職場での評価とは異なり、恋愛・結婚での外見ジャッジは自由ではあるが、手放しに正当化はできないという見解だよ
多くの研究は、それは個人の判断に委ねられるという立場をとっています。恋愛や結婚のパートナーを外見で選ぶことと、たとえば就職の採用試験で外見を評価基準にすることの間には線引きをしています。
ですが、やはり考えたいのは「ある外見に惹きつけられる」という気持ちのなかにもジェンダーや年齢、人種や障害などの偏りが含まれてしまっているということです。
そういう意味で、たとえば「あの人はこういう見た目をしているから恋人候補にはならない」という個人の考えが手放しに正当化されるかというと……難しいですね……。そこには倫理的な問題が存在しているように思います。
仕事の場で外見で選んで排除したり中傷するなら問題だが、恋愛や結婚相手を選ぶ場で、何を基準に評価し選ぼうと個人の自由でしょ。 公私の区別をきちんとつけなさい。
個人の自由であるのと、ルッキズムであることは矛盾しません
正当な自由を、差別だと言い募ること事態が不当。 批判されて当然です。
ルッキズムという言葉に「仕事などの公的な場面」というシチュエーションの限定はありません ルッキズムという言葉は、「見た目で人を判断する」こと全般が含まれます
その定義が書かれてるURLを貼ってください。 基本的には、容姿差別のことだよ。 特殊な定義なのでは? 是非教えてください。
職場での評価とは異なり、恋愛・結婚での外見ジャッジは自由ではあるが、手放しに正当化はできないという見解だよ 多くの研究は、それは個人の判断に委ねられるという立場をとっ...
だから、差別問題ではないでしょ? ルッキズム(容姿差別)!と主張するのはやめましょうね。 その文章も、倫理の問題とも断言していない。 仮に倫理の問題であったとしても、倫理観は...
ルッキズムと容姿差別はイコールではないですね ルッキズムは美醜判断全般を含みます
だからその定義を書いたURLを貼ってください。 さっきのは定義ではないでしょ。 もういいわ、話が通じないようなので切り上げます。
それってあなたの感想ですよね
ルッキズムを振り返ると、欧米の問題の発端は肥満による職場での採用や昇進の差別といった、明らかな不利益にかかわる問題だったのに対し、日常場面での外見の評価にかかわるもの...