2024-12-08

地下のジャズ喫茶、変わらない僕たちが居た

仕事から帰ると妻はソファに寝そべり、両手でスマホを持って見つめていた。

ソファの片隅にはブランド品の紙袋クリスチャン・ディオール

晩御飯吉牛を頼まれテイクアウトの袋をテーブルに起きながらコートを脱いだ。

妻は顔を上げない。

晩飯、買ってきたよ」

「…ん? ああ、おかえり」

妻はスマホから目を離さない。ちらりと覗くとメルカリの画面が目に入る。

微かな舌打ち。SOLDの赤白文字

クリスチャンディオールはもう死んだよ」

「はっ?」

妻は初めてこちらを見た。

すっぴんの薄い眉。鼻の傍、細やかなニキビがあった。

デザイナークリスチャンディオールはとっくに死んでるってこと」

妻は微笑を浮かべる。

「だから何?」

そう言って妻はメルカリに向かいなおす。

パンからスラっと伸びた長い素足は欲望に塗れていた。

クリスチャンディオールはとっくにもう死んでるんだよ」

僕は妻が聞こえないほどの小声で繰り返した。暗唱するように。

それでも妻は再びクリスチャン・ディオール紙袋を並べるだろう。

無地の袋から吉牛二つを取り出すと、割り箸が入っていないことに気が付いた。

仕方がないのでキッチンへと向かう。

”あの子はまだ元気かい

その間、頭の中で歌詞リフレインする。

自分弱虫であることを噛みしめながら、俯く暇もなく箸を取りに行く。

そして仕事のことを考え、木漏れ日に夜がやってきた。

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