臣)と阿茶局(役・斉藤由貴)に体を揉みほぐしてもらい、「極楽、極楽」という感じです。家康がお灸をしていたのは事実で、大変な健康マニアでした。

 

 おまけに驚いたのが、本多忠勝(役・藤岡弘、)がやってきて、「信長の仇を討つべし!」と進言すると、家康は「わしは信長の家臣ではないし、誰かがやってくれるんじゃない。知らないよ」といった無責任な態度。これには唖然として、驚倒しました。

 

 家康が信長の家中に組み込まれた家臣ではなく、同盟者というのは事実です。しかし、実際に家康はただちに明智を討つべく出陣したのですが、尾張国鳴海(名古屋市緑区)付近まで進軍したところで、羽柴(豊臣)秀吉が山崎の戦いで光秀を先に討ったことを知ります。つまり、逃げ帰ってから、出陣の準備が整わなかったというのが実情だったように思います。

 

 秀吉が明智を討ったという情報は、早速、昌幸や一益の耳にも入ります。このとき一益は昌幸から秀吉について尋ねられ、「天下に一番近い男」と答えていますが、当時はそこまで明確な認識がなかったように思います。まあ、今後の展開を考えて言わしめたのでしょうな。

 

今頃気付いたか
 

 なんだかんだ言いながら、昌幸は南信濃の国衆らを集め、今後のことを協議しますが、なかなか話がまとまりません。最後に昌幸は混乱状態に陥り、「わしにはわからん!」と半ばさじを投げたような感じになります。いたしかたないところですが、これまでのいい加減な対応と相まって、拍子抜けした感じです。策士なのか、策士でないのか・・・。

 

 その後、なぜか昌幸ははたと思いついたように、信濃が北条、上杉、徳川などが狙う重要な地であることを認識し、「これからは誰の勢力にも与しない」と高らかに宣言します。信濃が重要な地であり、また先の強大な勢力が狙っていたことは、先刻承知のことです。なぜ、今さらそんな当たり前のことに気付いて、さも新しいことをやり遂げるかのような発言をするのか、私には良く理解できませんでした。

 

 というのも、これまでの昌幸の考えは、何ら裏付けがなく適当に判断してきたように描かれていました。すべて結果オーライです。これには、テキトー男の高田純次もびっくりでしょう。そこで急に当たり前のことを持ちされたので、「今頃気付いたの?」という不信感につながるわけです。

 

 途中で、真田の里を眺めながら信繁が父の子として生まれてよかった、信濃に生まれてよかった、そうだ私はこの地で生きて、これからも信濃を守っていこうという発言をしました。いかにも現代チックな発言で、地方創生を掲げる現政権へのリップサービスかと思ってしまいました。親子愛も泣けてきますね。

 

おわりに
 

 一般的に負けた大名は、「愚将」として貶められることが多いようです。「あのとき、○○氏に味方しておけば勝てたのに」ということになりましょう。しかし、いうまでもないですが、先のことは誰にもわかりません。たぶん、わかるのは神様くらいでしょう。

 

 当時の人はそれなりに合理的な判断をして、どっちの勢力に与するのかを決めているわけですが、そうしたものが欠落しているので、昌幸などの武将がいい加減な人間に見えて仕方がないのです。というのも、今なら失敗しても再チャレンジは可能ですが、当時は失敗=死だったわけです。そうした緊迫感が一切伝わらないと感じるのは、私だけでしょうか?

 

 単なる「キツネとタヌキの化かし合い」みたいなストーリーでは、視聴者が満足しないのかと思います。命のやり取りが介在しているのですから当然でしょう。そこは何とかしてほしいなと愚考します。

 

 ところで、今回の視聴率は16.9%とまた下がりました。次回は、再度の20%台を期待しましょう! 夢よ、もう一度!

 

 今日はこのへんにしておきましょう。では、来週をお楽しみに! 「ガンバレ! 真田丸」                                                                    
                                                                         
<了>


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