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Stories of fate


業火 ~fell fire~(Rewrite編)(R-18)

業火 あおいそら 51

『兄さん。
 兄さんが家を出て行ってから、家の中は大変な騒ぎでした。兄さんのご両親が突然帰国して訪ねて来られたり、兄さんの父方の祖父母という方々までいらして責められたりと、もう目も当てられない騒ぎになりました。
 そんな中、姉は次第に顔色が優れなくなり、だけど私たちはそれはそういういろいろなことが引き起こした精神的なものだと思っていました。姉のことは心配していたけど、それどころではない事態に引きずられて、私も少しおかしくなりそうな時間でした。
 警察に捜索願を出して少し落ち着いた頃、今度は姉が突然消えてしまいました。
 荷物を全てまとめていなくなった兄さんとは違って、姉は何も持たず、本当にある日忽然と消えてしまったんです。
 母は半狂乱になり、父も愕然とし、そして私もどうして良いのか分からない時間が延々と流れました。
 今思えば、姉は、あなたのご両親と私たちの親とがお互いを罵りあう姿に絶望していたのかも知れません。
 兄さんも姉さんも消えてしまって半年以上が過ぎ、もうすぐ夏が終わりを迎えようというとき。たまたま私が対応した一本の電話がありました。
 姉からでした。聞いたこともない地方の田舎の病院からでした。
 入院費を払えないから、通帳と印鑑を届けて欲しいという内容でした。姉は本当に何もかもを置いて行ったので、彼女名義の通帳が確かに家にあって、そこには月々のお小遣いやお年玉やいろいろなお祝い金なんかが貯めてあって、確かにある程度のまとまったお金は入っていたんです。
 姉は言いました。
 私が出なかったら名乗らなかったと、だから、誰にも言わないで欲しい、こっそりと通帳だけを届けて欲しいと。その場で問いただしたいことは沢山あったけど、私はとにかく姉に会えば説得も出来るだろうとその病院へ向かいました。そして、知ったんです。
 姉は、兄さん、あなたの子どもを身篭っていたんです。
 それを知ったとき、姉は決意したそうです。
 一人で生んで育てようと。
 父や母に知られたら堕胎を勧められるだろう。或いは、もし仮に許してくれたとしても、両親につらい思いをさせてしまう。この罪は一人で背負おうと。
 兄さん、姉はあなたに対する贖罪と精一杯の誠意、そしてありったけの愛情の証として、あなたの子どもを生むことを選んだんです。 
 見知らぬ土地で、臨月近くまで一人で働いていた姉は、充分な栄養の確保も難しかった。倒れて入院したとき、病院では子どもは諦めなさいと言ったそうです。もう、どちらかしか救えないのだと。
 そして、姉は子どもの命を選んだんです。
 母に相談しよう、話さない訳にはいかないと一人で考えている間に、本当に再会して間もなくのことです―姉はあっという間にひとりぽっちで逝ってしまいました。私が出産直前の姉に会ってお金を渡し、来週また来るから、と帰った翌日のことだったそうです。まだ予定日前だったのに、突然の破水。姉はそれでも、自分の力で赤ん坊を産んだんです。
 姉の葬儀は済みました。父も母も、子どもの父親が兄さんだとは知りません。いえ、気づいているのかも知れませんが、私は教えていません。
 僅かに早産で生まれたあおいは、あと数日で退院出来ます。今週末には両親と引き取りに行く予定になっています。その前に、兄さん、抱いてあげてください。きっと、もう二度と父娘として会うことはないと思いますから。
 兄さんを探すのは簡単でした。姉が言ってたんです。「基はホストになってるのかも」って。探偵社にそう指定して探してもらったらあっという間に見つけてくれました。
 私は兄さんを生涯許しません。
 父も、母も、同じです。
 それでも、姉はあなたを最後まで愛していた。あなたのために命を犠牲にしても構わないほど。…それだけは、ほんの少し羨ましいと思います。』



 そしてその週末、葵の両親が赤ん坊を引き取りに病院を訪れたとき、もう子どもはいなかった。子どもの父親が連れて行ったと、病院側は答えた。

 取り乱す両親を悲しそうに見つめながらも、由美は姉の遺言をまっとう出来たことに安堵し、同時に二人の行く末を案じる。子育ての経験どころか、親にまっとうな愛情を注いでもらえなかった男が一人で赤ん坊を育てられるとは思えなかった。

 それでも。
 姉は信じてみたのだろう。自らの愛の奇跡を。

 見上げた空は高く澄んで、その向こうに葵が微笑んでいるような気がした。








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