2014年7月5日土曜日

1997年の消費税率引き上げが自殺者数を増やした?

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Twitter上で1997年の消費税率引き上げが自殺者数を増やしたと言う言説を言い続けている人が少なからずいる。他の税制の変化には関心が無さそうなのも気になるが、消費税率引き上げが景気(失業率)を悪化させ、景気悪化が自殺率を引き上げたと言うのは、風がふいたら桶屋が儲かる的な弱い推論の積み重ねでしかなく、反証となる数字に事欠かない。

1. 消費税5%化で租税負担率に変化無し

全体として増税になっていないのであれば、マクロ的に単純には景気悪化要因と主張できない。“消費税”と言う単語が呪文になっているが、他にも税制はある。マクロ経済的には租税負担率を見た方が良い。消費税5%化直前の平成7年は24.0%、平成8年は23.8%、消費税5%化直後の平成9年は24.0%、平成10年は23.6%だ。1997年はデータ的には増税では無かった(国民負担率(対国民所得比)の推移)。不景気になったから租税負担率が下がったと思うかも知れないが、1990年代は他の税制は減税が行われている(第3-2-10表 過去の主要な減税政策(国税、個人所得税・法人税))。

2. 消費税率引き上げは消費を抑制しなかった

消費税率引き上げ後のマクロ経済を見ておこう。意外に思われるだろうし、経済学の代表的なモデルであるラムゼー・モデルの示唆するところとも異なるが、実際は消費税率引き上げ後、駆け込み需要の反動が出た後、民間消費は増加傾向を辿る。むしろ民間固定資本形成が横ばいになっており、こちらの影響の方が大きそうだ。設備投資が停滞してしまっている。

3. 雇用が減ったのは製造業

1997年以降、景気が悪化していったのは事実だ。失業率は1998年から2002年まで急激に上昇していく(図録▽失業率の推移(日本と主要国))。世間的に最大の経済政策に思えた消費税率引き上げが原因に思ってしまうのは、やむを得ないかも知れない。しかし、日本の経済政策が原因だとするには、おかしい傾向がある。雇用が減ったのは輸出産業を多く含む製造業で、国内市場に強く影響される小売や飲食ではない。

追記(2014/12/22 01:54):国内消費の影響が先に出るのは製造業と主張する人がいるのだが、貿易統計で輸出金額の推移を見て、1998年、1999年、2001年と輸出金額はマイナスとなり、従来の増加ペースを外れている事を確認した上で、製造業の雇用が1998年の初頭から急激に減りはじめている事を考察されたい。また、小売・卸売・飲食業などのほうが製造業よりも離職率が高く、雇用調整が早い事にも注意されたい。

4. 景気悪化のタイミングのずれ

消費税率引き上げで景気が悪化したとするならば、1997年中に失業率が増加する可能性が高い。失業率は年度末を待たずに刻々と変化する。しかし、実際に失業者が増加したのは1998年からでタイムラグがある。また、金融機関の融資打ち切りが倒産の引き金になることは多いが、融資状況の変化を見ると、これも1998年以降になっている(清水(2006))。企業財務の悪化は、税率改訂後しばらくしてからだ。つまり、タイミングが合わない。これは1998年以降に景気悪化要因が発生した事を意味する。

5. 年度末に自殺者数が増えたから、消費税が原因?

1997年度末、つまり1998年の3月と5月に自殺者数が増えたから、消費税が原因だと主張している人もいる。全体からすれば2割ぐらいなのだが、この時期が年度の企業が多いからと言いたいらしい。

年度末に資金繰りが行き詰まったとしても、年度中に起きた様々な要因の何が影響しているかはわからない。1997年の後半からはアジア金融危機が発生し、1999年かもっと後まで混乱が続くのだが日本企業も大きな影響を受けた。

そもそも消費税導入後の初の決算が自殺率悪化の理由であれば、9月と12月の周辺でも自殺率が4月と同程度に増加していないといけないが、そんなことは無い図録▽失業者数・自殺者数の推移(月次、年次))。失業率の上昇は同程度にも関わらずだ。1998年後半の自殺率変化率と失業率変化率の乖離は、どう説明する気なのであろうか?

6. 景気悪化が自殺率上昇をもたらすか?

直感的には失業が自殺をもたらすと言うのは理解できるし、そういう効果もあるのであろう。しかし、マクロ的に大きな要因かは慎重に考えるべきだ。まず、日本以外の国では景気と自殺率に何ら相関を見出せない場合がある。次に、自殺率が急激に上昇した1998年よりも1999年以降の方が失業率は悪いが、1999年以降は自殺率は横ばいで増えていない。景気悪化が自殺者を増やしたという議論は注意する必要がある。

「平成23年版 自殺対策白書」の「▼年齢階級別(10歳階級)の自殺者数の長期的推移」を見てみよう。まず自殺率の変化は、ほとんど男性によると分かる。2003年以降に失業率は低下しているのだが、男性45~54歳の自殺率は大きく低下しているが、男性55~64歳は変化幅が小さいし、男性の他の年代はむしろ上昇している。また、「▼平成22年における自殺者の年齢階級別(10歳階級)・自殺の原因・動機別の件数」を見ると、40・50歳代の男性では経済苦を理由に自殺した人がもっとも多いと考えられているが、他の年代はそうではない。

これから何が言えるかと言うと、景気悪化が自殺率上昇の要因にはなりえるが、他の要因の方が影響が大きいであろうと言う事だ。ミクロ的に正しい要因であっても、マクロ統計的には大きな影響力を持つとは限らない。

7. 消費税率引き上げが自殺者数を増やした?

消費税率引き上げが自殺者数を増やしたかと言う問いは、以上の理由で棄却される。消費税率引き上げが気に入らないのは分かるのだが、1997年の消費税率引き上げが自殺をもたらすと言うような根拠薄弱な言説で感情に訴えるのはいかがなものであろうか。すぐに確認できる様々な数字に合致しない言説は、あまり見ていて気持ちのいいものではない。

2 コメント:

WLK さんのコメント...

> 1997年度末、つまり1998年の3月と5月に自殺者数が増えたから、消費税が原因だと主張している人もいる。全体からすれば2割ぐらいなのだが、この時期が年度の企業が多いからと言いたいらしい。

2015年5月13日現在で平成27年3月の数値まで公開されているので、そろそろ前年同月比が出せる時期に入ります。

平成26年の月別の自殺者数について
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H26_tukibetujisatushasuu_sokuhouchi.pdf
平成26年3月2314人

平成27年の月別の自殺者数について
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H27_tukibetujisatushasuu_sokuhouchi.pdf
平成27年3月2276人

uncorrelated さんのコメント...

>>WLK さん

少なくとも3月は、増税で自殺者数が増えたとは言いづらいですね。

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