5 #音楽の敵、音楽の味方

ヒップホップの進化? 退化? 「一発屋芸人化」するラッパーたち

DIGITAL CULTURE
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ヒップホップが生まれてから40年ほど経った。時代が変われば音楽をとりまく状況も大きく変わる。1970年代にニューヨークのブロンクスで生まれたヒップホップは、さまざまなジャンルの既存の曲からフレーズを切り取り曲を作り上げる「サンプリング」という手法を使って曲が作られた。

80年代にはLL Cool Jのようなラッパーがヒーロー的人気を得たほか、政治的なメッセージ性を持つラッパーも生まれ、80年代後半にはロックと融合したRun-DMCの『Walk This Way』が大ヒット。

90年代には西海岸へとヒップホップ人気が広まるだけでなく、アメリカ南部でも多くのラッパーが生まれた。2000年代に入ると白人ラッパーのエミネムが人気を確立。またR&Bの要素を取り込み、ポップスとしての地位も築いた。

そして2010年代、南部のヒップホップが流行の発信地となり、メインストリームとしての人気も加速している。しかし一方で、ヒップホップはある事態に直面しているように感じる。それはラッパーの「一発屋芸人化」だ。もちろん全てのラッパーを指しているのではない。突然こう言われてもイメージが湧かない人も多いだろう。簡単にいえば、日本のお笑い界に欠かすことのできない一発屋芸人ともいえるような芸風をもつラッパーが増えたのだ。

Video: RUNDMCVEVO/YouTube
RUN-DMC - Walk This Way

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一見すると、ヒップホップとお笑いには共通点を見出せないかもしれないが、双方の文化的背景を考えるとよく似た点がある。たとえば、ヒップホップは自分のいかなる経験をも武器にして表現できる音楽だが、お笑いも自分の境遇や容姿が芸人の個性やネタとして刻まれる。また時代の流れにも敏感だ。ヒップホップではその時代に流行しているものをテーマにした楽曲が生まれることが多いが、お笑いでもこういった時事ネタ(風刺からトークまで)はよく扱われる。そして現在では、双方ともが国におけるメインストリームのエンターテイメントである。あまりヒップホップに馴染みのない人は、アメリカのメインストリームということにピンとこないかもしれないが、チャート上位はいつもヒップホップで賑わっている。そして日本のお笑いは言わずもがなだろう。テレビで芸人を観ない日はない。

そんなヒップホップだが、ラッパーが「一発屋芸人化」しているとはどういうことなのか。念のため言っておくがヒップホップが笑いを取りにいっているというわけではない。ラッパーが売れるまでのプロセスが一発屋芸人の成功の仕方ととても似てきているということだ。そこに大きく関係しているコンテンツの消費手段が変わったという点である。

ではまず日本のお笑いはどのように消費されているのか見てみよう。2000年代半ばに流行ったお笑い番組『エンタの神様』を覚えているだろうか。与えられたフォーマットの中でさまざまなお笑い芸人がネタを披露した。いわゆるネタ見せ番組である。これは後年に『爆笑レッドーカーペット』という番組に引き継がれている。こちらではさらに制限された時間内で数多くの芸人がネタを披露した。これはある種、与えられたフォーマットでどのように自分を表現するかを問われていたのだろう。こういった番組が大きな影響をおよぼすことでお笑い芸人の消費速度は加速し、何人ものお笑い芸人が売れては消えをくりかえした。そしてこの傾向は現在も続いている。

では現在のヒップホップはどのように消費されているのか。そこには2つのスタイルがある。まず一つ目は、ヒップホップにはミックステープというデモ音源を作る文化がある。CDが一般的だった時代、頻繁に目にすることはなかった。しかしインターネットの普及によって、2010年代はミックステープを無料で配信するサイトが登場した。今年、グラミー賞を受賞したチャンス・ザ・ラッパーもこうした無料のミックステープでファンベースを作ってきたラッパーだ。二つ目、それは、音楽の視聴方法としてストリーミングサービスが主流になりはじめてきていることだ。こういったサービスの登場によって途方もない数の音楽に気軽に出会えるようになった。しかしそれによってコンテンツの消費スピードは劇的に早くなったと感じる。たとえばSpotify(スポティファイ)ではヒップホップのプレイリストがとても人気だが、なかでも『most neccesary』は更新頻度が高い。ここに追加されるアーティストは有名どころはもちろん新人ラッパーの場合もある。人気のあるプレイリストともなると、入るだけでプロモーションの効果は抜群だ。ヒップホップ業界では大物アーティストに新人ラッパーが取りあげてもらうことをフックアップと呼ぶが、いまはまさにこういったプレイリストがフックアップの役割を果たしている。

消費のスピードが速い今の時代では、アーティストはより戦略的にいかに成功するべきかを考える必要が出てくる。そこでラッパーたちも試行錯誤を繰り返し、自分の個性を強烈に出すに至ったのだ。それはラップの仕方、かけ声、踊り、動き、ビートの選び方、PVの見せ方と多岐にわたる。ここでいくつかの例を見てもらおう。

Video: DesiignerVEVO/YouTube
Desiigner - Panda

こちらはDesiigner(デザイナー)というラッパーによる『Panda』。タイトルは白い「BMW X6」を前から見た姿が動物のパンダに似ているというところからきている。こういった比喩的なたとえはヒップホップではよく見受けられるものだ。この曲で注目して欲しいのは彼のラップのフロウ、かけ声である。ぼそぼそとつぶやくような発声で言葉をまくしたて、奇声ともとれるようなかけ声を並べる。この『Panda』はDesiignerのデビュー曲だったが、なんとKanye West(カニエ・ウェスト)の目に止まり、この曲をそのままサンプリングした『Pt. 2』がカニエのアルバム『Life Of Pablo』に収録されたほか、彼の主催するレーベル「GOOD MUSIC」と契約したのだ。

Video: Migos ATL/YouTube
Migos - T-Shirt [Official Video]

こちらはラップグループのMigos(ミーゴス)による『T-Shirt』という曲。注目して欲しいのはそのPVだ。一度見ればピンときた人もいるかもしれない。これは完全に映画『レヴェナント』のパロディである。この曲のタイトルはT-Shirt=白い=コカインという意味だそうで、このPVが雪山で撮影されてしまうのもそれをイメージしてのことだろう。要はMigos流のシャレである。また彼らの三連符を多用したラップはヒップホップに絶大な影響を及ぼし、最近であれば同じような三連符を使っているラッパーを見つけることはとても簡単だ。

Video: LilYachtyVEVO/YouTube
Lil Yachty - Forever Young (Lyric Video) ft. Diplo

こちらは19歳のラッパーLil Yachtyによる『Forever Young』。この曲ではダンスミュージック界の大御所DJであるDiploをフューチャーしている。彼は特に批判の矢面に立たされているラッパーの一人だ。ほとんど歌っているようなラップのスタイルや、過去のアーティストのディスリスペクトとも取れる発言によって、一定のヒップホップファンから受け入られていない。しかし、それでもヒップホップを専門に扱うメディアPlayatunerの記事によれば「俺は俺のやりたいようにやる」というスタイルを貫き、若者から人気を得ている。

こういった成功事例が与える影響は絶大だ。それゆえ発生してしまうのが「同じようなアーティスト」の続出だ。日本のお笑い芸人がショートステージというプラットフォームでブームに乗っかって同じようなネタを作るようなものである。たとえばリズムネタがそうだろう。こうなるとアーティストの個性はなくなってしまう。その流れもコンテンツ消費の速度につられて加速している。Playatunerによると、ヒップホップ界の大御所スヌープ・ドッグもこういったスタイルに対して「近年のラッパーは皆同じようにラップする」とコメントしている(しかし批判しているわけではない)。

しかし、このムーブメントをヒップホップ発祥の国アメリカという「内」ではなく、「外」に向けるとまた見え方が変わってくる。それはヒップホップのフロウ、「音としての聞こえ方」を重視する傾向から、「言語の壁」を壊してくれているということだ。2015年にリリースされた韓国人ラッパーのKeith Apeによる『It G Ma』は、日本人ラッパーのKOHHとLootaをフューチャリングに迎えた曲だが、アメリカでヒットしリミックスではなんとアメリカの有名ラッパーたちが参加した。この曲ではアメリカで流行しているようなビート、フロウをそのまま韓国語、日本語で繰りだしたものだ。

Hi-Lite Records/YouTube
Keith Ape - 잊지마 (It G Ma) (feat. JayAllDay, Loota, Okasian & Kohh) [Official Video]Hi-Lite Records

そのほかにも、アジア発のヒップホップを扱うYouTubeチャンネル「88Rising」はインドネシア出身のラッパーRich Chiggaを輩出したことでも注目されている。このチャンネルでは、アメリカのラッパーにアジアのヒップホップを聴いてもらい、そのリアクションを映したものが人気コンテンツとなっている。また、現在中国発のラップグループHigher Brothersが人気を集めつつあり、アメリカのラッパーとも曲を発表している。

こうしてみるとやはりヒップホップはアメリカに帰結してしまうのかと思うかもしれないが、むしろその逆ではないだろうか。今までアメリカ国外の楽曲がここまで注目を浴びることはなかった。しかしこういったヒップホップのスタイルの変化によって、ようやくアメリカ国外のアーティストがその土俵にあがれる時代が来たといっても過言ではない。端的に言えばチャンスが増えたのだ。

Brian Imanuel/YouTube

それでは今後ヒップホップはどこへ向かって行くのだろうか。日本のお笑い芸人を参考に考えてみると、日本では2000年代にお笑いの再ブームが巻き起こり、お笑い芸人はとても身近な存在になった。いまでも新しい芸人はどんどん増え、流行語にはその年に売れた芸人の言葉が選ばれる。さらに新たな消費方法として生まれたストリーミングサービスではオリジナルのお笑い番組まで作られている。またピコ太郎のような海外へ目を向けたお笑い芸人も登場した。新たな消費に合わせた形で、さらに視野を広げたネタを考える芸人・環境が生まれたのだ。これをヒップホップに置き換えれば、新しい音楽体験の下地が作られるのではないだろうか。

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ヒップホップという音楽はさまざまなジャンルの既存の曲からあるフレーズを切り取り曲を作りあげる「サンプリング」という手法から発祥したジャンルである。だからこそ、他のジャンルとの融合や新しい音楽性を取り入れることにも寛容な多様性を持っている。今のヒップホップの流行については賛否両論あるが、長い目で見ればヒップホップが持つそもそもの要素が、より広域で作用してきている結果だと捉えることもできる。だからこそ、今後来るべきヒップホップの未来を想像してみた。それはヒップホップの中心地がアメリカであったとしても、さまざまな国のラッパーが第一線で活躍する未来だ。たとえば現在のダンスミュージックシーンでは、さまざまな国のアーティストが第一線で活躍している。これは言語を必要としないインストゥルメンタルの音楽だからこそ可能になったことなのかもしれない。しかし筆者としては、ヒップホップもこういった状況へ向かって欲しいと願っている。

ただ言語をないがしろにするという意味ではない。ラッパーにとって言葉は最も重要であり、歌詞の内容はその曲の評価に大きく関係する。しかし声が楽器の一種であり、「音」として受け入れられているのはアジア発のヒップホップがバズったことからも明らかだ。また多言語の歌詞であっても、最近はGeniusを初めとした歌詞解説サイトがポピュラーな存在になったおかげで内容を理解できる機会は多い。国の壁は越えようと思えば容易に越えることができるのだ。ラッパーの「一発屋芸人化」は言葉だけではネガティブに聞こえるだろう。しかし、これは世界中の誰もがチャンスを得られるようになったという風に捉えてもいいのではないだろうか。ヒップホップは常に進化をしている。40年前と今のヒップホップでは似ても似つかないサウンドかもしれない。しかし、その根底にあるヒップホップの持つ多様性はこれからも普遍的なものとして生き続けるだろう。

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