純情ラプソディ:第9話 エレギオン愛育園

 カルタが終わると大学受験一色の生活に入った。中学までは大学進学なんて夢の世界で、中卒で就職を真剣に考えていたぐらいだったもの。それが里崎先生のおかげで明文館に進学できたから大学進学が現実のものになったんだ。ヒロコが目指したのは港都大法学部。

 ヒロコは資格が欲しかったんだ。大卒も資格だけど、もっと現金にストレートに役に立つ資格。出来れば弁護士になりたいけど、なんとか司法書士になりたかった。それを取れれば一生なんとかなりそうじゃない。

 資格だけなら医師や薬剤師や看護師もあるけど、ヒロコは文系選択。さすがに医学部は難関過ぎたし、血を見るのも苦手だもの。文系なら教師もあるけど、ヒロコのイジメを助けてくれない連中ばかりだったから却下にした。

 港都大法学部も難関だったけどなんとか合格。無事奨学金ももらえる事になった。大学に入ったら勉強もそうだけど、バイトしてお母ちゃんを少しでも助けたい。高校の時はカルタに熱中しすぎて迷惑かけたもの。


 大学に入ってすぐに仲良くなったのがカスミ、カスミンって呼んでる。たいしたキッカケじゃなくて、ヒロコの姓が倉科で、カスミンが如月。なんてことはなくて、出席番号が続きだったから。大人しくて目立たない子だけど、生い立ちを聞いて驚いた。ヒロコも母子家庭で苦労したけど、カスミンに至っては孤児なんだよ。

「うん、本当のお母さんもお父さんもわからない。本当の苗字も名前もね」

 乳児院の玄関に段ボール箱に入れられて捨てられてたんだって。

「まったく犬や猫じゃないのにね。だから本当の生年月日もわからない」

 だから拾われた日が誕生日になり、乳児院の院長先生の苗字が姓になり、名付け親にもなったそう。

「孤児も孤児なりに頑張ったんだ」

 孤児は乳児院から児童養護施設に移されるのだけど、その途中で里親に出されたり、そのまま養子縁組になることもあるそう。でもカスミンはそういうコースには乗らなかったみたいで、

「エレギオン愛育園に選ばれた」
「それって、あの・・・」

 ヒロコも話には聞いて事がある。まるで西洋貴族の城館のような立派な建物で、広大な敷地に各種施設も充実しているそう。むりやりたとえればイギリスのパブリック・スクールみたいな感じかな。

 中の暮らしぶりも聞いたけどちょっと意外だった。建物が建物だからリッチで優雅だと思っていたら、孤児だから自立心を養うと言うか、なんでも自分で出来るように躾けられるで良さそう。

 食事はすべて園生による共同自炊で、小学校の低学年でも出来るところから手伝うそう。玉ねぎの皮むきぐらいは出来るし、配膳や後片付けもあるものね。当番制だそうだけど、プロのコックがいてみっちり鍛えれると聞いて驚いた。

「本当のプロで、どこかのホテルの料理長まで行った人って聞いてる。あれはプロが弟子を教えてる感じかな」

 ここもコックは技術指導やアドバイスはするけど、実際に作るのは園生で、高校にもなるとシェフ的な立場になり、メニューの組み立てから食材の購入まで自分たちの手ですべてやるんだって。

 この自分で出来るようにするのは徹底しているみたいで、洗濯や掃除はもちろんだけど、庭園の手入れ、自家農園の管理まであるって言うんだよね。もちろんボタン付けぐらいは当然だけど、

「洋裁も和裁も一通りは教え込まれるよ」

 整理整頓も厳しくて、常にチェックされるらしい。礼儀作法も専属の講師が年齢に応じて叩き込まれる感じで良さそう。持ち物は支給品になるけど、派手じゃないけど、これがすべて一級品だって。


 勉強も自習室、図書館が充実してて、これまた専属の教師が常にアドバイスを送ったり、勉強が遅れていたりすると、それを補うプログラムを立ててくれるんだって。

「適性は常に見られてたかな」

 勉強は手抜きなしだけど、運動に能力が見い出された者も同じで良さそう。なにしろ四百メートル・トラックを備えた運動場や専用の野球場、サッカー・グラウンドまであるんだよ。さらに体育館や武道場、室内の五十メートル・プールや室内テニス・コートまであり、これも専属コーチがバッチリついてるんだって。芸術系もそうで絵画でも、彫刻でも、音楽でも同様らしい。

「大学進学も奨学金が出るし」

 そのためかカスミンの成績も優秀。立ち居振る舞いも上品なのよね。

「そうでもないよ。エレギオンではたいしたことないよ」

 そうだった。それこそ東大や京大だけでなく、高校から海外進学さえするのもいるのよね。それもハーバードとか、オックスフォードとかの名前がポンポン出てきて、どんな世界だって思ったもの。港都大法学部じゃ、エレギオンでは自慢するようなものじゃないのかもしれない。


 イジメはなかったかと聞いたけど、やはりあったみたい。エレギオン愛育園も学校までは持っていないから、公立の学校に通うらしい。

「全部愛育園で完結させるとかえって良くないって話だよ」

 でも母子家庭のヒロコでもあれだけバカにされたから、孤児のカスミンなんてなおさらだったで良さそう。もっとも愛育園からの抗議はしっかりあったみたいだけど、

「表向きは抑えられても、裏に回って陰湿なのはね」

 なんとなくイジメ経験者同士として気が合ったぐらいかな。そうそうカスミンは愛育園の寮から通っているのだけど、遊びに行かせてもらった。そりゃ、もう立派すぎる門があって、そこの守衛さんに通してもらうシステム。玄関に入ると広いホールになっていて、喫茶室みたいなものまであるのだよ。

「あれは模擬店みたいなもの。園生がやってるの」

 女子寮に案内してもらったのだけど、トイレ付きの六畳ぐらいの個室。

「高校生以上は個室なの。中学生は二人部屋、小学生以下は四人部屋なんだ。トイレは個室にしかないから嬉しかった」

 お風呂は大浴場だって。とにかく、どこもピカピカに磨き上げられてるし園生も礼儀正しい。

「掃除と礼儀作法はとにかくウルサイところだから」

 これが有名なエレギオン愛育園だと良く分かった。カスミンに聞くと教育方針は孤児のハンデを跳ね返し、どこに出しても恥ずかしくない紳士淑女を育成することらしい。だから茶道や華道、習字まで教え込まれ、カスミンもピアノぐらいは弾けるんだって。

「恋は」
「あるよ。男子寮だってあるもの」

 カスミンは苦笑いしてたけど、やはり男女交際はかなり厳しそう。

「それでも、ずっと前に副社長さんに聞いたんだけど、これぐらい厳しくしたって結ばれる宿命にあれば結ばれるってさ」

 副社長って誰だと聞いたら、なんとエレギオンHDの月夜野副社長だって言うから腰を抜かしそうになった。愛育園はエレギオン財団の経営だけど、理事長はエレギオンHDの社長さんで副理事長が副社長って言うんだよ。

 エレギオンHDの経営首脳はトップ・フォーと言われてるけど、すべて女性でその経営手腕は卓越なんてレベルじゃないのも有名。そう簡単に会える人じゃないもの。まさに雲の上の人。

「ねえ、ねえ、どんな人?」
「どんなって言われても・・・」

 カスミンはしばらく考えてたけど、

「あれは園生にとって母親であり、お姉さんであり、恋人みたいな感じ」
「どういうこと?」
「女神だよ」

 女神だって! そういえばトップ・フォーはエレギオンの女神とも呼ばれるけど、

「ヒロコは見たことも、会ったことも無いからわからないと思うけど、あれこそ真の女神なんだ」

 カスミンが言うには気が遠くなるほど美人だし、そのうえで歳というものをまったく取らないって言うのだよ。だから小さい頃はお母さんであり、大きくなれば女ならお姉さんになり、男なら恋人になる感じだと言うのよね。

「でもいくら若く見えるからって」
「カスミと並んでも、変わらないぐらいだよ」

 ホントかな。