「ただいまぁ」と母親が一足先に戻ったのは、翌日のお昼前だった。未明まで掃除に励んだ二人は、まだ眠ったばかりで、辛うじて基がその声にはっと目覚めた。
「お帰りなさい、母さん」
キッチンで何か荷物を解いている彼女の気配に、しっかり着替えを終えた基が顔を出す。
「あ、ただいま、基」
微笑んだ母の表情が微かに動揺したのを基は見逃さなかった。
「葵は?」何気なさを装っていたが、明かに彼女の瞳には疑いの色が見えた。
「まだ寝てるみたいだよ」
「また夜更かししてテレビでも観てたのね?」
母は、ため息を吐いてみせ「これ、二人にお土産よ」と小さな包みを二つ見せ「これは、基に」と一つを手渡した。
「ありがとう」彼はちょっとそれを見つめて、ゆっくり顔を上げて母の手からそれを静かに受け取った。
「お土産なんて、もらったの初めてだ」
「え」と母は、きょとんと息子を見る。
「あ、…ああ、一緒に旅行に出ていれば、もらうことはないよね」
基は、何も言わずにゆっくりと笑みを浮かべる。
「父さん達は?」
「あ、そうそう。私だけちょっと体調崩して先に帰ってきちゃったの。父さんと由美は予定通り明日の夕方に帰ってくるわよ」
「そうなんだ。…え、じゃ、どうやってここまで来たの?」
「電車とバス。年末はあれだけ混んでるのに、すごいのよ。全然人がいないんだもの!」
母は屈託なく笑い、基も、そう、と笑ってみせた。
やがて、階下の騒ぎに気付いたようで、葵が降りてきた。
「あれ? お母さん、どうしたの?」
「あ、葵。ただいま。あなたこそ、まだ寝てたの?」
基は、二人の会話を聞きながら受け取った包みを抱えたままお湯を湧かし始めた。
「だって、夕べは基と家中を大掃除したんだもの」
「ええ? どうしてまた!」
「うん、なんとなく」
予め基と打ち合わせていた通り、なるべくさり気なく、葵は言った。
「せっかく男手があったから、普段出来ない所とかやってもらったの。綺麗になったでしょ?」
母は娘の顔を見て安心し、ようやくそれに気付いた。
「あら、ほんと。すごい、床なんてピカピカじゃない」
「でしょう?」
「まぁ、基まで一緒に掃除してくれたのね?」
「運動の一環のようなものでしたから」
二人の前のテーブルに紅茶のカップを差し出して、どうぞ、と基は促す。
「あら、ありがとう」母は席に就いて、カップを手に取った。
二人の様子がごく普通の姉弟のようで、彼女は取り越し苦労だったと胸を撫で下ろした。そして、ふと思い出して、もう一つの包みを葵の前に置いて言った。
「お土産よ」
それは、初詣に訪れた神社で買った勾玉のお守りと、それぞれの名前を入れてもらったお揃いのペンだった。
変によそよそしく振舞うでもなく、お互いに相手のもらった品を覗き込んで笑い合っている二人の様子を見つめて、母は、ずっとこうやって過ごしてきたような錯覚を得る。二人とも自分が引き取っていたなら、こういう光景は日常としてここに在った筈なのだ。
双子。
母にとって二人は、彼女が産んだ双子の姉弟なのだ。それを、二人とも、その‘きょうだい’という一括りの土産物に知る。二人は彼女にとって同じ位置に存在する子ども達なのだ。
しかしそれは葵にとってはごく当たり前のことで、そして、基にとってはどう対処して良いのか分からない奇異で奇妙なことだった。
「お帰りなさい、母さん」
キッチンで何か荷物を解いている彼女の気配に、しっかり着替えを終えた基が顔を出す。
「あ、ただいま、基」
微笑んだ母の表情が微かに動揺したのを基は見逃さなかった。
「葵は?」何気なさを装っていたが、明かに彼女の瞳には疑いの色が見えた。
「まだ寝てるみたいだよ」
「また夜更かししてテレビでも観てたのね?」
母は、ため息を吐いてみせ「これ、二人にお土産よ」と小さな包みを二つ見せ「これは、基に」と一つを手渡した。
「ありがとう」彼はちょっとそれを見つめて、ゆっくり顔を上げて母の手からそれを静かに受け取った。
「お土産なんて、もらったの初めてだ」
「え」と母は、きょとんと息子を見る。
「あ、…ああ、一緒に旅行に出ていれば、もらうことはないよね」
基は、何も言わずにゆっくりと笑みを浮かべる。
「父さん達は?」
「あ、そうそう。私だけちょっと体調崩して先に帰ってきちゃったの。父さんと由美は予定通り明日の夕方に帰ってくるわよ」
「そうなんだ。…え、じゃ、どうやってここまで来たの?」
「電車とバス。年末はあれだけ混んでるのに、すごいのよ。全然人がいないんだもの!」
母は屈託なく笑い、基も、そう、と笑ってみせた。
やがて、階下の騒ぎに気付いたようで、葵が降りてきた。
「あれ? お母さん、どうしたの?」
「あ、葵。ただいま。あなたこそ、まだ寝てたの?」
基は、二人の会話を聞きながら受け取った包みを抱えたままお湯を湧かし始めた。
「だって、夕べは基と家中を大掃除したんだもの」
「ええ? どうしてまた!」
「うん、なんとなく」
予め基と打ち合わせていた通り、なるべくさり気なく、葵は言った。
「せっかく男手があったから、普段出来ない所とかやってもらったの。綺麗になったでしょ?」
母は娘の顔を見て安心し、ようやくそれに気付いた。
「あら、ほんと。すごい、床なんてピカピカじゃない」
「でしょう?」
「まぁ、基まで一緒に掃除してくれたのね?」
「運動の一環のようなものでしたから」
二人の前のテーブルに紅茶のカップを差し出して、どうぞ、と基は促す。
「あら、ありがとう」母は席に就いて、カップを手に取った。
二人の様子がごく普通の姉弟のようで、彼女は取り越し苦労だったと胸を撫で下ろした。そして、ふと思い出して、もう一つの包みを葵の前に置いて言った。
「お土産よ」
それは、初詣に訪れた神社で買った勾玉のお守りと、それぞれの名前を入れてもらったお揃いのペンだった。
変によそよそしく振舞うでもなく、お互いに相手のもらった品を覗き込んで笑い合っている二人の様子を見つめて、母は、ずっとこうやって過ごしてきたような錯覚を得る。二人とも自分が引き取っていたなら、こういう光景は日常としてここに在った筈なのだ。
双子。
母にとって二人は、彼女が産んだ双子の姉弟なのだ。それを、二人とも、その‘きょうだい’という一括りの土産物に知る。二人は彼女にとって同じ位置に存在する子ども達なのだ。
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