日本の右派の英語発信の歴史についてのメモ

先週、SYNODOSに「猪口邦子議員から本がいきなり送られてきた――「歴史戦」と自民党の「対外発信」」という記事を書いた。だが原稿が長くなってしまったので、本筋から少しずれるところをカットすることになった。自分用の記録という意味も兼ねて、カットした日本の右派による英語発信の歴史部分に若干加筆したものを載せておく。

2000年代初めは南京大虐殺

おそらく1997年にアイリス・チャンの書籍がアメリカで発売され、話題になったなどの展開が影響してか、2000年代初めは、日本の右派は南京大虐殺に関する英語の書籍での発信を行っている。2000年には、竹本忠雄・大原康男『日英バイリンガル 再審「南京大虐殺」』(明誠社2000)という日英対訳本が刊行された。この書籍は日本会議国際広報委員会により編集されたものだ。私の手元にあるのは、2007年発行の第6刷で、帯には「小林よしのりさん『戦争論2』で大推薦!今後海外に留学居住する人にはこの本は必携である」「アメリカを舞台とする反日宣伝に大打撃!」などと書かれている。 


同じ2000年には、Tanaka Masaaki, What Really Happened in Nanking: The Refutation of a Common Myth(世界出版2000)という南京否定論の書籍が、現在「史実を世界に発信する会」の事務局長を務める茂木弘道氏が経営する世界出版から出版された。版元サイトによれば、この本は、『南京で何が本当に起こったのか:よくある神話への反論』、「「南京事件の総括」(田中正明著)の中心部分である「15の論拠」に、ニセ写真説明と朝日新聞の事件当時の特集組み写真とを加えて、南京事件の真相をコンパクトに示した英文書」だという。そして翌2001年には、この本を北米のアジア研究の研究者らに一方的に送付してきたことがアジア研究のメーリングリストH-Asia上で話題になった。その時のMLでの議論によれば、相当数の中国研究、日本研究などの研究者に送られたようだ。
 のち、2008年には、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(教科書議連)が日英対訳版の書籍『南京の実相―国際連盟は「南京2万人虐殺」すら認めなかった』(日新報道2008)を発行した。

2000年代後半は「慰安婦」問題

2007年1月、米下院で、日本政府に「慰安婦」への謝罪を要求する下院121号決議案が出されたことで、日本の右派の動きが目立つようになった。6月14日、保守系論壇人5人からなる「歴史事実委員会」は右派系知識人や国会議員らの賛同を集め、ワシントンポスト紙に英文のTHE FACTS広告を出した。これがアメリカ国内で大きな反発を招いた。米国下院「慰安婦」謝罪決議(H.Res.121)は同年7月30日、全会一致で可決。

翌2008年から「史実を世界に発信する会」(加瀬英明代表、茂木弘道事務局長)は、「反日プロパガンダ」に対抗するとして、メールマガジンやウェブサイトなどの手段で、英文での発信を行い始めた。同会による第1号のメルマガのテーマは、西岡力氏の『よくわかる慰安婦問題』の部分的な英訳だったことからも、2007年のアメリカ下院での「慰安婦」決議のために、英文メルマガ発信を開始したのだろうと考えられる。同会は日本研究関係者のリストを手に入れたと思われ、私にも、頼んでいないにもかかわらず、同会のメルマガが届くようになった。この件に関しても、Association for Asian Studies (AASアジア研究学会)が、この歴史修正主義団体の「不快なメール」とAASは無関係であると、日本研究のメーリングリスト、H-Japan上で声明を出している。

この「史実を世界に発信する会」のメールは、今でも比較的に頻繁に届いており、2015年5月5日に北米の日本研究学者らが中心となって発表した「日本の歴史家を支持する声明」に署名をしたことで新たに届き始めたという人もいるようだ。また、「史実を世界に発信する会」からは、私にも書籍やパンフが何度か送られてきたことがあるし、他にもだいぶ前から時折送られてくるという人もいるようだ。

「歴史戦」と英文情報送付活発化

2012年11月、、The Factsの失敗に懲りず、再度、日本の右派系知識人らが中心の「歴史事実委員会」が、ニュージャージー州の地方紙に、"Yes, we remember the facts."と題された意見広告を掲載した。安倍晋三氏ら国会議員38人も賛同。ニュージャージー州パリセイズパークで2010年に「慰安婦」碑が建てられるなどがあり、同州が注目されたことが背景にあるだろう。だが、ここでも翌2013年、「慰安婦」決議が州の上下両院で可決された。

2014年8月、朝日の検証報道が話題となり、「慰安婦」問題への注目が高まった。その年、「慰安婦」問題に関する英文、もしくは日英両語による小冊子が右派系団体により幾つか発行され、無料配布された。

2015年に入り、幾つかの英文書籍が出版された。今回、猪口議員から送られてきた呉善花著、大谷一郎訳の書籍Getting Over It! Why Korea Needs to Stop Bashing Japan(たちばな出版2015)は、その中でも最も広く配布されているようだ。私にも著者から今年の8月に送られてきたばかりで、私の友人たちで、猪口氏からは書籍を送られていない人たちでも、呉善花氏の本だけは送られているという人たちもいた。ちなみに、ラジオ番組「荻上チキSession 22」でも言及されたが、呉善花氏は、「フジ住宅」の今井光郎会長が理事を務める「一般社団法人今井光郎文化道徳歴史教育研究会」の、2015年度の助成を受けている。助成の内容は、「『Getting Over it! Why Korea Needs to Stop Bashing Japan』3千部、アメリカの政治家、研究家、図書館などに送付」というものだ。 


呉善花氏から私へ送られた書籍と共に同封されていたカード

グレンデール裁判の原告、目良浩一氏も、Comfort Women not “Sex Slaves”: Rectifying the Myriad of Perspectives (Xlibris US, 2015) 英語で書籍を出版した。Xlibrisという出版社は自費出版専門の版元で、書店などへの広い流通は期待できないだろう。だが、GAHTは、目良氏の本と、呉善花氏の書籍、産経の歴史戦の3冊を、サンフランシスコ市議や日本研究学者らに送付したとサイト上で報告しており、目良氏の本も幅広く配布されていると思われる。

そして、今回の猪口議員からの書籍は、アメリカのみならず、オーストラリアにも送られていたこともわかった。オーストラリアでも「慰安婦」像建設案が話題になったこともあり、「歴史戦」の現場の一つとみなされたための送付ではないだろうか。

猪口議員からの書籍が私に届いた後、今度は右派活動家の我那覇真子氏から、英文記事とレターが入った封筒が届いたという声が、北米や日本在住の研究者から届き始めた。(私のところには現段階では届いていない。)沖縄・辺野古関係の研究に関わる学者らに送られているのでは、とも言われている。猪口議員からの封筒とほぼ同じ時期だったため「また似たようなものが来た」という印象が強いことだろう。同封のレターは、日米関係、特に沖縄の米軍駐留は中国の脅威のために重要であるとし、翁長知事を批判する内容だった。猪口議員も、書状の中で、自らの肩書きを間違えて記載していたが、我那覇氏も、”Head of Delegation to the U.S. Council Meeting On Human Rights in Geneva”と記載。おそらく”U.S.”は”U.N.”とすべきところを間違えたのだと思われるが、レターの意味をも変えうるミスではある。全く面識のない人に主張をアピールしたくて送る手紙で、目立つところで間違える、というパターンも続いている。