インフレの起こし方

 さて,途中ちょっとしたブレイクを挟みましたが,本題の「インフレはどうやって起こすの?」に行きましょう.
 まず,未来永劫にデフレギャップがあって景気は悪く,物価下落は継続の経済というのはありません*1.というよりも長い期間*2需要不足による不況が続くと,倒産による関係特殊的人的資本が毀損し,資金不足によって研究開発投資も,労働者のOJTもすすみませんから潜在成長率が低下し……いつかはデフレギャップは一応はなくなるでしょう*3.

ポイントは将来のインフレ/好況

 企業にとっての問題は外生的に起きたショックに対して起きる景気の拡大がどの程度のものなのかという点につきます.将来の好況がかなりのもので,それにのっかればしっかりと儲かるならば,たとえ現時点で不況だとしても人とモノに投資をする気になるでしょう.
 これはインフレ率についても同じコトです.財の価格の上昇が比較的長期間にわたる,そして将来の資産価格が上昇するならば……現時点のうちに設備投資を行っておく,資産を買い入れる気になろうというものです.
 すると大きな問題は「次の好況の規模と期間」,そして「将来のインフレの率,存続期間」ということになります.「次の好況において性急な引き締め転換を行わない」,「ある程度のインフレは放置する」という約束があって初めて,安心して将来に向けた投資や住宅購入が可能になるのです*4.
 将来の引き締めタイミングを遅らせること,将来のインフレについてある程度の放置するという約束によって現時点の景気を引き上げるというのがいわゆる「リフレ政策」のひとつめの理論的根拠です.

 もっとも「次の好況」や「将来のインフレ」なんて遠すぎてとても当てにならない……だから現時点で「将来の好況・インフレの維持」を約束しても効果はないという意見もあるでしょう.典型的な例が2000年に刊行された『マクロ経済政策の課題と争点』での吉川洋先生のインフレーションターゲット論批判の骨子です.これは理論的にはその通りです.
 しかし,2003年以降には海外需要というショックが日本にもたらされました.今次の不況についても中国・インドの回復,欧米の経済が回復基調に向かうというホジティブショックはそう遠くないでしょう.また国内でなんらかのポジティブショックが生じることも少なくありません.好況のきっかけは思っているよりはちょくちょく登場しているのです.後述のように自分で作るというのも無い選択肢ではありません.
 ところが95年以降の日本銀行の金融政策姿勢を見る限り,デフレの幅が縮小しただけで景気の過熱を心配し出す始末です.これでは「次の好況を目指して」「次のインフレを当て込んで」なんてポジティブな行動は出来るはずもないでしょう.

コミットメントの手段

 重要なことはふとしたことで目覚めた好況を維持するという信頼のある約束を行うことです.その方法の一つが,インフレーションターゲットでしょう.
 1%-3%のインフレーションターゲットは「宣言したから効く」というものではありません.インフレ率が1%を超えてもしばらくは放置してくれるという「信頼」が必要です.それ故にインフレーション・ターゲットは政府・日銀間で協定され,出来ることならば法的な裏付けのある制度にしなければならないのです.
 なお名目GDPターゲットの場合は不況(名目GDPの伸びの鈍化)の後にはより長いインフレ容認的な政策が行われるわけですから,なお望ましい.私自身も名目GDPターゲットの方が良いと思うことしばしばですが……これは市場とのコミュニケーションがどの程度可能なのかによるので,手放しにはほめられないかもしれない.
 また,インフレーション・ターゲットやと聞くと「物価のみを見て金融政策をするのはいかがなものか」という批判があり得るでしょう.実体経済と両にらみでの政策ルールとしてはテイラー型の金融政策ルールが挙げられます.つまりは「目標インフレ率と実際のインフレ率の乖離」と「GDPギャップ」の加重平均で金融政策姿勢を決めるというもの.
 ちなみに資産価格動向へのターゲットはどの程度実効性があるのか先端的な研究でも微妙なので判断保留.ただし問題は「財価格・資産価格両にらみ」と「財価格のみ」のどちらがよいかであって,「財価格を気にするな」なんて話ではないので要注意を.

具体的には何するの?

 「好況の早期引き締めは行わない」,「インフレをしばらく放置する」というのは具体的には何をすることなのでしょう.金融政策の操作変数を金利とする場合には……景気がよくなってもそうそう金利は引き上げない,インフレが発生していてもそれが加速するまでは金利は0のままにすることが「好況の早期引き締めは行わない」,「インフレをしばらく放置する」にあたります.
 これはかつて日本銀行等から盛んに主張された時間軸効果と類似のロジックです.しかし,大きな違いがあるそれが「コミットメント」の有無です.実際にインフレが起きたならば日本銀行は即座にでも引き締めたいと考えます.つまりはインフレ期待だけで景気がよくなって,実際のインフレは起きないというのがベストシナリオですから.しかし,企業・家計は馬鹿ではありませんから,このようなeasy talkを信じてはくれないでしょう.必要なのは「将来しっかり好況を維持します」という約束が「easy talkではない」という枠組みの作成です.

 では,その達成のために必要なステップは何か.ここではインフレーション・ターゲットを例にお話ししましょう.
 第一のステップは……望むらくは現在あいまいなままになっている広義政府のなかでの日本銀行の位置づけを明確にするための法整備が必要です.少なくとも政府・日銀の共同で「物価の問題は政府・日銀間アコードに従った運営を行い,そこから逸脱する場合には責任の所在を明確にする」といった宣言が要されます.
 ついで第1弾のアコードとして「1-3%の目標インフレ・レンジ」を宣言する.そしてその達成のために日本銀行は,「コアコアCPIが継続的に1%を超えるまでは0金利を継続する」ことを発表するとよいでしょう.この際の条件を曖昧にしてはいけません.曖昧な約束を信じてもらえるほど日本銀行は信頼されてはいないのです.政府側もアコードの「1-3%の目標インフレ・レンジ」達成に反する行動を中央銀行がとる場合には総裁・副総裁の進退を審議するとの態度で臨む必要があります.

バランスシート拡大とか量的緩和って!?

 金利の将来経路のお話しばかりで,ヘリマネとか政府紙幣とかの話が出てこないのを以外に思われた方もいるでしょう.実はある時点でのベースマネーの量(ひいてはマネーの総量)そのものはロジックの中心ではありません.
 現時点でのベースマネーを増やすのは「ベースマネーがだぶついている限りすぐには金利を上昇させられない」……故に景気がよくなってもしばらくは利上げがないという証拠として機能させるためです.
 ですから,日本のようにせっかく量的緩和をしても「出来れば早くやめたい」「早期脱却したい」といってまわってしまっては量的緩和のコミットメント強化機能はほとんどないということになってしまいます.幸い,FRBやBOEは日本銀行よりも景気重視だと思われているのでまだこのコミットメント強化機能はあるようですが……日本の場合はなかなか難しい.大規模に,そして将来のインフレ容認の証拠であることを明確にして行う必要があります.

政府紙幣,日銀直接引受,固定相場制

 さて,やっとこさ「政府紙幣」,「日銀直接引受」,「固定相場制」です.リフレ論のクリーンナップと思われているこの3つが最後に来ることを以外だと思われるかもしれません.
 この3つを別立てにしたのは,いずれも狭い意味での金融政策ではないためです.
 先述の「ポジティブショックに乗っかって金融政策の効果を発揮する」というのはある意味チャンス待ちの戦法です.
 それに対し,この3つは全2者(要はヘリマネ政策)は財政によってポジティブショックを「作る」方法です.さらに円安での固定相場制は一時的な外需ショックを「作り」,その後の金融政策は(日本よりはましであろう)アメリカの金融政策をコピペして済ますという戦略です.
 その意味で,「待ち」より「攻め」の政策が好まれる理由はわかります.ただし,僕は比較的楽観的でして……そこまで踏み込まなくても,実効性のあるコミットメントをもって「好況の早期引き締めは行わない」,「インフレをしばらく放置する」ことが提示されたならば,よりモデレートな形での潜在成長率経路への回帰が達成されるのではないかと考えています.

P.S.

 恒例(?)の以上の話のちょっと専門家バージョンはしばしお待ち下さい.テーマはインタゲ率上昇時のインフレ率のオーバーシュートになると思いますが,土日のイベントが終わるまで忙しすぎて身動きがとれません.

*1:デフレギャップの定義と矛盾します.第一本当にそんな世界があるならば,まさにバーナンキの背理法の無税国家が成立してしまいます.

*2:長期というと経済学的な長期と混同してしまうので…….

*3:これが経済学的な意味での長期です.

*4:もちろん潜在成長率そのものが上昇する場合にはこの動きはもっともっと強いものになります.だから僕は成長政策にも(デビュー当初から)賛成しています.繰り返しになりますが,両輪がそろってこその強力で安定的な成長なのです.