2025-09-27

常識だと思ってることって意外とズレがある

無言の帰宅」が話題だけど、そういう慣用表現に限らず自分常識だと思ってる言葉相手通用しない時、なんかパラレルワールドに迷い込んだ気分になるというか異文化交流というか、当たり前だと思ってたことを違う視点で捉えられる気がして結構面白い。当たり前に知ってると思ってたことでも改めて説明しようとすると難しかったりするし、逆に相手が当たり前のように使ってる言葉自分が知らなくてほへーと思うこともある。最近印象的だったのは、イタリアンに一緒に行った友達カルボナーラってどんなやつだっけと聞かれて、流石にびっくりして冗談とか雑談のフックのつもりかなと思いつつ説明しようとしたら、クリーム系のやつとしか言葉が出てこず自分もびっくりした。

でも新鮮味があって面白いとはいえ、内容がしょうもなくて、やんわり間違いを指摘しても絶対誤りを認めない相手だと、説明するのもめんどくさくて勘違いしちゃってたのかな〜とお茶を濁すことももちろんある。このパターンで印象的だったのは、カバディのことをガバディだと主張する人で、カバディガバディ言い合うことがもはや面白かった。

父親アナウンサーの読み間違いやイントネーションミスなんかに文句つけるタイプで、小さい時から嫌だなーと思っていたけど、いやいやあれで正しくない?とか、あの単語混同したのかなとか、そういえばあの言葉イントネーション人によって違うよねとか、話題を広げると嬉しそうに話し出すから家族コミュニケーションを取りたくて話題を探してたのかなと思うとちょっとだけ許せるようになってきた。

言葉は移り変わっていくとはいえ基本的には正しく使いたいし、言葉は変わるというのを楯に開き直る人も知ったかぶる人も無知馬鹿にする人も嫌いだけど、言葉に関する問題ジェネレーションギャップカルチャーギャップがありつつ個人尊厳をめちゃくちゃ傷つけるようなものではないから、身近な人とコミュニケーションきっかけにする上ではなかなか良いトークテーマなのではと思う。

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