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『じんかん』今村翔吾 新たな松永久秀像を提示した一作

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今村翔吾の躍進!

2020年刊行作品。「羽州ぼろ鳶組」「くらまし屋稼業」の両人気シリーズで知られる今村翔吾(いまむらしょうご)だが、この時期からの躍進が目覚ましい。

2018年の『童の神』が直木賞候補作に、先日ご紹介した『八本目の槍』は吉川英治文学新人賞、野村胡堂文学賞を受賞。そして本稿でご紹介する『じんかん』も、今年の直木署候補に選ばれている。2022年に『塞王の楯』で、とうとう直木賞まで獲ってしまった。

本作は2020年に講談社の文芸誌「小説現代」4月号に掲載されていた作品を、加筆修正の上で単行本化したものである。ちなみに単行本の表紙に登場しているのは、抽象画の巨匠ジャクソン・ポロックの「Number 33」である。これは意外な取り合わせ。

講談社文庫版は2024年に刊行されている。解説は北方謙三(きたかたけんぞう)が書いている。

じんかん (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

松永久秀の生涯に興味のある方。新しい視点で描かれた松永久秀像に触れてみたい方。あまり描かれない三好家をメインとした歴史小説を読んでみたい方。久秀と信長の関係性に興味のある方におススメ!

あらすじ

松永弾正久秀、再びの謀反!安土城の天守でその一報を聞いた織田信長は、意外にも上機嫌であった。その夜、小姓、狩野又九郎は、信長自身によって松永久秀の生涯を知らされる。天下の極悪人、戦国の梟雄として知られた武将の知られざる真実の姿とは?何故、彼は反旗を翻したのか。その目的は何処にあるのか?

ココからネタバレ

信長が語る、新しい松永久秀像

織田信長はその生涯において幾たびも部下に叛かれてきた。しかし、松永久秀の起こした二度の謀反に対して、いずれも信長は寛容であったとされる。一度目は謀反を許したし、二度目についても出来る限り穏便に事を済ませようとしている。それは何故であったのか?

この物語では、信長が松永久秀の人生を家臣に語り伝えるという、少々変わった趣向を取っている。どうして、信長は格別の配慮を久秀に示したのか。それは久秀の人生に、信長が深く理解を示し、同種の人間として共感していたからだと本書では結論付けている。

松永久秀と言えば「余人にはなしえぬ三つの悪事」をなした人物として知られる。それは主殺し(三好家)、将軍弑殺(足利十三代将軍義輝)、東大寺大仏殿焼き討ちの三つ。下剋上が横行し、数々の蛮行が繰り返された戦国時代にあっても、この三つを一人で成し遂げた武将はおらず、それが久秀の悪名となって後代に残された。

しかし、近年の研究ではこれら事件のほとんどは一次資料が存在せず、江戸期以降に作られた誤った人物像であることが次第に明らかにされている。2020年6月にNHK「ヒストリア」で放映された松永久秀特集もその流れに沿ったものであった。

今年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で登場する松永久秀も、これまでのイメージとはかなり異なる扱われ方をしているのが判る。

本作『じんかん』でも、こうした最新の研究事情を踏まえた、新しい松永久秀像の提示がなされている。これはなかなかに興味深いのである。

「じんかん」とは何なのか?その意味は?

さて、本作のタイトル「じんかん」だが、これはどういう意味なのだろうか。本作では以下のように定義づけている。

人間。同じ字でも「にんげん」と読めば一個の人を指す。今、宗慶が言った「じんかん」とは人と人が織りなす間。つまりはこの世という意である。

『じんかん』p114より

商人であった父を殺され、母は自死。幼い弟甚助を連れて、少年九兵衛(のちの久秀)は辛酸を嘗めつくす。生きた証をいかにして残すべきか。人は何のために生きるのか。そう自問し続ける九兵衛は、過酷な戦国時代の「じんかん」を生きる。そして、長じて三好家の総領、三好元長に見いだされ頭角を現していくのである。

理想と現実の間で

父母の死、殺されてしまった少年時代の仲間たち。多くの人々を失っていく中で、三好元長の理想に共鳴するようになる。三好元長は、三好長慶の父親にあたる人物で、彼の時代に三好家は大きく勢力を伸ばした。

「いずれは民が政をみる」ようになる。この時代にあって民主主義の到来を予見していたとする理想主義者三好元長像は、いささかやりすぎのように思えなくもない。しかし、久秀はこの三好元長の思想に大きな影響を受ける。

三好元長は民の重要さを説きながらも、最後は信じた民に裏切られてあえない最期を遂げる。民は時として低きに流れ、将来などは考えもせず目先の利益だけを求めようとする。元長が、本来守りたいはずの民に叛かれて理想を打ち砕かれていく姿は、その後の久秀の未来にも重なっていく。

高邁な理想と、ままならぬ現実。この狭間にあって、それでもいかにして信じた道を貫き通せるのか。「じんかん」の中で幾たびも挫折を繰り返しながらも、「迷いながら進む人間の国をめざしたい」とする久秀の志が、いつしか多くの人々を惹きつけていくのである。

受け継がれていく「異質」

三好元長の志が道半ばで終わったように、久秀の想いも成就には遠く至らない。悪名だけを残して自死を選ぶ久秀だが、彼にはそれでも希望があったのだと思う。それは、元長、久秀と続いてきた「異質」を継ぐものとしての信長の存在である。

多くの人間は、自分の代のことしか考えらない。「変わることは悪、変わらぬことが善」なのである。だが、ごくまれに「異質が生まれ何かを残し死んでゆく」のだ。それがやがて時代を、歴史を変えていくのである。

「異質」としての信長は、同類としての久秀を理解していた。「異質」として、変革をなそうとした信長は、それだけに久秀を先駆者として尊重していたのであろう。故に、謀反も許そうとしたし、出来る限りその一命を救おうとした。

大事を為すには、人の人生は短すぎるのかもしれない。しかしその想いは受け継ぐことが出来る。信長の存在があったからこそ、久秀は従容と自死を選ぶことできたのかもしれない。かつて、三好元長は久秀に想いを託した。久秀も信長にその遺志を託したのではないだろうか。

まだまだある久秀小説!

松永久秀は魅力的な戦国武将であるが故に、さまざまな視点からの歴史小説が書かれている。いくつかおススメ作品を紹介しておこう。

宇月原清明の『黎明に叛くもの』は、斎藤道三と松永久秀は幼馴染であった!という視点から描かれた作品。妖しげな術を駆使する伝奇小説としての側面が強い一作。こちらは過去に感想も書いた。

山田風太郎の忍法帖シリーズの一作『伊賀忍法帖』。主役ではなく、しかも悪役としての登場だが、エロオーラ全開の妖将松永久秀の魅力を堪能できる作品。映画化もされている。 

花村萬月作。悪党としての魅力にあふれた松永久秀小説『弾正星』。こちらは悪漢小説、ピカレスクロマンに全振りした内容になっており、かなり痺れる内容になっている。 

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