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『三体』劉慈欣 全世界2900万部の超ベストセラーSF

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「三体」シリーズ三部作の一作目

2019年刊行作品。オリジナルの中国版は2006年に中国のSF雑誌『科幻世界』に連載されていたもので、2008年に書籍化されている。作者の劉慈欣(りゅうじきん/リウツーシン)は1963年生まれの中国人SF作家。本作で、2015年のヒューゴー賞をアジア人として初めて受賞している。

三体

三体

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ハヤカワ文庫版は2024年2月に刊行されている。

三体 (ハヤカワ文庫SF)

本作は劉慈欣による「三体(地球往事)」シリーズ三部作の一作目。三部作累計での発行部数は2900万部を超えており、全世界的なベストセラー作品となっている。SF作品がここまで売れるなんてスゴイ!

翻訳者としては、大森望、光吉さくら、ワン・チャイの三名が名を連ねる。大森望って中国語も翻訳できるの!とビックリしたのだが、光吉さくら、ワン・チャイの共訳による最初の邦訳版がまず存在し、それをベースにSF小説としての体裁を整えたのが大森望だったらしい。

また、音声朗読のaudible版もリリースされている。朗読は声優の祐仙勇(ゆうせんいさむ)による。朗読時間は17時間31分もあるみたい。すごい!

あらすじ

文化大革命で父を殺された葉文潔は、軍が極秘に管理する紅岸基地に送り込まれる。そこで葉は基地内の施設を使い、地球外の知的生命体へメッセージを送ることを思い立つ。40数年後ナノマテリアル開発者の汪森は、科学的にありえない怪現象に遭遇。その背後には学術団体<科学フロンティア>の存在が……。組織への接触を試みた汪森は驚愕の真実を知ることになる。

とっつきは悪いけど頑張って読むべき!

最初に描かれるのは中国、文化大革命時代の凄惨な知識層弾圧である。本作では、事件の端緒となる葉文潔(イエウェンジェ)の物語が始まり、その後の彼女の動向は知らされないまま、40数年後の現代に時間が飛び、主人公である汪森(ワンミャオ)が登場する。

物語の前半パートでは、科学的にありえない不可解なトラブルに翻弄される汪森の姿が描かれ、読み手としても「この話はどんな内容なのか?」が判らず、もどかしい思いをさせられる。この点、少々とっつきにくいのだが、頑張って読み進めるべきである。そのあとは、極上のエンターテイメントが待っている。

VR編になってからが本番

謎の組織<科学フロンティア>を調査して行く中で、汪森はVRゲーム「三体」の存在を知る。三つの太陽が輝く惑星で、知的文明社会を維持し、発展させていくにはどうすればいいのか?殷の紂王や、周の文王に孔子や墨子。古代中国史をベースにした三体的世界のサバイバルシミュレーションがめっぽう面白い。こういう発想は中国人作家ならではだろう。

そして白眉は始皇帝時代の「計算陣形」だろう!3,000万人の兵士を、広大な荒野に配置しての人力演算システム!さすがに無茶だと思うのだが、絵的な説得力は最高なのである。ハードなSF的世界の中に、こういうエンターテイメントに振り切ったネタも盛り込んでくるあたりがこの作者の面白いところである。

三体人の不思議な世界

質量が近似している三つの天体が相互に作用した場合、その軌道を計算することはほぼ不可能であるらしい。そのため三つの太陽を持つ恒星系に属する惑星では、定期的な昼と夜、季節の概念などは全く存在しなくなってしまう。永劫に続く酷寒の時代が続いたかと思えば、金属すら溶ける灼熱地獄が続き(乱紀)、きまぐれのように温暖な時代もやってくる(恒紀)。しかもそれらに周期性は全くないのである。

もっとも、これほどまでに地球と異なる環境下で進化を遂げてきたわりに、三体人のメンタリティーは地球人とさほど変わりがない。この点は少々、ご都合主義に過ぎるようにも思えるが、三体人をこういう属性にしておかないと話が進まなくなってしまうから、まあ致し方ないといったところかな。

三体人はいったいどんなビジュアルをしているのであろうか?これほど劣悪な環境下でどうして知的生命体が活動を継続できるのか?謎は尽きないが、このあたりは、今後刊行される続篇であきらかにされるのだろうか?

史強の魅力、粗にして野だが卑ではない

最後に一つだけ。史強(シーチアン)のキャラが物凄く良い!

元軍人で、現在は警察に所属している史強は、不撓不屈のメンタルと旺盛な生命力を併せ持つ人間である。あまり傍にいて欲しくないキャラクターだが、汪森のような知的エリート層が忘れてしまった、種としての人類の逞しさを体現している人物で、こいつが居れば三体人にも勝てるんじゃない?なんて思えてしまうから不思議である。

大史(史強よりは、こう呼ぶべきだろう)の最後の一言がとりわけ胸に迫る。

地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまっているらしい。すなわち虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな

『三体』p430より

三体人による干渉を受け、科学の発展の芽を摘まれてしまった人類。絶望的な状況下で、「虫けら」たる人類がこれからどうやって反撃をしていくのか?楽しみでならない。

続篇は2020年と2021年に登場

邦訳版の続篇は、第二巻の『黒暗森林』が2020年(文庫版は2024年4月23日発売予定)に、第三巻で完結編となる『死神永生』は2021年に刊行(文庫版は2024年6月19日)となっている。

『三体2 黒暗森林』の感想はこちらから

『三体3 死神永生』の感想はこちらから

中国ミステリも面白い!陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』の感想はこちらからどうぞ。

ドラマは中国版とNetflix版の二つがある

なお「三体」シリーズは二度ドラマ化されており、一つ目は2023年から配信が始まった中国版。

そしてもう一つは、2024年から配信が始まったNetflix版である。