超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

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いつもの行動パターンがいつも「限界まで走る」。

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いつもの行動パターンがいつも「限界まで走る」。


今日は朝から沖縄は雨だった。どうせ道は混むだろうなと思いながら車を走らせて、遅刻しなきゃいいなとぼんやり考えてた。道の混雑ってやつは、本当にストレスの塊みたいなもので、あれだけで一日のエネルギーをじわじわ削ってくる。


で、そんな朝にふと思い出したのが、最近よく見る夢の話だ。夢と言っても将来の夢とかじゃなくて、夜に見るやつ。これがまた、毎回ろくでもない。答えの出ない問題を延々考え続けていたり、明らかに無理なことをしながら、どこか遠くに向かって走り続けていたり。起きたあとに「ああ、またか」となるような夢ばかりだ。


結論から言うと、これはたぶん、現実で無茶をしている証拠なんだと思う。 自分でも分かってる。無理してるなって。でも、やめられない。


理由は単純で、僕のデフォルトの行動が「限界まで走る」になってしまっているからだ。力を抜くとか、気楽にやるとか、そういう選択肢の取り方が、そもそも分からない。限界すれすれ、もしくはもう超えている状態で走り続ける。それが普通になってしまっている。


これ、壊れるまで止まらないってことなんだよな、冷静に考えると。実際、今までも何度もそうだった。全力で突っ走って、完全に壊れて、ようやく止まれる。止まるというより、止まらざるを得なくなる。行動していないと、生きている感じがしない、みたいなところがあって、だから余計に厄介だ。


「適度に休む方法」ってやつが、いまだによく分からない。休もうとは思う。でも実際に休めている時間なんて、サウナに入って脳の機能が一時停止している時くらいだ。それ以外は、常に脳がフル回転している感覚がある。だらだらしようとしても、そもそもだらだらができない。


昔、病気の関係で仕事を辞めて、一日中だらだらしていた時期があった。あの時は、休めたかというと全然そんなことはなくて、罪悪感で自縄自縛だった。一日中、自分の価値観と衝突して、内側で殴り合いをしているような感覚。正直、かなりきつかった。


その記憶がトラウマみたいに残っていて、今でも「適当に手を抜く」ということができない。仕事をして、趣味もやって、外から見ればそれなりに整っている今の状態でも、ブレーキのかけ方が分からないままだ。


じゃあどうすればいいのか。考えても仕方ない部分はあるけど、理屈としては分かっている。エネルギーを7割くらいで止めること。本当は100%、いや120%までやり切りたいところを、「まあここまででいいか」で終わらせること。創作でも同じで、完璧に仕上げようとせず、7割くらいの完成度で未来の自分に投げる。それができない限り、限界超えの行動は続く。


とはいえ、休めないのもまた事実で、これはもう性分なんだろうなとも思う。実際、この性分のおかげで成し遂げられたことも少なくない。同じ病気を抱えている人たちを見渡したとき、自分はまだ恵まれている方だとも思う。そこには素直に感謝している。


僕は何かを諦めるのが本当に苦手だ。うまくいかなければ、内側に恨みや怒りを溜め込んで、燃え尽きるまで抱え続けてしまうタイプだと思う。そうならずに済んでいるのは、たまたまエネルギーの向き先をうまく外に出せているからなんだろう。


力が余っている人間にとって、エネルギーの向き先が決まっていない状態は、たぶん地獄だ。自分の中でぐるぐる回り続けて、いつか自壊する。そう考えると、今の状態はギリギリのバランスで成り立っている。


それにしたって、夢の中ですら「無理してるぞ」と言われ続けるのはどうなんだ、という気もする。子供の頃からずっとこんな感じだから、ASD的な特性なんだろうなと思うこともある。でもまあ、それも含めて性分だ。


無理をしない方向性を作ることはできる。でも結局、ブログを書くにしても、限界を超えて突っ走っている。だからもう、これは「しょうがないものだ」と、ある程度は諦めるしかないのかもしれない。


今日も雨の沖縄で、道は混んでいて、頭の中では相変わらず走り続けている。それでもまあ、こうして言葉にして書けているうちは、まだ大丈夫なんだろう。

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