ツーリング日和25(第24話)フェリーにて

 ここはカフェテリア形式なのか。どうも並べてある小皿から好きなものを取って、メインは後ろのパネルにあるのを選ぶで良さそうだ。色々あるけどスマ漬重ってなんだろ。

「スマカツオとちゃうか」

 カツオの一種なのか。

「遠い親戚ぐらいみたいや」

 いわゆるカツオはサバ科マグロ族カツオ属で、スマカツオはサバ科スマ属で属から違うからサバの仲間だけどだいぶ遠いぐらいになるとかなんとか。つうかカツオもマグロもサバの仲間だとは初めて知った。味はカツオに近いそうだからそれにしてみよう。宇和島鯛飯は道後で食べたものね。

「カンパ~イ」

 生ビールが美味いよ。お腹が膨れたらツムギちゃんと大浴場に。お風呂からあがるとラウンジでまったりだ。ここももっと高い部屋なら、部屋でまったりだけど、さすがにあのスペースじゃ無理がある。

「このフェリーには売店は無いのですね」

 これも割り切りかもしれない。その代わりに自販機が充実してるのよね。コータローも、

「東京から九州に行くフェリーなんか、レストランもあらへんのがあるらしいで」

 レストランは欲しいかな。だってせっかくのフェリー旅だもの。自販機で買ってレンジでチンは寂しいじゃない。そっちの方が気楽で良いって人もいるだろうけどね。ところでさ、ツムギちゃんとは旅先で出会ってマスツーになったようなものだからインカム持ってないのよね。

 だから走ってる間は話が出来ないんだ。なんとなく昨夜は中途半端なところで話が終わっちゃったけど、

「よくある話ですが・・・」

 話は真宮寺家の御令嬢と晴嵐会病院の息子との縁談だ。お見合いをして交際が始まり、そのまま結婚式への流れに着々と進んだで良いようだ。まあ、ガチガチみたいな政略結婚だからお見合いが成立した時点でそうなるしかないと思う。実際にも結納まで進んでいるようだけど、

「見てしまったのです」

 あちゃ、それはそれで修羅場だな。ツムギちゃんが阪急に買い物に行ってる時に知らない女と二人連れでいるのを見つけてしまったのか。声をかけるのも憚られるようなイチャイチャぶりだったから、こっそり後をつけていったら、

「北野のホテルに入って行きました」

 真昼間からお盛んなこった。いくら政略結婚だと言っても、まだ婚約段階だよ。

「アホやな。あいつやったらわからんでもないけんど」

 コータローは知っているのか。

「ああ外科医やからオペ場で会うたことぐらいあるねん」

 どんな奴?

「嫌味な奴やった」

 へぇ、医者でも学歴マウントを振りかざすのがいるのか。というか、いるはずよね。白い巨塔とか、ブラックジャックの世界のはず。

「千草は若いと思うとったが・・・」

 てめえも同い年だ。なになにそいつは京阪大卒なんか。これはビックリだ。京阪大の医学部と言えば偏差値が七十五でも足りないって言われてるところじゃないの。あそこまでになると学歴マウントを取りたくなるかも。

「あそこは三兄弟やけど、京阪大に行けたんは三男だけやねん。学校の勉強が優秀やったんは認めるけど、そりゃ、もうって態度やねん」

 コータローに言わせると歩く傲慢だって。コータローも手術室で見下される事もあったらしくて、

「何様やと思うたもんや」

 そんな時に突然勃発したのが晴嵐会事件だ。経営危機に直面して真宮寺家との救済融資のための政略結婚が出て来る事になり、

「長男も次男も結婚しとるから、三男しかおらへんやろ」

 尊大な三男坊が不満タラタラになったのだろうな。でもさぁ、でもさぁ、この政略結婚って、

「ええそうです。真宮寺家は救済する側で、晴嵐会病院は救済される側です。さらに言えば真宮寺家は医療業界への進出を考えているとはいえ、それが晴嵐会病院である必要もありません。もっと言えば医療業界への進出の必要性も早急のものではありません」

 そうのはず。晴嵐会病院にとっては真宮寺家からの救済融資は生死に直結するけど、真宮寺家にとっては、どちらでも良いぐらいのスタンスなのよね。だから、本来なら、

「あの三男坊は晴嵐会病院が差し出した人身御供のようなもんや。死ぬ気で真宮寺の娘を大切にするのが役割やろ」

 そうなるよ。真宮寺からの嫁をないがしろになんかして、実家の怒りを買ったりしたら救済融資を引き揚げられるかもしれないものね。それなのに真昼間から浮気三昧ってなに考えてるんだ。

「やっぱりそう思いますか」

 当たり前だ。人としてクズだ。こんなもの婚約を解消して慰謝料を搾り取ってやらないと気が済まないよ。

「今回の逆の立場であれば我慢するしかないのが政略結婚です。ですが今回は真宮寺家の方が上の立場です。この状況であれば、こちらがその気であれば良い夫婦関係を築ける夢さえ見ていました。甘いですね」

 甘くなんてあるものか。家や会社もどうしたってあるのがセレブだけど、それ以前に一人の女だ。女だって地位や財産に興味や執着はあるけど、それ以前に人としての幸せを望んで何が悪いかって話だよ。真宮寺家でもツムギちゃんからの情報を聞いて動いたのか。

「出るわ、出るわです」
「公然の秘密みたいなもんやからな」

 とにかく女癖が悪いみたいで、過去にもトラブルがゾロゾロって感じだったらしい。それを受けて今回の政略結婚をどうするかの会議みたいなのが開かれて、

「あははは、式まで挙げた上で離婚するって方針になったから家出しました」

 なんだよそれ。どうもココロは嫁を蔑ろにした点でマウントを取ろうぐらいって戦略らしいけど、

「いくらコマとして育てられたと言っても、一人の人間ですから」

 当たり前だ。式を挙げるは、初夜はやらかすわ、籍を汚すはまでされて、予めわかっている不貞行為で婿を追放して完全な支配体制を手に入れようって人をなんだと思ってやがるんだ。

「それぐらい医療業界への進出がしたいとの意志でしょう」

 コータローは唸りながら、

「晴嵐会病院自体は悪い病院や無いんよ。できたら潰れて欲しゅうあらへんねん」

 そうなのか、

「そりゃ、ペイがエエからな。お得意様の一つやねん」

 そっちかよ。事情はだいたいわかったけど、こんなものどうするんだ。

「そやねんよ。雲の上の話やもんな」