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ウーブン・シティよ、どこへいく? ――トヨタが描いた壮大な夢のしまい方

2023.10.20 デイリーコラム 林 愛子
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「Woven(ウーブン)」は織物を意味する言葉で、トヨタ自動車の祖業に通じる。2020年1月に静岡県裾野市の工場跡地にコネクテッドシティーをつくる「Woven City(ウーブン・シティ)構想」が発表されてから、3年と8カ月。豊田章男会長がウーブン・バイ・トヨタ(WbyT)の全株式を手放し、同社がトヨタの100%子会社となること、WbyTを率いてきたジェームス・カフナーCEOが退任することが発表された。これからWbyTと「Woven City構想」はどうなっていくのだろうか。

「Woven」が歩んだ短くも複雑な道のり

まずWbyTは、「ソフトウエアプラットフォーム『Arene(アリーン)』」「安全を第一においた自動運転技術」「モビリティーのためのテストコース『ウーブン・シティ』」という、3つの事業を通してトヨタのモビリティー技術を開発する子会社である。この定義は2023年4月1日にウーブン・プラネット・ホールディングスからWbyTに社名変更した際に示されたものだが、まずは関連情報を時系列で整理しておきたい。

2016年1月
人工知能を研究するトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)設立。電気工学とコンピューターサイエンスの専門家であるギル・プラット氏がCEOに、元Googleのカフナー氏がCTOに就任。一足先にトヨタ入りしていたプラット氏が、米国DARPA(国防高等研究計画局)のプロジェクトで知り合ったカフナー氏を誘ったという。

2018年3月
トヨタ、デンソー、アイシンの共同出資でトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)設立。主目的は車載ソフトウエア開発で、カフナー氏がCEOに就任。

2020年1月
米国CESで「ウーブン・シティ構想」を発表。

2021年1月
TRI-ADを母体とするウーブン・プラネット・グループ発足。カフナー氏は持ち株会社ウーブン・プラネット・ホールディングスCEOに就任するとともに、自動運転技術の開発等を担う「Woven CORE(ウーブン・コア)」と、アリーンやウーブン・シティなどの新領域を手がける「Woven Alpha(ウーブン・アルファ)」の責任者となる。

2023年4月
ウーブン・プラネット・ホールディングスがWbyTに社名変更。

2023年9月
2023年10月1日付で、カフナー氏がWbyTのCEOを退任すること、デンソー出身の隈部 肇氏が新CEOに就任すること、同年10月中にトヨタが豊田会長の保有する全株式を買い取り、WbyTを完全子会社化することが発表される。

ウーブン・バイ・トヨタの企業ロゴ。同社は、2023年4月にウーブン・プラネット・ホールディングスから現社名に改称された。
ウーブン・バイ・トヨタの企業ロゴ。同社は、2023年4月にウーブン・プラネット・ホールディングスから現社名に改称された。拡大
長らくウーブン・プラネット・ホールディングス/ウーブン・バイ・トヨタを率いてきた、ジェームス・カフナー元CEO。現在はトヨタ自動車でシニアフェローとなっている。
長らくウーブン・プラネット・ホールディングス/ウーブン・バイ・トヨタを率いてきた、ジェームス・カフナー元CEO。現在はトヨタ自動車でシニアフェローとなっている。拡大
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背景にあるソフトウエア開発を巡る文化の違い

トヨタは2023年9月27日付のプレスリリースで、WbyT完全子会社化の理由を「社会システムやクルマへのソフトウエアの実装を加速していくにあたって、両社の関係強化を図るため」であるとし、また自社メディア『トヨタイムズ』では「WbyTが自己資金や借入金を使って独自に開発を進めていた体制から、トヨタから具体的な仕事の依頼を受けて、開発を進める体制になった」と説明している。つまり、WbyTはトヨタの委託開発のための会社になったというわけだ。

2023年2月に、佐藤恒治新社長以下の新体制人事が発表された際(参照)、カフナー氏がトヨタ役員の任を解かれることと、近 健太氏がWbyT代表取締役CFO(最高財務責任者)に就任することも発表されている。2023年6月公表の有価証券報告書によると、同年3月末時点でウーブン・プラネット・グループは60億円の債務超過となっており、特にウーブン・アルファの債務は多額だった。しかし、資金調達のめどさえつけば事業は継続できる。問題の本質はおそらく債務よりも、トヨタと、元Googleのカフナー氏が率いるシリコンバレー出身エンジニアたちとの、考え方の違いだったのではないだろうか。

そもそも自動車業界とIT業界では、ものづくりの視点が違う。ステレオタイプに言えば、自動車業界は仕様を定めてつくるウオーターフォール型だが、IT業界は小規模に柔軟に開発するアジャイル型で、さらに昨今は“エコシステム”がトレンドになっている。Apple社は製造から販売まで多数の協業先と連携して共栄を図るエコシステムで成功を収めたとされるが、ウーブン・アルファはこの発想をソフトウエア開発に適用しようとしていた。うまく軌道に乗れば、モビリティーを構成する多種多様な機能やシステムが影響し合い、より高い性能を実現できるが、その域に達するには時間も労力もコストも要する。

エコシステムの思想がどこまで適用されたかは知る由もないが、アリーンは2025年の実用化を目指している。今後はトヨタ、WbyT、デンソーの3社連携でソフトウエア開発を進めるとしているが、WbyTのCEOはデンソー出身の隈部氏であり、実務はデンソーカラーで進みそうだ。

オープンな空間やハニカムレイアウトのデスク、屋内を走るパーソナルモビリティーなどが目を引く、ウーブン・プラネットのオフィス。(2021年4月)
オープンな空間やハニカムレイアウトのデスク、屋内を走るパーソナルモビリティーなどが目を引く、ウーブン・プラネットのオフィス。(2021年4月)拡大
2023年2月の新体制発表会にて、プレゼンテーションを行うトヨタ自動車の佐藤恒治社長。
2023年2月の新体制発表会にて、プレゼンテーションを行うトヨタ自動車の佐藤恒治社長。拡大

コンセプト先行のまちづくりの難しさ

ウーブンは豊田会長が50億円もの私費を投じたことでも話題になった。豊田会長は個人で出資した理由を「新しい未来に対しては答えがないから」とし、かつてトヨタが自動織機から自動車へと会社自体のモデルチェンジを果たしたように、「今もモデルチェンジが必要な時」だと述べていた。しかし、WbyTがトヨタの完全子会社になると、「委託元(トヨタ)の代表取締役でありながら、受託会社(WbyT)の株主である状況が『利益相反』を招く懸念」が生じることから、全株式を手放すことになったという(カッコ内はいずれもトヨタイムズより)。

この判断は至極当然だが、WbyTにこれまでのようなアグレッシブな行動は期待できなくなった。ウーブン・シティ構想は当初、自治体や名だたる企業と手を携えて、長年操業を続けた工場跡地を活用し、モビリティーを使って社会課題の解決に取り組むという気概に満ちたものだったと受け止めている。当初の社名にあるプラネット(惑星)は自ら光を発する恒星があってこそ輝く天体のことで、人間を主役にした街づくり構想にふさわしい名だった。しかし、今現在のウーブン・シティは街ではなく、テストコースという位置づけだ。

アラブ首長国連邦のマスダール・シティーしかり、Googleによるカナダ・トロントでのスマートシティー計画しかり、壮大なまちづくり計画は人々を引きつけるものの、当初のコンセプトを貫くことは難しい。それは豊田会長も織り込み済みで、だからこそ会社ではなく個人で夢に投資したのだと思う。大切なことは当初計画の完遂よりも、プロジェクトに挑戦するなかで得たものを再投資して前進することだ。WbyTシニアバイスプレジデントの豊田大輔氏は言わずと知れた豊田会長の長男で、創業一族の御曹司である。TRI-AD、ウーブン・アルファと、目の前でカフナー氏の仕事ぶりを見てきた大輔氏が、その経験を生かしてトヨタの“モデルチェンジ”を実現できれば、これまでの投資もおつりが返ってくるくらいだろう。構想のその先へ、ビヨンド・ウーブンに期待したい。

(文=林 愛子/写真=トヨタ自動車、ウーブン・バイ・トヨタ/編集=堀田剛資)

2020年1月に発表された当初、ウーブン・シティはAIやコネクテッド技術、モビリティーの力を活用したスマートシティとして計画されていたが、今ではその計画は大きく変化している。
2020年1月に発表された当初、ウーブン・シティはAIやコネクテッド技術、モビリティーの力を活用したスマートシティとして計画されていたが、今ではその計画は大きく変化している。拡大
2021年2月に行われたウーブン・シティの地鎮祭にて、鍬(くわ)入れを行う豊田章男氏(写真向かって左)とジェームス・カフナー氏(同右)。
2021年2月に行われたウーブン・シティの地鎮祭にて、鍬(くわ)入れを行う豊田章男氏(写真向かって左)とジェームス・カフナー氏(同右)。拡大
林 愛子

林 愛子

技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。

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