2025-12-31

映画館は、途中で見るのを辞めづらいという点で、「一人で勉強のためにスタバに行く」くらいのもんだと思う。

体験的な価値があるというよりは、「ここにいるためのコストを払ってるんだから、仕方ない」と自分を追い込むための行為

または、「みんなでコストを払ってるんだからちゃんと共有して何らかのネタにするぞ」という集団的追い込み。

そういう点で、本質的価値は低いと思っている。

スタバ行かなくても自室で勉強できるやつはできる」みたいなレベル

 

音楽ライブちょっとそれに近い。

「行ったからには逃げずに聞くぞ、行った証拠にグッズを買うぞ」「これによってファンであるという称号が得られるぞ」という体験的な追い込み行為であって、音はサブスクで聞いていた方がずっと良い。

例外的に、たとえばシンガーソングライター弾き語りみたいな、非常に細やかな音やパフォーマンスが、その場にある種のアウラスピリチュアル催眠現象によって、何か深い感動を引き起こすようなことがあるとは思う。

しかしそれは非常に稀なことで、「そこにいた」という記憶を買っているというのが大体だろう。

ミュージシャン物語の一部になるために金を払おうという、ある種の信心必要になる。

 

クラブで踊ることは、それらとは違って「音楽と一体化して踊る」という自分能動的に主役になり得るので、スポーツみたいな体験。(最近はもう行ってないけど)

自分はこう楽しむんだな」「あの人はこう楽しむんだな」という発見もあるし、家で同じような体験を生み出すことは不可能なので、ある種の価値を感じる。

団体スポーツは一人でできないのだ。

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