これはまったく輸入語彙である本来の「社会(society)」の概念とは異なる。
「society」とはラテン語の「socius」「仲間」という意味の言葉からくる概念だ。
それは「社会」、「社交」、より一般的に「人間の集まり」という意味を表す。
「会社」もひとつのsocietyだ。しかし、金銭の一切絡まない、社交クラブや趣味の集まりもsocietyだ。
人間がある程度調和を持って集まるところはすべてsocietyだ。
COVID感染したボリス・ジョンソンは言った「社会というものは存在する」。
ときには人間が集団となって病気や災害と戦わなければならないという教訓を込めた言葉だ。
何故なら、「社会」を理解するためには「個人」を理解しなければいけないからだ。
対等な「個人」が集まって始めて「社会」になるということを序列主義者の日本人は知らない。
「金」や「権力」のように絶対的な力をもって序列が決められないと、なんとなく集まった他人と対等に協力するということができない。
ボリスの「社会は存在する」はマーガレットサッチャンの「社会は存在しない」there is no such thing as societyという超バズったセリフhttps://acropotamia.hatenablog.com/entry/20110810への混ぜっ返しです...