ちょっと気になるけど、雪山は難易度高め?

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白く輝く山肌や、澄んだ空気、しんとした静けさ。夏山とは別世界のような雪山は、登山者にとっては憧れの存在です。
一方で遭難のニュースなどを聞くと、雪山の怖さを思い知らされます。気温の低さや雪崩など、雪山特有のリスクを考えて「夏山よりも高い技術が必要そう……」 「行ってみたいけど、ちょっと怖い……」と考える方も多いのではないでしょうか。
また、雪山登山には、無雪期登山とは違った装備が必要なことも。全部買い揃えるお金を考えると、なかなかチャレンジできない方もいると思います。
渡辺佐智ガイドに気になる疑問を聞いてみた!

登山ガイド:渡辺佐智さん
そこで今回は、登山ガイドの渡辺佐智さんにインタビュー。「雪山装備は全部揃えないといけないの?」 「登山上級者じゃなくても雪山に挑戦できる?」 「雪山デビューにおすすめの山は?」など、雪山未経験者が知りたい疑問に答えてもらいました。
《渡辺佐智》
日本山岳ガイド協会認定の登山ガイド(ステージⅡ)とスキーガイド(ステージⅠ)、雪崩業務従事者レベル2の資格を持ち、夏は登山、冬は主にバックカントリースキーやスノートレッキングのガイドを実施している。
雪山初心者にも多く接している渡辺ガイドだからこそ、初心者の不安や疑問に寄り添った、「リアルな雪山」のお話が聞けるはず。雪山が気になるけれど、なかなか一歩踏み出せない方、必読です!
雪山ってキツそうなイメージだけど、実際どんなところ?

出典:PIXTA
筆者
雪山登山って言うと、「特別な技術が必要そう」 「吹雪や雪崩が怖い」など、ハードルが高いイメージがあります……。雪山のガイドもしている渡辺ガイドに、ぜひ実際の雪山の印象をお聞きしたいです!
渡辺ガイド
行ったことのない方にとって、雪山は未知の世界ですよね。でも、一口に雪山といっても、季節は12月頃から6月頃までと長いですし、その難易度もさまざまです。実はすごく幅の広いアクティビティなんですよ!
筆者
……つまり、それほどハードじゃない雪山の楽しみ方もあるということでしょうか?
雪山の楽しみ方はいろいろ!「スノーハイク」なら初心者も楽しめる!?
渡辺ガイド
もちろん、ピッケルやアイゼンを使うような「本格雪山登山」には、それなりの経験と準備が必要です。でも、ちょっとだけ雪の積もった低山や、平らな雪原を歩く「スノーハイク」のような雪山だってありますよ。
ただ、そこで、スノーハイクだから簡単で安全だと決めつけないことも必要です。雪や氷の上を歩くことは、土や岩とはまったく違うので、楽しみながらも知識をつけていきたいですよね。
筆者
思ったよりも、ずっとマイルドな雪山の楽しみ方もあるんですね!

提供:渡辺佐智ガイド(ロープにできた雨氷に霜が付着している様子)
渡辺ガイド
雪山って、どこかのピークを目指さなくても、雪さえあれば遊べるんです。
踏み跡のないまっさらな新雪の上を歩いたり、雪をかぶった木々の形や、刻々と変わる雪の結晶を観察したりするのも楽しいですよ。冬は空気が澄んでいるから、遠くの山を撮影するのを目的にするのもアリです!
雪山初心者でも行ける雪山って、どこにあるの?
筆者
なんだかちょっと雪山を身近に感じてきました!
初心者が雪山に行きたい場合、どんな山を選べばいいのでしょうか?
「スノーハイク」におすすめの山はどこ?

出典:PIXTA 入笠山湿原でのスノーシューハイクの様子
渡辺ガイド
ピッケルやアイゼン無しでも登れるのは、傾斜がなく、滑落の危険が無い場所です。
具体的に言えば、入笠山はゴンドラが使えますし、傾斜の少ないコースなら比較的初心者向けです。あとは、赤城山の小沼周辺の平坦な場所をスノーシューで歩くのもおすすめですよ。
降雪直後(※)なら、丹沢や奥多摩といった近郊低山でスノーハイクが楽しめることもあります。
※降雪直後で、まとまった積雪(一晩に30cm前後)があった場合は低山でも、雪崩の可能性はあります
筆者
初心者向けのコースって、かなり場所や時期がピンポイントなんですね!
渡辺ガイド
そうともいえます。夏山登山と同じように、自分たちが受け入れられるリスクを考えて行動するのが大事です。
ただ初心者だと、冬の何がリスクになるのかわかりづらいかなと思います。 雪や氷は変化していき、夏山よりも考える要素が増えるので、それが難しくもあり面白いところでもあります。
同じ赤城山でも地蔵岳など山の斜面の近くは判断が必要になるので、初心者向けとは言えないですし、雪の少ない近郊低山でも、急斜面が凍結していたらアイゼンが必要になることもありますので、油断は禁物です。
筆者
傾斜が強いところは要注意なんですね。そのほかに、雪山特有のコース選びの注意点などがあれば教えてください!
渡辺ガイド
知っておいてほしいのは、夏山のグレーディングがそのまま雪山にも当てはまるわけではないということです。とくに日本海側の山や、標高が高く森林限界を超える山、厳冬期(12月下旬~2月末ごろ)の山は難易度が高いので要注意です。
そういった雪山を最初から選ぶ登山者はいないと思いますが、標高に関係なく、斜面に雪がのっていたら雪崩が起きる可能性はあるということです。
経験のない方は、木の生えているところは雪崩は起きない、と思っていることが多いですが、木の間を抜けてくるタイプの雪崩もあるんですよ。
筆者
夏山と同じ感覚で山を選んではいけないということですね……。
人がたくさん入っている山なら安心?
筆者
うーん、雪山初心者が自分で計画を立てたり状況判断をするのは、やっぱりちょっとハードルが高そうですね……。
人気の山を選んで、最新の登山記録やトレース(足跡)を参考にするのは有効ですか?
渡辺ガイド
入山者が多いコースの方が情報を得やすいのは間違いありませんが、人の記録やトレースを過信しすぎるのは禁物です。
というのも、雪山ではそもそも夏の登山道はあてにならないんです。
ありがちなのは、最初につけられたトレースが危ない場所にあるのに、次々に登山者が続いてしっかり踏み跡がついてしまうと、経験のない方はそれを正解だと思ってしまうことですね。

出典:PIXTA 雪山のトレース(足跡)は、参考になることもあるが、過信はNG
渡辺ガイド
私たちガイドは、前についているトレースがあっても、そのトレースが安全なのか判断してから、歩き始めますよ。危ないと判断したら、自分でルートファインディングします。
雪山では、夏の登山道に迷い込む人も多いので、トレースを辿っているうちに危険な場所に導かれてしまうことがあるんですよ。雪崩の起きやすい場所を避けるため尾根に沿って歩く場合が多いですが、沢や谷だけでなく、尾根上でも雪崩はおきることを覚えていてほしいです。
それから、今まで雪崩が起きたという記録がない場所でも、今後絶対に雪崩は起きないという保証はない、ことも知っておいてほしいですね。
筆者
夏と冬で道自体が違うなんて、知らない方も多いんじゃないでしょうか!? 夏山の常識が通用しないということですね。
渡辺ガイド
そうなんです。余談ですが、夏山の常識と言えば、夏の行動食の定番・おにぎりは、気温の低い日に持っていかない方がいいですよ。寒さでお米がぼそぼそになるので、全然美味しくないんです(笑)
水分補給も、冷たい水は体が冷えて、体温を維持するのに余計にエネルギーを使うので、保温ポットで温かい飲み物を持っていくのが定番です。
反対に、残雪期の晴れた日は炭酸水やコーラが美味しい日もあります!
筆者
細かい部分でも、雪山ならではの常識があるんですね!
ますます、雪山未経験者だけで雪山に出かけるのは無謀な気がしてきました。
渡辺ガイド
そうですね。雪山初心者の方は、できれば最初はガイドと一緒に歩いてほしいです。
経験者でも独学で登ってきた方は、どこかでガイドと登り、ご自身のやり方を客観的にみる機会をつくることをおすすめします。安全面はもちろんですが、行動中の些細なことや、道具の選び方、判断の際の考え方、なんかも相談できるので、ご自身の登山の基礎力をあげるのに役立つのではないかと思います。
雪山初心者向けのガイド登山。気軽に頼んでいいの?

出典:PIXTA
筆者
雪山ガイド登山って、勝手にエクストリームな感じをイメージしていたんですが、雪山初心者が気軽にお願いしてもいいものなんでしょうか?
渡辺ガイド
もちろん大丈夫ですよ!これから雪山を本格的に始めたい人だけじゃなく、まずは楽しく雪山を体験してみたいという人も、気軽にガイドに相談してみてください。
友達同士などグループで依頼すれば金銭的にも負担が減りますし、自分たちのペースでのんびりでもがっつりでも雪山を楽しむことができますよ。
筆者
依頼する時は、行き先や装備選びなども相談していいのでしょうか?初心者だとなかなかイメージしづらいと思うのですが……。
渡辺ガイド
問題ありません!実際に、「雪の上を歩いてみたい」 「冬の動物を楽しみたい」など、やってみたいことを聞いて、一緒に行き先を選ぶこともあります。
装備に関しても、私は事前に装備リストを共有して、夏山のアイテムで流用できるのか、レンタルできるアイテムはこれ、などのお話しもしています。
ガイドさんによっては、住んでいる場所次第で一緒に買い物にいくこともあるみたいですね(笑)
筆者
思っていたよりも気軽にいろいろ相談できるんですね!依頼するハードルがぐっと下がりました(笑)

提供:渡辺佐智ガイド (ルートファインディングは自分で)
渡辺ガイド
あとは、初心者向けのスノーハイクツアーや雪山入門ツアー、雪山勉強会などに参加するのもおすすめです。
ツアー会社や登山用品店、ガイド個人が主催するものなどがあるので、ぜひ調べてみてください。
筆者
初心者向けのツアーや勉強会なら気後れせずに参加できそうですし、敷居が低くていいですね!
渡辺ガイド
そうなんです。もっと気軽に学ぶ機会を増やして楽しんでもらえればと思っています。それに、ガイドをお勧めするのは装備の相談や道案内のためだけではありません。
先ほどお話ししたように、雪山には夏山とは違う注意ポイントがたくさんあります。
例えば、少し難しいかもしれませんが、日本海側と太平洋側や内陸では降雪量や歩きやすい時期が違います。当日までの天候や気温によって雪の状態は変化しますし、冬型の気圧配置になれば強風や吹雪に襲われることもあります。その日その山そのルートで登っていいのか、天候や雪に合わせた装備の取捨選択など、臨機応変に対応・判断する技術や知識が必要になってきます。
初めて雪山に行く人にはやはり難しいので、安全や雪山について知るためにも、まずはガイドといっしょにチャレンジしてほしいですね。
道具は全部買わなきゃダメ?

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筆者
登山用品店に行くと、ピッケルやアイゼン以外にも、靴やウェア、スノーシュー、小物類など、雪山用の装備がたくさん並んでいますよね。とりあえずスノーハイクだけ体験してみたいという場合でも、やっぱり装備は一通りそろえないといけないのでしょうか?
渡辺ガイド
雪山初心者の方は、いきなり全てを揃える必要はないと思いますよ!スノーハイクなら、夏山装備をそのまま流用できる場合もありますし、スノーシューなど大きなものは、レンタルで一度体験してからでいいと思います。
スノーハイクに流用できる、夏山装備とは?

出典:PIXTA
筆者
夏山装備が流用できることもあるんですね!それなら、雪山への金銭的ハードルもかなり下がります!
具体的には、どんなものが流用できますか?
渡辺ガイド
冬山装備のなかでも特に値段が高いのは、冬靴とハードシェル(アウター)、ビーコンだと思います。本格的な雪山に挑戦するなら保温性や堅牢性の面で欠かせない装備ですが、スノーハイクであれば代用が効きます。
まず登山靴については、アイゼンを装着する必要が無い場合、ミドルカット以上で防水性のある3シーズン用登山靴であれば使えますよ。基本的にスノーシューやわかんは、靴を選ばず装着できます。ただ、柔らかすぎる靴は、ベルトを締めると足も圧迫されるので避けた方がいいです。
アウターも、上下セパレートで防水透湿素材のレインウェアであれば流用できます。
筆者
靴とアウターが流用できるのは助かりますね。流用する際の注意点やアドバイスはありますか?
渡辺ガイド
3シーズン用の靴は保温性が低いので、厳冬期や長時間の歩行には向きません。寒いからと、靴下2枚履きをすると血行が悪くなり足が冷えます。
あと、レインウェアのサイズが小さめの場合、防寒着を重ね着した時に窮屈になり動きづらくなることがあるので、チェックしておいてくださいね。
冬靴やハードシェルは、購入するつもりがあっても、雪山に一度も行ったことが無いと選び方が難しいと思います。レンタルもありますし、まずは何度か雪山を体験してみてから購入を検討しても遅くないと思いますよ。
筆者
そのほかにも、夏山装備でスノーハイクに流用できるものはありますか?
渡辺ガイド
バックパックは夏用のものでも使えますし、ウェア上下も3シーズン用のものをベースに、足りない防寒着を追加すればOKです。
トレッキングポールは、雪山用のバスケットを付ければ使えます。バスケットは最初から付属している場合もありますし、単品で買い足すこともできますよ。
サングラスも夏山で使っているものを使えます。
買い足しが必要なアイテムは?
筆者
ということは、買い足す必要があるのはダウンジャケットなどの防寒着と、小物くらいでしょうか……?
渡辺ガイド
そうですね!まず、レインウェアを流用するのであれば、靴とレインパンツとの間に雪が入るのを防ぐため、膝ぐらいまでカバーできる冬用ゲイター(スパッツ)を用意する必要があります。
また、グローブは夏山用ではなく、防水・防寒性のある冬用グローブを用意しましょう。スキー用でも、指を動かしやすいものであればOKです。雪山で素手になるのは基本NGなので、スマホを操作する時も装着したまま使用できる薄手グローブがあるといいですよ。
帽子も、夏の日除け帽ではなく、ビーニー(ニット帽)を。森林限界を超える場合は、サングラスの他にゴーグルも用意しましょう。
筆者
小物類であれば、それほどお金をかけずに揃えられそうですね!
スノーハイクの主な装備
装備名 | 夏山装備流用or購入or レンタル | 流用・購入する際のポイント |
---|---|---|
登山靴 | 流用可 | ミドルカット以上、防水性ありの3シーズン用の登山靴でOK |
シェル(アウター) | 流用可 | 防水透湿素材、上下セパレートのレインウェアでOK |
バックパック | 流用可 | |
ウェア(アンダー・中間着) | 流用可 | 吸汗速乾素材の3シーズン用でOK |
防寒着 | 流用可(一部追加購入) | フリースやダウン、タイツなど流用可。重ね着しても足りない分は追加購入を |
トレッキングポール | 流用可(一部追加購入) | 雪山用のバスケットが無ければ購入を |
ゴーグル | 流用可 | 森林限界を超えない場合や吹雪かなければ夏山用のサングラスでOK |
ゲイター | 購入をおすすめ | ベルクロ式で膝まである冬用を(防寒も兼ねる) |
グローブ | 購入をおすすめ | 防寒用に、防水のアウターグローブと、スマホ対応のインナーグローブを |
帽子 | 購入をおすすめ | 防寒用のビーニー(ニット帽)を。寒がりの人は、深めのビーニーを用意するか、ネックウォーマーやバラクラバ(目出し帽)と併用すると良い。晴れて風のない残雪期はハッとをかぶり、予備でビーニーを持っていく |
(スノーシュー・わかん) | レンタル可 | コース状況により必要 |
(アイゼン&ピッケル) | レンタル可 | コース状況により必要 |
(ビーコン) | レンタル可 | コース状況により必要。プローブ・シャベルも合わせて必要 |
雪崩から身を守るビーコンは、レンタルがおすすめ!
渡辺ガイド
もう一つ、レンタルでいいので携帯してほしいのは、雪山専用装備の雪崩ビーコンです!
ビーコンは、万が一雪崩に遭ったときに、電波を発して捜索者に埋まっている場所を知らせる道具で、数千円でレンタルできます。
筆者
ビーコンというと、雪崩のリスクが高い山域に行く人だけが持っていくものだと思っていました。スノーハイクでも雪崩に遭う可能性はあるんでしょうか?
もちろん山域やコースによってリスクの大きさは違いますが、雪のある斜面であれば、どこでも雪崩のリスクは存在します。
自分が平らな雪原を歩いていても、上部の斜面で雪崩が起こって巻き込まれることもありますし、尾根だから絶対安全ということもありません。ここ数年は暖冬の影響で、積雪の不安定性を予測しづらいなと感じることもあります。
それから、雪崩ビーコンはプローブとシャベルと一緒に使い、他のもので代用はできません。道具の使い方の練習も必要ですので、初めての方や、そのシーズンの最初の頃は、入山前に説明をしています。エリアによっては携行が義務付けられているところもあるので、チェックしておきましょう。
正しく理解すれば、初めてでも雪山は楽しめる!

提供:渡辺佐智ガイド
敷居が高いと感じていた雪山ですが、渡辺ガイドのお話を聞いて、スノーハイクからなら初心者でも充分楽しめることがわかりました。道具もいきなり全て揃えなくても大丈夫そうなので、雪山へのハードルがだいぶ下がったのではないでしょうか。ガイドさんの力を借りながら、憧れの雪山デビューを目指してみませんか?