ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』
女真族の襲来と軍事貴族たちの台頭

『冬期限定ボンボンショコラ事件』米澤穂信 「小市民」シリーズ四部作、最後の季節、高校時代の終わり

本ページはプロモーションが含まれています


「小市民」シリーズついに”冬期”が登場

2024年刊行作品。『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』そして短編集である『巴里マカロンの謎』に続く「小市民」シリーズの五作目にあたる作品である。文庫書下ろし。

もはや超売れっ子作家となった米澤穂信作品を単行本ではなく、最初から文庫で読めるのは、もはや「小市民」シリーズだけなのではなかろうか。その点、文庫で始まったのに最近はハードカバーで出る「古典部」シリーズとは対照的である。フォーマットを変えなかった東京創元社偉い!

冬期限定ボンボンショコラ事件 〈小市民〉シリーズ (創元推理文庫)

表紙イラストはもちろん片山若子(かたやまわかこ)。片山若子にとしては「小市民」シリーズは、最初期の頃の表紙イラストのお仕事であったはず。この20年間で片山若子イラストもすっかりお馴染みのものとなった。また、巻末には松浦正人による解説が収録されている。

「小市民」シリーズ既刊一覧

最初に「小市民」シリーズのこれまでの歩みを確認しておこう。

春期から夏期までに二年。夏期から秋期までに三年。なので冬期は四年後、2010年頃には出るのかな?なんて思っていたらまるで刊行されず、途中に短編集の「巴里マカロン」が入ったものの、ようやく秋期から15年を経て冬期の刊行となった。20年とは、生まれたばかりの子どもが成人するほどの期間である。初期読者としては(すっかりオッサンになってしまった)は、小鳩くんと小佐内さんの高校生活もこれで終わりかと思うと感慨深い。

「小市民」シリーズの時系列を確認

続いて「小市民」シリーズの時系列を確認しておこう。

  • 春期限定 一年生の春
  • 巴里マカロン 一年生の9月〜1月
  • 夏期限定 二年生の夏
  • 秋期限定 二年生の秋から三年生の秋
  • 冬期限定 三年生の12月

夏期限定でいちどは破綻したふたりの関係は、秋期限定での紆余曲折を経て復縁。冬期限定は気になる「その後」が描かれる。小鳩くんと小佐内さん。ふたりの高校生活もいよいよ終盤戦かと思うと、ちょっと寂しくなってくる。

いまさらこの巻から読む方はいないと思うけど。読む順番としては、もちろん刊行順がおススメ。春期⇒夏期⇒秋期⇒巴里マカロン⇒冬期がいいと思う。

あらすじ

河川敷の堤防道路を小佐内さんと共に歩いていた小鳩くんは車に轢かれてしまう。犯人はそのまま逃走。轢き逃げだった。一時は意識不明の重体に陥ったものの、なんとか一命はとりとめた小鳩くんだったが、受験本番を前に、長期入院を強いられることになる。一方「(犯人を!)ゆるさないから」と誓った小佐内さんは独自の調査を開始する。果たして犯人は見つかるのか?

小鳩くん轢き逃げに遭う

日常の謎的なミステリに終始してきた「小市民」シリーズにあって、人の生き死にが絡む事例は珍しい。しかも被害者は主人公の小鳩常悟朗(こばとじょうごろう)本人なのである。一時は意識不明の重体に陥った小鳩くんの症状は重く、翌年の受験を諦めざるを得ない程の酷さだった。怪我が酷くて病室から出られない。当面退院も出来ず、歩行することも困難で、受験も無理。ということで、時間だけはたっぷりある小鳩くんは、事件の謎をベッドの上で追いかけることになる。いわゆる安楽椅子探偵モノのシチュエーションだ。

現場に居合わせたものの、小鳩くんが突き飛ばしてくれたおかげで難を逃れた小佐内(おさない)ゆき。彼女は当然のことながら猛烈な復讐心を抱き、犯人探しに奔走することになる。受験生なのに大丈夫なの?って気もするけど、小佐内さん頭良さそうだから問題ないのかな?彼女の場合こういう事件を放っておくほうがメンタルに悪そうだし。

「小市民」シリーズ”ゼロ”

小鳩くん轢き逃げ事件の謎を追う中で、ふたりは、三年前に起きた出来事との類似に気付く。中学時代、同級生日坂祥太郎(ひさかしょうたろう)の轢き逃げ事件。この時の犯行現場も同じ堤防道路であり、なによりも当時の小鳩くんと小佐内さんはこの事件を調べていた過去があった。

三年前の轢き逃げ事故は、ふたりを出会わせた出来事であり、「小市民」として生きることを決意させた因縁の案件でもあったのだ。これまでなんとなく仄めかされてきた、二人の過去が、ここで明らかになっていく。中学校の図書室、小鳩くんと小佐内さんの初めての会話がこちら。

「車に轢かれかけた女子?」

「そんな名前じゃない」

『冬期限定ボンボンショコラ事件』p113より

ロマンスの欠片も感じ取れないやりとりが、この二人らしい気がする。小鳩くんは虚栄と虚名のため。小佐内さんは復讐のため。それぞれの目的のために早々に「互恵関係」を締結した二人が、少しずつ距離感を縮めていくところがこれまた良い。ふたりの馴れ初めを観たかったファンとしてはご褒美のような展開だ。後ろから忍び寄ったり、道を間違えたり、お菓子屋さんに目を奪われたりする小佐内さんがかわいい。

けっきょく、三年前の轢き逃げ事故は、当時の小鳩くんと小佐内さんの手には余る事件だった。真相は明かされず、小鳩くんは被害者からの冷たい拒絶に遭い、小佐内さんは学校内での地位を危うくさせられる。これまで、あるがままに自らの特性を発揮してきたふたりにとって、これは大きな挫折であったはずだ。かくして「小市民」は生まれた。

これは報いだ

犯人(現代の事件方)がアヤシイのは、比較的容易に気付くのではないかと思う。医師の和倉や、リハビリ担当の馬淵、清掃担当の山里らの名前はわかっているのに、いちばん小鳩くんと接触時間の長い、ベリーショートの看護師だけ名前が明かされないのだ。小鳩くんが毎回、小佐内さんが来るたびに眠っているのも変だしね。ってまあ、この仕掛け、昼間に小佐内さんが来ていたら崩壊していた案件だし、ちょっとした不注意でバレしまう可能性も高い。相当に綱渡りだったとは思う。

第十一章のタイトルは「報い」。これは小鳩くんが中学校時代に、日坂の家庭崩壊の遠因を作ってしまった結果、今回の事故に巻き込まれてしまった「報い」。そして小鳩くんを轢いてしまった犯人が、よりにもよって搬送された小鳩くんの担当になってしまったという「報い」。二つの「報い」のダブル三―イングになっている。

小佐内さんのオーバーキル

復讐するは我にあり。やられたらその数倍のダメージを相手に与えなくては気がすまない女。それが小佐内ゆきだ。

犯人が特定できた段階で、まだ証拠は残っていたはずだから小佐内さんは警察に通報なり、相談すればよかった。命のリスクを冒してまで犯人と対峙する必要はなかった。だが、それでは小佐内さんの気は済まない。日坂を呼び出し、その目の前で犯人の意図を語らせ、最大限の精神的ダメージを与えようとする。さすがにこれって過剰防衛なのでは?と思わないでもないのだけれど、小鳩くんを永遠に失う可能性を眼前に突き付けられた小佐内さんの憤りはそれほど深刻なものだったということ。

もっとも犯人と対峙したことで、小鳩くんには犯人のむき出しの嫌悪、敵意、害意がぶつけられることになったので、やっぱりちょっとやりすぎ?ただ、犯人に積年の恨みをぶつけられて、メッチャダメージ受けてる小鳩くんに比して、実質的には同罪の小佐内さんは、ほとんどノーダメージだよね。まあ、日坂くんへの負い目が、その違いもあるか。

次善って、ほぼオンリーワンってことだと思う

人生には絶対に間違えてはいけない瞬間があるのだと思う。そこで正しい選択を出来ないと永久に修正不可能な、後戻りできなくなる分岐点的な瞬間がある。轢かれる瞬間に小佐内さんを突き飛ばして助けたことは、小鳩くんにとってまさにその瞬間だったと思う。小鳩くんはずっと小佐内さんが無事であることを頭ではわかっていても、実物を見るまでは確信が持てなかったのだと思う。だからこそ、生身の小佐内さんに会えた瞬間の小鳩くんの反応には読む側も心を動かされた。

小鳩くんと小佐内さんの関係はあくまでも互恵関係であって、恋愛関係ではない。似た要素を多分に含んではいるけれども、まったく同じというわけではない。ただ、その咬み合わせは最強でまさに割れ鍋に綴じ蓋。ここまで完璧に自分を理解してくれる相手に出会えることは稀有なことだ。小佐内さんは「わたしの次善」と言う。世界に星の数ほど人間がいる中で、次善を超える相手にである確率などもはや皆無と言っていい。小佐内さんは明確にこの先の未来でも、小鳩くんが必要であると明言したわけだ。これは実質的に、どう考えても告白シーンとみなしていい。

ということで、一年遅れて京都の大学に合格した小鳩くんが、小佐内さんが築いた迷路の中で彼女を探す「小市民シリーズ」大学生編をお待ちしております!

おまけ:今回はスイーツの出番は少なめ

小鳩くんがほぼ寝たきりで、なおかつ、小佐内さんサイドの動きも直接は描かれないので、今回はスイーツ描写は少ない。まずは小山内さんが小鳩くんにプレゼントしたボンボンショコラから。

  1. ヴァニラ(p92)
  2. カリブ産カカオ、ビターな味わい(p119)
  3. ヴァニラ風味(p157)
  4. プレーン(フィアンティーヌ入り)(p201)
  5. 塩味が効いている(p242)
  6. オレンジソースを加えたもの(p296)
  7. カシス風味(p302)
  8. 小佐内さんが食べてしまったのでフレーバーは不明(p417)

余談ながら、盗聴器付きのボンボンショコラのケースを短期間で作るには、相当な技術力が必要だったはずで、改めて小佐内さんの闇の部分が深まった気がするよ。

その他のスイーツはこんな感じ

  • 鯛焼きおぐら庵(小佐内さん)
  • デコポン(小鳩くん)
  • オモテダナのソフトクリーム(小佐内さん)
  • ファミレスメイルシュトロムのブリリアントサンデー(小佐内さん)

米澤穂信作品の感想をもっと読む

〇古典部シリーズ

『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』

〇小市民シリーズ

『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 / 『秋期限定栗きんとん事件』 / 『巴里マカロンの謎』 / 『冬期限定ボンボンショコラ事件』

〇ベルーフシリーズ

『王とサーカス』  / 『真実の10メートル手前』

〇図書委員シリーズ

『本と鍵の季節』 / 『栞と嘘の季節』

〇その他

『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『満願』 /『儚い羊たちの祝宴』 / 『追想五断章』 / 『インシテミル』 / 『Iの悲劇』 / 『黒牢城』 / 『可燃物』