積極的な情報提供と人材交流が必須 再生医療の海外展開戦略
日本が再生医療で世界をリードすることを目指す以上、海外展開の準備は欠かせない。2024年10月の「再生医療で描く日本の未来研究会」第3回では、再生医療の海外展開を見据えた出口戦略について議論した。国ごとに薬事規制が異なる中で、患者に利する治療を提供するための準備が求められる。
iPS細胞の臨床で先行する日本
国際学会との連携に注力
日本が再生医療の研究開発の中で世界の先頭を切っている分野は、iPS細胞を用いた治療だ。2020年時点で、世界で実施されていた10疾患の臨床試験のうち、ヒトへの投与が初めてであるケース(ファーストインヒューマン)の9件が日本で実施された。論文の世界ランキングでも上位は日本人が占めている。日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏は、その背景にある要因として、iPS細胞の作製・培養技術を生み出した強い基礎・基盤研究の実績に加え、2014年に施行された再生医療等安全性確保法、薬機法などの法的整備の充実を挙げる。そして「これらの強みを生かし、日本の再生医療を国際発信し、輸出産業にしていくことが大事」と述べた。
日本再生医療学会では国際機関との連携に注力している。国際幹細胞学会(ISSCR)では岡野氏自身も、幹細胞の臨床応用に関するガイドラインなどのレギュレーションの策定にかかわってきた。「ISSCRと協力し、日本が倫理的、学術的に、また学問的にリーダーシップを発揮することが、出口戦略における企業の信頼にもつながる」とその重要性を強調した。さらに、今後成長が期待される東アジアの医療産業マーケットとのネットワークづくりについても言及。台湾では日本の薬機法をたたき台に再生医療に関する法整備が行われ、韓国についても一部ではあるが、日本の制度を参考にする動きがあることを紹介した。アジア屈指の研究力を持つ香港科技大学が、日本の大学との共同研究を積極的に推進していることにも触れた。
アジアの規制当局の人材育成を支援
人的交流で理解を促す
続いて、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原康弘氏が、規制当局の立場から再生医療の開発推進と国際化について話した。PMDAではこれまでに21の再生医療等製品の承認審査を手がけ(うち2製品は販売中止)、5製品で条件及び期限付き承認制度が活用されている。日本独特の仕組みであるこの早期承認制度については、承認の根拠となる有効性の推定について世界の主要科学論文誌からの批判もあった。これを踏まえて、2024年3月には再生医療等製品に係る条件及び期限付き承認並びにその後の有効性評価計画策定に対するガイダンスを整備した。その内容は今後英訳して公開し、海外に日本としての方針や有効性評価の考え方などを伝える予定である。
またPMDAは2024年7月、タイのバンコクにアジアの拠点を開設したところだ。その狙いは、アジアの規制当局にPMDAのノウハウを伝えていくことにある。既に2016年にはアジア医薬品・医療機器トレーニングセンターを発足し、アジアの規制当局スタッフ2700名の教育に当たってきた実績がある。アジアの国々に、日本が培ってきた薬事承認、安全対策の経験を伝えることが、ひいては日本の再生医療の産業化に寄与すると藤原氏は考えている。
PMDAでは年内には米国・ワシントンD.C.にも事務所を開設し「ボストンを中心とする様々な開発拠点のベンチャー企業やアカデミアに、私どもの方針や考え方をリアルタイムに提供していく」と述べ、積極的に情報発信に取り組む姿勢を強調した(その後、2024年11月にワシントンD.C.事務所を設置)。
アウトバウンドを入口に
医療インバウンドにつなげる
日本の医療の国際展開を目指す企業・医療機関などを支援する団体が、一般社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ)だ。MEJ理事長の渋谷健司氏は、アジア諸国において日本は信頼できる国と見なされており、それが「日本の医療産業を取り戻す」ための圧倒的な価値であることを強調した。そのうえで、医療においてアウトバウンドとインバウンドを一体的に活用する取組を実施している。
アウトバウンドではハノイ医科大学と連携し、現地においてがん検診のシステム構築に取り組んでいることに触れた。ODAのように日本から機器を供与する手法ではなく、通常のビジネスとして最先端の機器を提供し、人材トレーニングや機械の保守も合わせて実施する手法を取っている。ポイントはそれをインバウンドにもつなげていく点だ。「がんを早期発見して現地で治療するだけでなく、日本で重粒子線治療、再生医療、遺伝子治療などを受けたい人に、日本に来てもらうようにしたい」と語る。
2024年の骨太の方針の中にも「医療インバウンドを含む医療・介護の国際展開」が盛り込まれ、国の後押しも得られる状況になっている。しかし、「医療インバウンドの受け入れはほとんど進んでいないのが現状」だ。その原因としては、「保険診療を行っている日本の一般の病院では、外国人の保険外先進医療に積極的でない」ことを挙げる。「真に価値のある最先端治療を分野別に整理してプラットフォームを構築し、それを呼び水に医療ツーリズム、医療インバウンドを呼び込みたい」と同氏は語った。
人口が減少、市場が縮退する日本
海外市場を視野に入れた戦略は待ったなし
全体討議では、条件及び期限付き承認の国際化について意見が交わされた。「再生医療で描く日本の未来研究会」の常任委員で参議院議員の古川俊治氏は「iPS細胞領域の再生医療でリードしている日本は条件及び期限付き承認を活用して研究から事業化、そして産業化への流れをつくっていくことが重要。国の産業として育てていくために各省庁が横断的にアクションを考えてほしい」と述べた。また、岡野氏は「ISSCRは、治験あるいは臨床研究において効果が証明されている治療法以外を『アンプローブンテラピー』と呼んで排除しようとしている。保険外先進療法という概念をしっかり説明し、理論武装しておかないと日本の信用にも関わってくる」と指摘した。
海外からの患者受け入れについて渋谷氏は、「対応のためのマネジメントにはそのリソース、ノウハウを持った民間事業者の力が欠かせない。向こう数年で先行事例を出していきたい」と今後の取組について話した。
さらに、経済産業省商務・サービスG生物化学産業課課長の下田裕和氏は「患者の治療のデータと製造プロセスのデータを蓄積できれば日本からさらに新しい再生医療等製品を生み出しやすくなる。そのための好循環を作るためにもグローバル、保険外先進医療は欠かせない」と述べた。
最後に古川氏は「日本の市場が縮小していく中でインバウンド、アウトバウンド両方で実需を確保していくことは欠かせない。アジアから信頼されている日本、そのブランドを生かすためにもここ数年が勝負」と出口戦略の重要性を改めて訴えた。