戦争を終わらせるのはなぜ難しいのか 政治学者が見いだしたジレンマ
戦争はなぜ起きるのか、そして、どうすれば戦争を防げるのか。そんな議論を私たちは積み重ねてきました。「それだけでよいのだろうか」と政治学者の千々和(ちぢわ)泰明さんは問いかけます。「戦争はどう終わるのか」についても考えを深めるべきだと言うのです。始まってしまった戦争を終結させること、その特有の難しさとは何なのでしょう。ウクライナ侵攻が続く中、8月15日を前に聞きました。
議論が欠けている日本
――「戦争はいかに終結したか」と題する著書を発表したのは昨年7月でしたね。ウクライナ侵攻が始まる7カ月前です。なぜ、戦争の終わり方について考え始めようという提言をしたのですか。
「戦争終結について考える議論が日本には欠けている、と感じたからです。戦争が一般にどう終わるのかについての理解も、始まってしまった戦争をどう終えるかについての検討も、私の見たところ、ほぼ見当たりません。学問研究の現場でも、安全保障政策を作っている現場でも同様です」
――先の大戦で甚大な被害を出したこともあり、戦争がなぜ始まるのか、どう防ぐかの議論は、多く積み重ねられてきたように思います。どう終わるのかまで考える必要があるのでしょうか。
「戦争をどう回避するかを考えることの大事さは変わりません。しかし、不幸にして一度戦争が始まってしまった場合には、どうすれば理性的にその戦争を終えられるかも重要な課題になります」
「戦争をどう終えるかが大事な問題であることは、1945年の敗戦経験からも言えます。米国による2回の原爆使用とソ連の対日参戦。そんな破滅的な結末を避けられず、戦争の終局で膨大な犠牲者を出してしまった日本は、戦争終結に失敗した国だからです」
――失敗とは?
「敗北が決定的になったあとも絶望的な戦いを続けてしまったことです。もし日本に降伏を促したポツダム宣言を早く受諾していれば、広島・長崎への核兵器使用やソ連の対日参戦による甚大な犠牲は食い止められたはずです」
「しかし実際には日本の指導部は、米軍に有効な一撃を加えたりソ連に米国との仲介をしてもらったりすることを通じて、より有利な和平を目指そうと考え続けてしまいました。自らの政策の非現実性に向き合えなかった例です」
――ではなぜ、戦争終結一般の議論が低調なのでしょう。
「冷戦期の日本には、軍事研究が日の目を見ない状況があったからではないでしょうか。戦争をどう終わらせるかを考えることは『戦争を容認すること』だと誤解されかねなかったのです。私自身も戦争終結の研究を始めたことで周囲から『そんな研究をしていたら戦争容認派だと批判されちゃうよ』と助言されています。ただ実際にはそんな批判は聞こえてきません。日本の状況が変わったのかもしれないと感じています」
「万一の事態を想定した議論をタブー視すべきではありません。むしろ、最悪の事態を『想定外』として具体的な検討を怠ってきた結果が、3・11での原発事故だったのではないでしょうか」
分析の結果、見えてきた構図
――具体的にどう研究を進めていったのでしょう。
「戦争は無条件降伏という形で終わることもあれば、妥協的な休戦で終わることもあります。20世紀以降に起きた主な戦争がどう終わったかを分析した結果、次のような構図が見えてきました」
「まず戦争は力と力のぶつかり合いであるため、戦争終結は戦局で優勢にある側が主導します。そして優勢側から見て終結の形態は大きく二つに分かれます。相手と二度と戦わずに済むよう徹底的にたたく『紛争原因の根本的解決』と、自国兵の人命などの犠牲を出したくないためそこまでいかずに妥協する『妥協的和平』です」
――過去の戦争で言うと、それぞれのケースの例は?
「紛争原因の根本的解決と呼べる代表例は、第2次世界大戦でナチスドイツと戦った連合国です。首都ベルリンを陥落させ、ドイツの主権を消滅させるまで戦った。連合国兵士の犠牲を抑えることよりも、大戦を引き起こす要因となったナチズムを完全排除することを重視した終わらせ方です。日本の無条件降伏で終わった太平洋戦争も、こちらに分類できます」
「紛争原因の根本的解決」で終わる戦争と、「妥協的和平」で終わる戦争。両者を分けるポイントは何なのか。記事後半では、戦争終結がはらむ深刻な「ジレンマ」について、千々和泰明さんが解説していきます。ウクライナ侵攻についても考察します。
「妥協的和平の典型例は、イ…
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