聴覚障害者のコミュニケーション手段は手話と思われがちですが、口話や筆談、身ぶりなど多様な方法を用いることができます。
聴覚障害には伝音性難聴と感音性難聴、その両方を併せ持つ混合性難聴の3種類があります。原因は耳の機能に異常がある場合の他にも、脳や神経に異常があって言葉として認識できない、話し声や周囲の音を聴く能力(聴力)に何らかの障害があって聞こえにくい、音域を伝達する経路に部分的な障害があって話し言葉や周囲の音が聞こえないなど、さまざまです。
2016年4月、前橋市で手話言語条例が施行されました。これは手話を言語として明確に位置付けて普及や理解を促進する他、手話が使いやすい環境を整えることなどを目的としたものです。
条例ができる前は手話が言語として市民にほとんど認識されておらず、健聴者とのコミュニケーションにも不自由さを感じることが多くありました。ろう者が手話を使うことに差別や偏見があり、さまざまな場面で不便や不安に直面していました。
しかし制定後は手話への関心が高まり、多くの市民から手話を覚えたい、聴覚障害者の生活を知りたいという要望が増えました。今では企業や小中学校などから手話教室開催の依頼が数多くあり、大変うれしく思っています。
昨年10月には救急隊員向けに手話研修会を実施しました。これは聴覚に障害がある人も安心して救急車を利用できるようにするのが狙いです。前橋市聴覚障害者福祉協会と市手話通訳者協会、前橋手話サークル連絡会に、市消防本部の救急隊員と市が加わり、救急現場で使用するためのコミュニケーションボードを県内で初めて作成しました。
今までは本人や家族に聴覚障害がある場合、救急隊員とのやりとりは主に筆談で行われていましたが、円滑な意思疎通は困難でした。コミュニケーションボードを作る際に心がけたのは、伝わりにくい言葉は分かりやすい言葉に置き換えることと、聞こえない人と聞こえにくい人に分かりやすいよう多くのイラストを用いたことです。ろう者が文字やイラストを指さして自分の伝えたいことを伝えられるメリットがあります。
イラストは消防局の職員が描いているため、新たに必要なイラストの作成や修正を短時間で行うことができました。研修時には救急隊員と聴覚障害者が一緒にロールプレイをして、いろいろなけがや病状を表現しながら、コミュニケーションを図る練習をしました。
9月に本県で開催されたろうあ者体育大会用のコミュニケーションボードも作成するなど、日々、内容を更新しています。救急の現場で手話のできる人が増えることを願うとともに、伝達手段を工夫することで円滑にやりとりできるようになることも知ってほしいと思います。
【略歴】先天性失聴。2021年から市聴覚障害者福祉協会長を務め、9月に本県で初開催した全国ろうあ者体育大会の受け入れ態勢整備に尽力した。県立聾学校卒。