2016年8月22日(月)
台風9号が発生し、関東地方を直撃。関東地方の予想雨量(23日まで)は約250ミリと猛烈な雨が降る見込みで、Twitter上では「電車止まってくれー!」と阿鼻叫喚の様相を呈しています。
普段はオシャレで落ち着いた様子の中目黒。
その象徴ともいえる「目黒川」も、今回の台風でどんどん水位が上がっています。
※荒ぶる様子を動画でご覧ください
テレビ局も出動。河川氾濫の恐れがある「目黒川」は、格好のネタになっているようです。
一部の歩道は冠水で水浸しに
時は遡って…
2016年7月15日(金)
こんにちは、ライターの根岸達朗です。
今日は編集長に呼ばれて、東京のおしゃれタウン・中目黒に来ました。
どうやらこのあたりを流れる「目黒川」の橋で待ち合わせということなのですが……。
「お、来ましたね」
「何なんですか? 急にこんなところに呼び出して」
「実はちょっと会わせたい人がいるんですよ。一般社団法人『防災ガール』の田中美咲さんです」
「へ? 防災ガール?」
話を聞いた人:田中美咲(たなか・みさき)
1988年奈良生まれ、横浜育ち。立命館大学産業社会学部卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社。東日本大震災をきっかけに退職し、福島で復興支援活動に従事。2013年に一般社団法人「防災ガール」を立ち上げる。20〜30代の若者に「防災」をもっとおしゃれでわかりやすく伝えることを目的に活動中。
カジュアルな視点で防災意識の底上げに取り組む「防災ガール」!
「根岸さん、はじめまして。突然なんですけど、中目黒の象徴でもある目黒川……実は氾濫の恐れがあるってご存知でしたか?」
「氾濫!? 急になんなのー!」
地名を見れば「歴史」がわかる
「びっくりさせちゃって……すみません。でも、目黒川って実際に昔、大雨が降るとよく氾濫したんですよ。今でも雨が降ると水位が一気に上がるんですけど、それだけ水害が発生する可能性も高いということでもあって」
「まじですか? 全然知らなかったなあ。中目黒なんて住みたい街ランキングの上位に入るような街なのに……」
「はい。それを示す証拠に、目黒には『蛇崩(じゃくずれ)』という地名があったんです。目黒川の水があちこち蛇のように流れ出たことから、その名前が付いたとも言われていて」
「へえ、蛇崩……珍しい地名ですね」
「実はこの地名、昭和初期に区制度が始まって一気になくなってしまいました。今は蛇崩交差点や蛇崩川緑道にその名残があるだけで、今は目黒のどこを探しても、地名に蛇崩がついているところはありません」
「そうなんだ。珍しい地名だから残しても良さそうなのに」
「そうですね。ただ、私は珍しさというよりも、防災の観点から昔の地名は残した方がいいと考えています。だって、地名を変えてしまったら、昔のことがわからなくなってしまうから……」
「ああ……過去に災害があったこともわからなくなってしまう」
「そうなんです。古来の日本において『蛇』というのは、神様でもあり、水害の象徴でした。昔の人は『ここは災害が起きやすい場所だよー』ということを、地名で教えてくれていたんです」
「地名を変えたことで起きた悲劇といえば、2014年に起きた広島の土砂災害でしょう。被害が大きかった八木地区が、実は昔、八木蛇落地悪谷(やぎじゃらくじあしだに)というヤバすぎる地名だったというのは有名な話です」
「地名にはその土地に暮らしていた先人たちの教えがあるんですよ。たとえば、水っぽさを感じる地名がありますよね。『沼』とか『池』とか」
「ああ、ありますね。東京だけでもいくつか思い当たる」
「実はそういう土地って、地盤がゆるくて、大きな地震の際に地割れや液状化を起こす可能性があると言われていて」
「へえ……そう考えると、日本中にめちゃくちゃたくさんありそうな」
「関東圏でいえば、災害危険度の高い漢字が組み合わさっている千葉の『津田沼』。東京なら『池袋』なども、地盤の弱そうなところが多いので心配です。地名防災の第一人者である福和伸夫先生がつくった『良好地盤名と軟弱地盤名の分類図』がすごく参考になるので一度目を通してもらえたらと」
「これは……住むところを決めるときのひとつの物差しになりますね。現に住んでいる人は、複雑な心境になるかもしれないなあ」
「同僚に『津田沼』出身のやつがいるんですが、この図で言えば軟弱地盤トリプルですね…。どの漢字も水気を彷彿させるというか。しかも、マンションが『アトランティス津田沼』って冗談みたいな名前で笑ってしまいました」
「ゼウスの怒りに触れて水中に沈んだ幻の島…」
「そもそも山手線の内側は比較的地盤が固くて、外側は弱いというのが定説ですよね。僕が住んでいる三ノ輪駅周辺は元々湿地帯なので他人事じゃないんですよ!」
「ちなみに地盤の強い土地でパッと浮かぶのは、国の主要施設があるところです。江戸城跡の皇居はもちろん、丸の内にあるGHQ跡地や防衛省もかなりしっかりしていると聞いたことがあります」
「国の主要施設近くに住むのが得策…。僕は地名や歴史の観点で土地を想像するのが好きなんですけど、単純に家賃の高い土地は地盤が固い印象です。今住んでる家、60平米の3DKで75,000円だからな〜!地盤弱いのも仕方ないかな〜!」
「それは安すぎる。ずるい!」
「何言ってるんですか。住所を入力するだけで、その土地の揺れやすさ、地盤の弱さをチェックできるサイトがあるんですけど…」
「へぇ。それは便利なサイトですね」
「MAX2.5で数字が大きければ大きいほど揺れやすいらしく、根岸さんの住んでる稲城が0.98。一方、僕の住んでる三ノ輪は2.38ですよ! ほぼ満点じゃねーか!!」
「やっぱり『城』って入ってると防御力高いのかな」
「ちなみに社内10人中で最下位でした。まぁ、最近武蔵小杉にマンションを買った同僚は後背湿地で2.35だったから…賃貸の方が逃げ道あるかなと強引に心を納得させています」
「身の回りで調べたら盛り上がるけど、遺恨を残しそうだなぁ」
「柿次郎さんの人間性が急に強く出てきちゃいましたね」
「……(引っ越してぇ)」
「うーん……だんだん怖くなってきた。田中さんの活動についても、詳しくお話聞かせてもらえますか?」
防災をもっとおしゃれに、わかりやすく
「いやー地名の話はドキドキしました……。つまり田中さんの活動というのは、そういった知識を広めながら、より多くの人に防災に関心を持ってもらおうという?」
「そうですね。ただ、私たちはこれまでの防災のやり方ではなく、おしゃれでわかりやすい、誰もがやりたくなるような防災を目指しています。その取り組みのひとつが、津波防災の普及啓発プロジェクト『ハッシュビーオレンジ』です」
「これは『オレンジの旗を見たら津波が来るから逃げろ』ということを社会に浸透させるための活動です。言葉を使うことなく、色で津波の危険を伝えることができれば、緊急時にも避難先をわかりやすく示すことができます」
「なるほど。確かにオレンジは海の色の補色だからすごく目立ちますね」
「防災グッズにも力を入れていて、たとえばこれなんですけど、ちょっと持ってみてもらえますか?」
「ん、これは? リストバンドのような」
「はい、これは防災ガールのオリジナルミサンガです。引っ張るとほどけて1本のひもになります。長さが1.5メートルになるので、それを振り回すと視覚情報のSOSになるんです」
「おお〜すごい! これもオレンジの蛍光カラーで目立ちそうですね」
「さらにプラスチックの接続部分が笛になっているので、音でSOSを発信することもできます。ひものなかには着火剤の芯が入っているので、燃やすこともできるんですよ」
「ほー実用的! デザインもおしゃれだなあ」
「まずは身に付けたくなる、やりたくなるというのが大事だと思っています。実はこのほかにもいろんな活動をしていて、たとえばそのひとつに、位置情報ゲーム『Ingress』を活用しながら、避難経路を自分で考える次世代版避難訓練があります」
「へえ。自分で考える?」
「はい。普通の避難訓練って、行く場所も経路も決まっていたりするじゃないですか。でもそれって、どこか一箇所でも崩れていたら、使えない訓練なんですよね」
「確かに。子どもの頃に経験した緊張感のなさすぎる避難訓練を思い出しました。目的地に向かってただダラダラと歩くだけという」
「そんな避難訓練って、意味がないと思いませんか? だから私たちの避難訓練はスタート地点しか決めません。そこからの道は自分たちで決めて、制限時間内に安全な場所を見つけるんです」
「おお〜。ゲーム的な要素があって、普通におもしろそう!」
「このほかにも、防災ガールが調理する『非常食ケータリング』とか、危機管理能力を身につけながら男女が交流できる『防災コン』などなど、いろんな企画を実践しています。国が発表している被害想定がわかりにくいので、データを噛みくだいて、サイトで情報発信もしていますね」
自分の頭で考え、行動する。それが生きる力
「どう? 防災ガール、良さしかないでしょ。実は僕も最近、震災関連の記事をつくるようになった流れで、『防災おじさん』を勝手に名乗り出したんですよ」
「防災おじさん? なんですかそれ」
「嫌われてもいいから防災の大切さを友達に暑苦しく語るおっさんのことです。さっきの地盤問題もありますけど、僕が住んでる土地は木造密集地域で火災の危険性が高いんです。区画の防災資料を見てみたら、僕の住んでる建物以外真っ赤っか。周りが燃えたら瞬殺だろ!ってレベルでした」
「ええー!」
「あと隅田川が氾濫したら2mぐらい氾濫するって…。なんなんだよ、もう! 災害の全部乗せか! タイタン、イフリート、リヴァイアサンの三重奏ってか! そりゃ、防災おじさん名乗るわ!」
「お、落ち着いてー!!」
「フゥフゥ…。まぁ、そんなわけで常に他人事じゃないんですよ。押しつけがましくなりがちな防災意識も、僕みたいに自宅に友人を招いたら池上彰先生の災害SPをいきなり見せる感じでね。笑ってもらいながら脳裏に刷り込んでいけばいいんです」
「柿さんの知識は、ほとんど池上彰が発端なんだ。でも、友達レベルから広げていくのは無理がなくていいですね。そういう意味では、防災ガールも親しみやすさがあるというか、誰でも取り入れやすそうな防災を提案しているのはすごくいいですよね」
「ありがとうございます。でも、防災ってまだまだ一般の若者には浸透していないんですよ。むしろ、防災業界は40〜70代の男性が主役。それも地域の消防団に入っているような人たちがリードしている状況で」
「消防団かー。街を守る大事な仕事ですね。地方ではひとつのコミュニティとしても機能していると聞くけど、都会に暮らしているとその存在すら知らないという人も多いんじゃないですか?」
「そうなんですよ。でも、都会にも消防団はあります。まずは自分の住んでいる地域にどんな消防団があるのか調べてほしいし、できることなら入ってほしい。消防団に入ると、街を守る仕事の対価としての報酬もありますし、地元の商店街で割引サービスが受けられるなどの特典もあるんです」
「へえ、そうなんですね」
「なによりもまず、消防団には積み上げてきた防災の知恵があります。入ってちゃんと活動すれば学びも多いはずですよ」
「地域との関わりを求めている人にもよさそうですね」
「はい、とてもいいと思います。ただ、消防団には課題もあります。それは年齢層の高さ。若い人がもっと積極的に関われる仕組みができたら、その街はすごく良くなっていくはずです」
「そういえば、長野・奥信濃で『鶴と亀』というフリーペーパーをつくってる小林くんも20代だけど、消防団に入ってるんですよ。これは防災おじさんとしても全力で応援したいです」
「かっこいい! 消防団に入ってるだけで女子的にはポイント高いです。防災ガールのみんなで女子会をするときも、パートナーに求めるのは生きる力だよね〜っていつも話してます(笑)」
「……聞きました?」
「これからの時代、生きる力があるとモテる!」
「会社がつぶれても、街が崩壊しても、臨機応変に考えられる人。どんな状況でも最適解を自分で決断して、行動できる人がかっこいいと私は思います」
災害大国の日本で生きること
「生きる力かあ……やっぱり、災害の多い国に暮らしているならなおさら考えていかなくちゃいけないことでしょうね」
「そう思います。あ、災害の多さという点については、ちょっと見てもらいたい地図があって」
図表参照:気象庁 | 地震発生のしくみ
「ん、これは?」
「気象庁が出している世界の地震地図。赤くなっているところが地震がたくさん発生している地域で、私が指しているところが日本です。ほぼ全土が真っ赤なんですよ」
「本当だ……」
「こんなに地震が多い国なのに、防災のことを考えずに暮らすのってどうなんだろうって思いませんか? 絶対に安全な場所なんてないし、それは大きな震災があるたびにみんな痛感しているはずです」
「東日本大震災も、先の熊本地震もそうでしたね。いつだって『想定外』の繰り返しなわけで」
「災害の記憶を残すために石碑を建てるのも、津波に備えて防波堤を建てることも大切かもしれません。でも、絶対に『想定外』は起こるわけで、ハードに頼るのは限界があるんです。それよりも大切なのは、一人ひとりの防災意識を高めること」
「そうですね。僕も防災おじさんとして、暑苦しくても防災を訴えていきますよ。茶化してくるやつはビンタして、ミサンガつけさせますから」
「ありがとうございます(笑)。人間の危機管理能力って、街が便利になることで退化してきたけど、それじゃいけないと思っています。富士山の噴火、南海トラフ地震、首都直下地震……これから起こりうる災害に備えて、より多くの人に防災の大切さを訴えていく活動をしていきたいですね」
今回のまとめ
どこに住んでいても絶対に安全と言えるような場所はない。そして、災害はいつだって『想定外』。だからこそどんなときも最適解を自分で見つけ出し、行動する。それが生きる力であるという田中さんの話は、災害の多い国に暮らす上での心得をあらためて考えさせてくれるものでした。
自分だけは大丈夫という幻想は捨てよう。その上でまずは小さくてもいいから、できることをやってみよう。田中さんの話を通じて、僕もじわじわと「防災おじさん化」してきていることを実感した今回の取材でした。
ちなみに、「防災ガール」の皆さんは登場しませんが、応援しているイベントとして9/4(日)に東京渋谷の代々木公園で「防災フェス」が開催されます。僕は子連れで遊びに行こうと思っているので、みなさんも興味があればぜひ足を運んでみてください。
防災しようぜ!