赤ん坊の頃から魔力制御の訓練をしている系のオリ主(葬送のフリーレン 二次創作)
- 2023/10/02
- 01:00
ある時、北部高原の一角に存在する小さな村落に旅の楽師が訪れた。
彼が持つオカリナのような楽器から奏でられる流麗な調べは人々を魅了。冒険者や行商人が滅多に訪れず娯楽に乏しい田舎に現れた異邦人は人々に歓迎された。
魔法使いでもあった男の「四方に音楽を響かせる魔法」は村全体を覆い、村人は仕事をしながらでも音楽に耳を傾ける事が出来た。
その日も男は急に「近くの森を散歩したい」と言い放って出ていったが、村には楽しげな音が満ちている。
「痛い……」
森の中では一人の女が血を吐きながら蹲っていた。
泥にまみれてなお際立った顔立ちだが、額から伸びる角が彼女が人ではなく魔族だと雄弁に物語る。
「苦しい……助けて……」
目尻に涙を浮かべ全身を震わせて悲痛な哀願。しかし対峙する男は心を痛める様子は一切なく、メークリヒと呼ばれる楽器を口に当てたまま無感情な瞳で見下ろす。
曲を吹きながらでも魔法で空気を振動させる事による擬似的な発声で会話も可能だが、そうする必要性を男は見出だせなかった。なにしろ相手は魔族なのだから。
──セカナ地方のとある洞穴を風が通る時、たまたま猛獣の唸り声に聞こえる。近くに住む幼い子供はその音を恐れるが大人達にとっては慣れ親しんだもので気にも留めない。
魔族の口からたまたま人の言葉らしきものが漏れた所で男は気にしない。
男は大陸魔法協会の基準で一級魔法使いに該当するが戦闘に使える魔法は一般攻撃魔法のみ。
しかしそれで十分だった。魔族の天才が編み出した「人を殺す魔法 」を人間用に落とし込んだそれは実に汎用性に富む。
威力や射程、軌道、一度に放つ数を細かく調整出来る一般攻撃魔法を習熟すれば大抵の戦闘はそれだけで事足りる。
そして男にとって一般攻撃魔法の行使は只人が平坦な道を歩く事に等しい。
防御魔法の扱いも同様。敵の攻撃が着弾する瞬間だけ展開して魔力消費を抑えるという芸当は呼吸するが如く。
北側諸国では男の力が通用しない魔族に遭遇する危険もあるが、その時は運が悪かったと諦めるしかない。
自身の本分を魔法使いではなく音楽家だと自負する男にとってたとえそれが生存確率を上げる為であっても音楽より魔法の修練に時間を割く事は抵抗があった。
ただ自分が死ぬ際にメークリヒも一緒に喪われるのは困るので故郷に届ける為の鳥型ゴーレムが入った瓶だけは肌身離さず持ち歩いている。
もっとも善意や正義感、義侠心といったものを人並みに持ち合わせた男であるが他者の為に命を捨てる程ではない。いよいよとなったら尻尾を巻いて逃げるつもりであった。
閑話休題。
男は命乞いをする魔族を視界に収めて魔力を練り上げる。射程は短く、その分威力を高めて範囲は魔族の全身を飲み込む大きさ。
「ま、待っ……」
流れ作業のように淡々と調整した攻撃魔法で女魔族を塵に変える。
魔族にとって音楽は人間が警戒心を緩める音の羅列程度にしか思っていないに違いない。そんな相手を消し飛ばした所で心は痛まない。
一連の流れの中でも男はメークリヒを吹き続けていたし「四方に音楽を響かせる魔法」はその音色を村に届けていた。
一級魔法使いになった際に特権として得た「四方に音楽を響かせる魔法」は戦闘において彼に一切寄与しない。常に魔力を消費し続ける上に敵が仕掛ける予兆を搔き消すリスクさえ存在する。
にも関わらず使い続けていたのは魔族のうるさい破壊音や耳障りな断末魔で村人が不安に陥らないようにだ。
中央諸国のカペッレ地方、音楽都市とも謳われる場所で男は生を受けた。
彼の祖母はこの都市で唯一メークリヒを吹ける人物であり、その音色は比類なき至上の調べであった。名のある音楽家達がこぞって祖母の元を訪ねては演奏に耽溺していった。
男はそんなメークリヒの音色を生まれつき、否、母親のお腹の中にいる時から好んでいた。
赤ん坊の時分より傍らで祖母が演奏していると手を伸ばしてメークリヒに触れようとしたし、祖母はそんな孫の様子を慈しむとそっと小さな手の平にメークリヒを握らせる。
だが見よう見真似で歌口に唇を当ててもただの空気が漏れるのみ。
微弱な魔力を絶妙な均衡を保ちながら注がなければ音を出せないメークリヒは習得に百年かかると言われ、人間とは時間感覚が隔絶したエルフ謹製の楽器である。無論、魔法使いの家系で魔力を持っていても赤子の男は雑音すら出す事は出来なかった。
祖母は小さく笑うと孫からメークリヒを返してもらい演奏を再開する。
しかし孫は次の日もまた次の日もメークリヒをねだり──そして半年後には音を出す事に成功する。それは紛れもなく天賦の才だった。
孫が自分と同じように音楽を愛し音楽に愛されている事が嬉しかったのだろう。
彼女は孫が物心つく頃になるとメークリヒと己の半生で培った全てを託した。男もまた亀のような歩みであろうと祖母のような演奏が出来る日を夢見て研鑽にのめり込んでいく。
祖母が試行錯誤の末に得た知見を教わる事で短期間に血肉として身に付けた男は二十年に満たない時間でそれなりに人に聞かせられる演奏が可能となった。
男自身もまた流麗な音色を奏でる為の技法を幾つか発見していた。この調子なら弟子や更にその弟子の代になれば十数年で熟達する事も叶うのではないか。
気分が高揚する。いささか気が早いが素質ある者に自分の知識と経験、そしてメークリヒを受け継いでもらう日が待ち遠しい。
この頃の男は自分の才能や音楽の可能性といったものをどこまでも信じていた。
そんな男が音楽の傍ら魔法を学んだのは好きだったからではなく必要に迫られたからだ。
各地を巡って音楽を学びつつ演奏を披露したかったが、その過程で必要不可欠な自衛手段として選んだのが魔法だった。
望んで修めた技能ではないが苦でもなかった。幸いにも魔法の才能もあったらしくメキメキ上達したのでこれはこれで楽しかったし、感性が重要視される分野では寄り道に思えた経験が役立つ時もあると知っていたから。
そして十分な自衛力を備えて旅立った先──魔王軍残党による災禍が広がり続ける北側諸国で男の心境に変化が生まれた。
端的に言って限界が見えてしまった。
住む場所や家族を失った者に対して男の音楽は一時的な安らぎしか与えられない。否応なく矮小さを突きつけられる。
魔族を嫌う理由に自分本位なものも加わった。
あの村もそうだ。メークリヒの音色に酔いしれた村人達だが彼等にとっての音楽が恐怖からの逃避手段の側面を持つと男は気付いていた。
また、吟遊詩人になりたいという子供がいたが現実的には難しいだろう。
吟遊詩人になろうと思えば相応の勉強が必要だが、芸術とは余裕のある者に許される贅沢である。魔族の脅威に脅かされ物資も十分とは言えないあの村でそのような夢は許されない。
それ故──今は無理でも魔族を狩り尽くし、近い将来人々が自由に夢を追えるようにしたい。自分の演奏を心置きなく享受出来る世界が来てほしい。
義憤もあったが音楽家としてのエゴを多分に含む願いを胸に秘め、男は今日も演奏を続ける。
↓で書いてるが「奏送」を読んで思いついた一発ネタ。
某ラノベの生まれた時から一輪車に乗ってる男みたいな奴、といっても大多数には伝わらないだろうな。
最初はドイツ語で音楽を意味するムジークという名前だったけど小ネタだし被りそうだから名無しでいいやとなった。
書き始めた時はもっと軽いノリだったんだが……
きっとこいつ「音楽で腹が膨れる訳ないだろ。常識で考えろよ」とか言っちゃう。ゼーリエの面接受けたら落ちそう。
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