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Stories of fate


業火 ~fell fire~(Rewrite編)(R-18)

業火 あおいそら 49

 そして、時計の針は進んだ―。
 まだ夏の気配が残る秋口。




 高級ホストクラブに、一人の女性客が現れた。クリーム色のごく普通のスーツ姿で、店にはおよそ似つかわしくない清楚な空気を抱く若い女性だった。

「どなたのご紹介で?」

 入り口でそう聞かれた彼女は、常連客の名を静かに答えた。

「うかがっております、どうぞ。…ご指名はございますか?」
「はい」彼女は、店の入り口に提示されてある一人のホストを指さした。
「この人を―」

 席に案内され、やがて現れた男は、彼女の顔を見て僅かに表情を強張らせた。

「…由美、ちゃん?」
「基兄さん」

 由美はゆっくりと彼を見上げた。

「どうして―ここが」自嘲的な笑みを浮かべて彼女の隣に腰を下ろした男に、まるで抑揚のない声で由美は告げた。
「姉さんは、死んだわ」

 え、と基はゆっくりと目を見開いた。

「葵が…?」
「死んだわ」
「いつ」
「一月前よ」
「ど…どうして」

 動揺のあまり基はテーブルの上に並べてあった花瓶を倒し、あたふたとそれを片付ける彼を見つめて、由美はそのまま静かに席を立とうとする。

「ま―待って、由美ちゃん」

 慌てて基は彼女の腕を掴んで妹を引き止める。

「それだけ、言いに来たの」
「待って」

 まるで呼吸を整えるように大きく息を吸って、基の瞳は一瞬空(くう)を泳いだ。

「さよなら、兄さん」由美の声は冷たかった。そこに密やかな憎悪を感じる。
「待てよ。いったいどういうことだよ、なんで葵が」

 最後に葵の姿を見たとき、彼女は間違いなく元気そうだった。最後まで葵は基を真っ直ぐに見つめ、彼を心配していた。そして、あの瞳に浮かんでいた熱い炎に彼は怯えたのだ。
 彼には、応え方が分からなかった。
 愛の意味を、愛することの意味を、彼は知らなかった。
 それまで彼を必死に諭していた葵が、不意に彼を弟としてだけではなく、もっと違った深い色の愛で包み込もうとしてくれた。
 本当は、それこそが彼が望んでいたことだとどこかで分かっていたのに、逃げ出すことしか出来なかったのだ。

「兄さんのせいよ」
「俺の?」

 由美は追いすがる基の目を一瞥し、肩に置かれた手を振り払った。

「もう二度と会うことはないと思う」
「由美ちゃん!」

 清算をして入り口に向かう彼女の後を追って、基は店の外へ出る。

「待って、由美ちゃん。教えてくれ、いったいどういうことなんだ!」

 店の外に出てコートを羽織った由美は、僅かに躊躇った後、ポケットから一通の手紙を取り出して基を振り返った。

「姉さんからよ」

 呆然とそれを受け取った基は慌てて封を切る。葵の匂いが微かに漂っている。震える手で中の紙を取り出して貪るように文字を追う。

「兄さん」その様子を黙って見ていた由美は一枚のメモ紙を彼に差し出した。
「ここへ行って。兄さんを待ってるから」

 基は涙を零していた。

「待ってるから」

 由美はそれだけを言ってその紙を基の手に握らせ、そのまま夜の町へ消えていった。

「どうして…っ」

 由美が去ったことにはもう構わずに、そして、周囲から浴びせられる冷たい視線もまるでお構いなしに、葵の手紙を抱きしめて、基はその場に崩れるように座り込む。

「どうして、葵…」


 
『基。ごめんね。
 ずっと大好きだよ。
 今度生まれ変わったら、別の形で会おうね。
 ううん、でも、また双子でも良いかなぁ』



 力のない字で、まるで死に逝く者の息遣いのような弱々しい筆跡だった。文字通り、最後の力を振り絞って、彼女はその言葉を遺したのだろう。

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