そもそも、この人が死にたくなったのは、世間一般の正しさや規範に疑問を抱くことがなく生きてくることが出来てしまった健常者だから。
進学、就職、結婚、出産と、世間が「当たり前」「幸せ」と定義されるそれが出来なかった人を認めずに弾くことに罪悪感を抱く必要がなかったのに、子供の障害のせいで、これから思考停止なその生き方はもう出来なくなってしまった。
こうなってしまったら、社会が押し付けてくる「当たり前」やら「幸せ」やら常識やらを疑って、自分なりの回答を見つけていくしかないんですよ。
じゃないと、「当たり前」ができない子にあたるしかなくあってしまう。
もしくは、こういったタイプは、世間が求める理想像を内在化しやすいので、世間が求める理想的な母親の像を勝手に自分の中に作って、それになれないがために、自分が病んで壊れちゃう。
でも、子に障害がなくとも、成長の過程で理想に背く可能性だってあるわけじゃないですか。不登校になったり、世界情勢的に就職できなかったり、好きになったのが同性だったり。この世はクソな運ゲーなので、悪い出目がこのタイミングで出ただけと、ポジティブに考えて欲しい。
と言うことで、これから我々と同じく、人生うまく行ってる健常者なら一ミリも考えなくてもいいことを悩んで苦しんで、努力してもどうにもならなくて死にたくなる日々を送ろう。