【ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団】
1888年に創設されたアムステルダムを拠点とする世界屈指のオーケストラ。類い稀な響きにしなやかな演奏スタイルとそのサウンドは世界最高峰のひとつと謳われています。これまでに、グスタフ・マーラーやリヒャルト・シュトラウスといった著名な作曲家たちもオーケストラを指揮してきました。今回は、2022年からNHK交響楽団首席指揮者となったマエストロ ファビオ・ルイージと、チャイコフスキーの《交響曲第5番》を取り上げ、マエストロのエネルギッシュな演奏が楽しみです。また、ソリストにはその豊かな才能で世界中の聴衆を魅了し続けているピアニスト イェフィム・ブロンフマンを迎えて、ピアノとオーケストラが一体となり、交響詩のような性格をもつリストの名作《ピアノ協奏曲第2番》にも目が離せません!
【日時】2023.11.7.(火)19:00~
【管弦楽】ロイヤル・コンセルトヘボー管弦楽団
【指揮】ファビオ・ルイージ
【独奏】イェフィム・ブロンフマン(Pf.)
〈Profile〉
イエフィム・ブロンフマンは、今日最も才能豊かなピアニストの一人として広く知られている。
その揺るぎないテクニックと卓越した抒情性は、ソロ・リサイタル、一流のオーケストラとの共演、そして続々と増えるレコーディングにわたるさまざまな活動において一貫して高い評価を得ており、世界中の聴衆を魅了している。
1958年4月10日、旧ソ連タシケント生まれ。イスラエルでは、ピアニスト、そしてテル・アヴィヴ大学のルービン音楽院の学長でもあったアリエ・ヴァルディのもとで学んだ。
米国では、ジュリアード音楽院、マルボロ音楽学校、カーティス音楽院で学ぶと共に、ルドルフ・フィルクスニー、レオン・フライシャー、ルドルフ・ゼルキンに師事した。
2011−12シーズンは、ムーティ指揮シカゴ響のオープニング・ガラをはじめ、ロスアンジェルス、ボストン、クリーヴランド、フィラデルフィアなどアメリカの主要オーケストラとの共演や、カーネギーをはじめとする名門ホールでのリサイタルでは、リンドベルグの世界初演作品を含めたプログラムを展開。
ヨーロッパでは、E-Pサロネン指揮フィルハーモニア管と2シーズンにまたがるバルトークの協奏曲全曲プロジェクトを完成させ、その他、ウィーン、アムステルダム、ミラノ、ルツェルンなどでのリサイタルを行うことになっている。M.T.トーマス指揮ロンドン響やE-Pサロネン指揮バイエルン放送響との欧州ツアーにも参加する。また、イスラエル・フィル結成75周年記念イヴェントでは、オーケストラとの共演とソロ・リサイタルを行うことになっている。
ブロンフマンはソロ、室内楽、そしてオーケストラそれぞれの分野での録音活動で数々の栄誉に輝いている。1997年には、指揮者エサ=ペッカ・サロネンとロサンゼルス・フィルとの共演によるバルトークのピアノ協奏曲の録音でグラミー賞を受賞した。過去のレコーディングには、プロコフィエフのピアノ・ソナタ全曲、グラミー賞とグラモフォン賞にノミネートされた5曲からなるプロコフィエフのピアノ協奏曲全曲、そしてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番および第3番などがある。最近のリリース作品には、マリス・ヤンソンスとバイエルン放送響と録音したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、カーネギー・ホールの07-08シーズンにおける「パースペクティヴス」アーティストとしての活動を補完するソロ・アルバム「パースペクティヴス」、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の全曲録音、ヴァイオリニストのギル・シャハム、チェリストのトゥルルス・モンク、そして デイヴィッド・ジンマン指揮、チューリヒ・トーンハレ管と共にアルテ・ノーヴァ/BGMラベルに録音したベートーヴェンの三重奏協奏曲がある。
ブロンフマンは1989年7月にアメリカの市民権を取得している。
【曲目】
①ウェーバー:歌劇『オべロン』序曲
(曲について)
オベロン、または妖精王の誓い』(英: Oberon, or The Elf King's Oath)J. 306は、カール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲した全3幕から構成されるオペラ。台本はヴィーラントの叙事詩『オベロン』(ユオン・ド・ボルドーの伝説が元になっている)のジェームズ・プランチェ (James Planché) による英訳を基に、『夏の夜の夢』と『テンペスト』の内容を付け加えたもので、ドイツ語訳はテオドール・ヘルが担当した。
1826年4月12日に初演され、2か月後の6月5日にウェーバーは帰国の途上中ロンドンで客死したため、事実上最後のオペラでもある。
②リスト:ピアノ協奏曲第2番 イ長調
(曲について)
1839年に着手され、同年の9月13日に初稿を完成させている。それ以降、数回にわたって補筆や改訂を施し、1848年頃に「交響的協奏曲」と名称を与えていたがこれは後に取り下げることになる。1849年5月6日に改訂を一旦終えているが、リストはこれに納得しなかったのか、初演前年の1856年に再度補筆を行っており、初演後の1861年に決定稿が出されるまで局所的に続けていた。
全体は単一楽章で書かれており、その形式はピアノ協奏曲第1番よりもさらに自由で、狂詩曲風の性格が顕著に浮き彫りにされている。ピアノと管弦楽が一体になったいわば交響詩ともいえる性格を呈しており、詩的な味わいや内面的な抒情性が極めて豊かな作品になっている。
③チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 Op. 64
(曲について)
交響曲第5番 ホ短調 作品64(こうきょうきょくだい5ばん ほたんちょう さくひん64、ロシア語: Симфония № 5 ми минор, соч. 64)は、ロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーが作曲した交響曲である。チャイコフスキーの円熟期にあたる1888年の作品であり、交響曲第4番ヘ短調作品36とは作曲時期に10年の隔たりがある。
4つの楽章からなり、演奏時間は約42分。一つの主題が全ての楽章に登場し作品全体に統一感を与えている。この主題は「運命」を象徴しているとされており、第1楽章の冒頭で暗く重々しく提示されるが、第4楽章では「運命に対する勝利」を表すかのように輝かしく登場するといった具合に、登場するつど姿を変える。第1楽章と第4楽章は序奏とコーダがあるソナタ形式。緩徐楽章である第2楽章は極めて美しい旋律をもち、第3楽章にはスケルツォの代わりにワルツが置かれている。
チャイコフスキーは初演を含めて6回この曲を指揮したが、作品に対する自己評価は揺れ動いた。今日では均整がとれた名作の一つとして高く評価されており、交響曲第4番、交響曲第6番『悲愴』とともに後期の「三大交響曲」として高い人気を得ている。
【演奏の模様】
①ウェーバー:歌劇『オべロン』序曲
Adagio sostenutoの序奏は20小節あまりの短さで約12~3分の曲です。ウェーバーといえば、すぐ「魔弾の射手」が頭に浮かびます。今回の序曲の歌劇「オベロン」も、舞台は森の中、やはり深い森に響くホルンの音が不可欠です。魔弾の射手の冒頭のHr. の調べは、人口に膾炙する程の名曲、その旋律は、簡単に口ずさめます。オベロンの冒頭もHr.が響きますが、単旋律ではなく。豊穣なVn.アンサンブルに伴われ、Fl.の合いの手、さらにはCl.のくぐもってはいるけれど、どこか愛嬌のある音とわたりあうのでした。再度Hrn.の音が出ると今度は高音アンサンブルで1Vn.がウェーバーらしい耳当たりのいいメロディを奏で、ルイージ・コンセルトヘボー楽団は、比較的速いテンポでぐいぐい音を繰り出して行きました。この序曲の最初の場面で、オペラの魔法の角笛で合図するオベロン王、妖精たちが集まって来て行進、処が突如全管弦の強奏と共に夢が吹き飛んだように妖精たちは逸散し、騎士ヒュオンが、1Vn.アンサンブルに合わせるが如く勢いよく登場、この辺りの弦楽の分厚いテンポが速くなると魔法の世界の不思議さ、妖精の情景を次のように表現している。すなわち、魔法の角笛(第一ホルン)で呼び掛ける妖精の王オベロン。妖精達が眠りから覚め(弱音器をつけたヴァイオリン)、ひそやかに答える木管(フルート、クラリネットのppp)のスタッカートの音型が、風にふわりと舞う妖精達の群を思わせます。続いて行進曲風に奏され、やがて突如全ての楽器の強奏和音が鳴ったかと思うと、瞬時に幻が消えたかのような沈黙がありAllegro con brioの速いテンポの弦楽奏が、騎士ヒュオンの様子を表す第一主題となり、第一ヴァイオリンの16分音符のパッセージで勢い良く発展していくのです。急に魔法の角笛が鳴り妖精達が飛び交うのでした。Hrn.トップは若い女性奏者、安定した出音を保っていました。
続いて下記の譜例の様にヒュオンのアリアのテーマが、クラリネット独奏で現れました。
さらにレツィア「わが君、わがヒュオン」のテーマが歓呼するように奏されました。
ルイージはいつもの様に精力的にタクトを振り、オケの各部門を相当煽ってホール全体をアンサンブルの渦と化しました。演奏が終わると当然の様に大きな歓声と拍手の嵐、前回ミューザで聴いた時の感動が蘇って来ました。こうした標題音楽的解釈が、オペラの内容を先駆的に序曲内に取り込む為のものかオペラのプロローグとして存在するのかは、このオペラを一度も見たことが無いので分かりません。恐らくほとんど上演されないオペラなので録画ででも見てみる他ないのでしょうか?
ここで、次の演奏のピアノをセッテイングするため、暫しの休止です。楽器も若干の減となりました。
②リスト:ピアノ協奏曲第2番 イ長調
全体が一楽章と看做せる構成の曲です。楽器構成は二管編成弦楽五部12型
- 第1部 アダージョ・ソステヌート・アッサイ
- 第2部 アレグロ・アジタート・アッサイ
- 第3部 アレグロ・モデラート
- 第4部 アレグロ・デチーソ
- 第5部 マルツィアーレ・ウン・ポコ・メノ・アレグロ
- 第6部 アレグロ・アニマート
曲は6つの部分から構成されており、作品全体として自由なソナタ形式といえる構造が形成されている。
第1部のアダージョ・ソステヌート・アッサイでは冒頭部で夢幻的な基本主題が提示され、第2部のアレグロ・アジタート・アッサイは、エネルギッシュな新しい主題が提示されたあともう一つの新しい主題も力強く提示される。第3部のアレグロ・モデラートは優美で表情豊かな部分であり、ロマンティックで美しい世界が広げられていく。第4部のアレグロ・デチーソはダイナミックな部分で、そこでは強烈で華々しい表現が印象深くなっている。第5部のマルツィアーレ・ウン・ポコ・メノ・アレグロはシンバルの入ったトルコ行進曲で、ソナタ形式の再現部に相当する部分で、第6部のアレグロ・アニマートは、コーダに相当する部分であり、ピアノの活躍が目覚しく、圧倒的なクライマックスに到達して結末を迎える(演奏時間約20分)
登場したブロンフマンは(チラシを見て)思っていたより相当年老いたピアニストでした。60歳は超えている様に見えました。
端的に言って、その演奏の特徴は次の四点でした。
①ほとんどの場面でオケにも負けない、即ちオケの雨、風とよく降り注ぐ風にも負けない強靱な力を、太そうな腕、太い指、がっしりした体躯から迸りだしていました。
②オケ全楽全強奏の時に飲み込まれて聞こえない箇所は2~3か所のみでした。
③太いが見た目にもいかにも柔らかそうな指で、そっと鍵盤をなぞる音は絶品もの
④命題「ピアノは打楽器」に対し反命題「ピアノは打楽器でない」ことを如実に示したソフトな演奏。
暫く弾き始めたブロンフマンの音を聴いて、これは相当な高みに達している音と思いました。上記①~④にまとめたように強弱自在、即ち速い強打の箇所はかなり力を込めている様には見えなくとも、オケの大咆哮に負けない音を出していました。これはひとえにピアニストだったリストの作曲上の手法に依るところも大也かも知れませんがブロンフマンがもっと若かりし日には今よりもバンバン弾いていたのではなかろうか、マツエフの様に、と想像出来る端緒はそこかしこに見られた。
それにも増して、弱音演奏が素晴らしかった。鍵盤にそっと指を載せて摩る、なぞる程度でしっかりとしたppやpppの旋律を奏でていました。この様な演奏は久し振りに聴きました。満員の今日のサントリーホールの観客は結構長い(多分ピアニストのゆっくりしたテンポにルイージ・コンセルが合わせて、つられて遅くなった?)演奏が終わると待っていましたとばかり感嘆の声が怒涛の様に押し寄せました。何回か歓声に呼び戻されても鳴りやまぬ声援に、ピアニストはピアノの前に座りアンコール演奏を始めたのでした。
《ソロ・アンコール曲》ショパン『ノックターン8番Op.27—2』
これが又極上の演奏で、彼のピアニズムの最たるものの表現を具現した演奏だと思いました。要するに心で弾いていました。味わい深いショパン、実に憎い程の素晴らしさでした。
《20分の休憩》
トイレタイムの休憩はいつにない程の行列が男子トイレ前に並んでいました。今日は男性客が多いのか?自分の席は二階左翼でしたが、周りには結構女性客がいましたけれど?
③チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 Op.64
楽器編成 三管編成弦楽五部16型 全四楽章構成
第1楽章Andante-Allegro con anima
第2楽章Andante Cantabile
第3楽章Allegro moderato
第4楽章Allegro vivace
全体的にクラリネットとファゴットがセットで彼方此方で活躍、重要な役割をしていました。
「運命の主題」
交響曲第5番では、第1楽章冒頭の主題。この主題は各楽章に何回も登場します。
各楽章では次の様な状態で登場。
楽章 | 箇所 | テンポ | 拍子 | 開始音量 | 楽器 |
---|---|---|---|---|---|
第1楽章 | 序奏 | Andante(♩=80) | 4分の4 | p | クラリネット |
第2楽章 | 中間部の終わり | Tempo preccedente(♩=100) | 4分の4 | fff | トランペットなど |
再現部の終わり | Allegro non troppo | 〃 | fff | トロンボーンなど | |
第3楽章 | コーダ | Allegro moderato(♩=138) | 4分の3 | pp | クラリネットとファゴット |
第4楽章 | 序奏 | Andante maestoso(♩=80) | 4分の4 | mf | 弦楽器 |
〃 | p | 木管楽器 | |||
提示部の終わり | Allegro vivace(二分音符=120) | 2分の2 | ff | 金管楽器 | |
再現部の終わり | Poco meno mosso | 〃 | ff | 管楽器 | |
コーダ | Moderato assai e molto maestoso(♩=96) | 4分の4 | ff | 弦楽器 | |
〃 | fff | トランペットなど |
昔最初にこの曲を聴いた時には、その勢いに圧倒されて自分の中で咀嚼出来なく完全に消化不良、余りいい印象の曲では有りませんでした。それがその後聴く度に新たな発見というか、これはいいという箇所が増えて来て、最近では6番「悲愴」は勿論素晴らしいが、5番も負けていない、いやそれを凌駕しているかも知れないとまで思う様になりました。特に全楽章を通して、一番カッコいいと思ったのは最終楽章ですね。最近はいつもそう思います。今日のルイージ・コンセルト響の迫力はやはり国際レヴェルでした。テーマが低音部で演奏されシックなアンサンブルが流れ、途中から脱兎のごとくアンサンブルは駆け出し、金管は元気一杯鳴り響き弦楽も団員全員思いっきり体を揺すって演奏していました。弩迫力。終盤に出て来るテーマの伴奏のリズムも面白い。Timp.の乱打もカッコいい、最後のジャジャジャジャンと終わるのもいい。終わり良ければすべていい。最高でした。初日のミューザのビゼーもドヴォルザークも素晴らしい演奏でしたが、今日はファビオ・ルイージがコンセルトヘボウの有りったけの力を引き出すのに最適なチャイコ5番という選曲の大勝利でした。終了して割りと早くタクトを降ろすルイージですからすぐにと言っていい程早く大歓声とブラヴォーの怒号が渦巻くサントリーホールでした。
今日の本演奏後もルイージ・コンセル響はアンコール演奏を行いましたが、これは初日と同じ曲でした。
《アンコール曲》チャイコフスキー『歌劇エフゲニー・オネーギン』よりポロネーズ
何度聴いても素晴らしいオーケストレーションで腑に充分落ちる演奏でした。