下の写真は,2025年2月8日午前10時ごろの東日本周辺の気象衛星ひまわりの可視画像です(気象庁|統合地図ページより)。

秋田県沖に渦巻きが確認できますね。これはポーラーロウ(極低気圧)と呼ばれるものだそうですが,私がはじめてこのポーラーロウを勉強したとき,寒冷低気圧と混乱してしまった過去がありますので,今回はその辺についてまとめておくことにしました。
ポーラーロウとは
ポーラーロウとはバレンツ海,ノルウェー海,北海,グリーンランド近海など高緯度の海域で発生する低気圧のことを指します。と言っても,海外の地名がいまひとつ分からないので,下の地図にそれぞれの位置を示しておきます。また,これらの海域よりも比較的緯度の低い日本海にも現れることもあり,冒頭の衛星画像はそれを捉えたものになります。

ポーラーロウは「寒気内(小)低気圧」「寒気場の小低気圧」などと呼ばれることもあり,水平スケールは200km~1000km程度と,温帯低気圧や台風と比較して規模が小さいメソスケールの擾乱であることが特徴です。前線は伴いません。
上空からとらえたポーラーロウの雲の形も必ずしも渦巻き状になるわけではなく,コンマ状であったりとその形状も多様だそうです(下図参照;『ポーラーロウの理想化実験』,柳瀬 2010. より引用)。

左側がコンマ状で,右側がスパイラル状(渦巻き状)ですね。
小規模スケールの低気圧であるため,寿命はだいたい1~2日程度(スケールと寿命が概ね相関することが知られている)と短く,小さい規模でありながら,タイミング次第では,豪雪・豪雨や暴風雪・暴風雨,雷などの災害をもたらすこともあるようなので,注意が必要です。
では,この『真冬のミニ台風』『真冬の小悪魔』などとも揶揄(?)されるポーラーロウは,どのようなメカニズムで発生するのでしょうか?
ポーラーロウが発生するメカニズム
ポーラーロウが『真冬のミニ台風』と呼ばれているように,その発生メカニズムは台風のそれと類似していると考えられているようです。
台風は第2種条件付き不安定(CISK:conditional instability of the second kind)と呼ばれる熱的不安定なメカニズムで発達することは以前勉強しています。
weatherlearning.hatenablog.jp
冒頭に示したポーラーロウの衛星画像は2025年2月8日に撮影されたものですが,この日は今季最強の寒波が到来したとニュースでも大きな話題となっていました。一方,日本海には対馬海流という南からの暖流が流れ込んでいるため海面水温は日本の沿岸域なら10℃以上と比較的温かい状態になっています。
すると,相対的に高温の海洋上に強い寒気が流れ込むことになり,寒気は海面から顕熱と潜熱を受け取ります(簡単に言い換えると,寒気が海面を通過すると,海からの熱で温まり温度が上昇します。また,海面から蒸発した水蒸気が寒気の中に取り込まれます)。
水蒸気を含んで軽くなった空気は上昇しますが,このとき対流雲が発達すると同時に,渦の下の海面付近では気圧が低くなります。気圧が低くなったところに,周囲から空気が流れこみ,上昇気流が強まるような循環が生じ不安定化するのです。
おそらく下のようなメカニズムとして図示できるかと思います。

このように,ポーラーロウは台風と同様のCISKと呼ばれる熱的不安定で発達すると考えられているというのが教科書的な記述です。しかしながら,その発達メカニズムは複雑で,(温帯低気圧の発達メカニズムである)傾圧不安定による影響も少なくないようです。例えば,南北の温度差がなければ熱的不安定な影響が大きく渦状の雲となりやすく,他方で,南北の温度差が大きいときには傾圧不安定の寄与も大きくなってコンマ状の雲が発達しやすい,という感じ。
とにかく,台風が発達するメカニズムと,温帯低気圧が発達するメカニズムのハイブリッドなメカニズムが働き,それらの寄与の違いによってポーラーロウの多様性が生み出されているという点は非常に興味深いと思います。
ポーラーロウと寒冷低気圧との違い
さて,冒頭述べました通り,寒気の中の低気圧という点で,ポーラーロウというのは寒冷低気圧と混乱を生みやすいものだと思います。私自身,気象の勉強を始めてしばらくの間はこれらの低気圧は同じものだと勘違いしていました。
というのも,ポーラーロウもしくは寒気内低気圧(Polar Low)と寒冷低気圧(Cold Low)という日本語の字面および英語表記が酷似していて,これが混乱の元になっていたのですね。
では,この二つの低気圧はどういう点で異なるのでしょうか。
まず1つ目の違いはそのスケールです。ポーラーロウは水平スケール200~1000km程度のメソスケールの擾乱であることは先ほど述べた通りですが,寒冷低気圧の方は数千km程度の総観規模の擾乱になります。寒冷低気圧は偏西風の蛇行によって生まれるものなので,総観規模スケールである傾圧不安定波とスケール感が一致するのも矛盾しません。
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2つ目の違いは,発生するメカニズムとそれに伴う構造です。ポーラーロウは熱的不安定や傾圧不安定による影響によって発生すると考えられていますが,寒冷低気圧は偏西風の蛇行が大きくなって切り離されることで発生します。それゆえ,ポーラーロウは地上に現れ(上空では不明瞭),寒冷低気圧は上空に現れます(地上で不明瞭なことが多い)。低気圧が明瞭となる高度も違ってくるということですね。
さらに,発生メカニズムの違いに伴って,低気圧周辺の気温分布も異なってきます。
ポーラーロウの場合は,海面から供給される水蒸気の凝結による潜熱の放出によって低気圧中心付近の気温は周囲よりも高くなり,「暖気核」をもつこともあります。これは台風中心が暖気核をもつことと同様であり,この特徴に注目してみても『真冬のミニ台風』と呼ばれることは納得感があります。
一方寒冷低気圧では,中心付近において,周囲よりも気温が低い「寒気核」を持ちます。
下は2025年2月7日21時における地上天気図ですが,北海道の西にポーラーロウが南下して進んでいます。

このときの850hPa(上空約1500m)の温度分布を見てみると,地上低気圧のほぼ真上に「W」というスタンプがあって暖気核(Warm core)の存在が示されていました。

一方で,2024年5月16日の寒冷低気圧を見てみますと,上空850hPaでも寒気核(Cold core)を表す「C」スタンプがありました。すなわち寒冷低気圧中心付近は周囲よりも気温が低くなっているのです。

このように,ポーラーロウと寒冷低気圧はその発生メカニズムが異なり,それに伴って明瞭となる高度分布や温度分布が違ってくるのですね。
そして3つ目の違いは発生時期です。ここまで述べてきたように,ポーラーロウは温暖な海面に吹き出す寒気によって発生する下層にできる小低気圧であるため,海が暖かいほど,また寒気が強いほど発達しやすいといえます。夏は海水温も気温も高くなるため温度差は小さくなって,ポーラーロウはほとんど発生しません。
一方で,寒冷低気圧は季節問わずに発生することが知られています。上に示した寒冷低気圧の高層天気図は5月中旬の比較的温かい季節のものです。
以上の点を考慮すると,ポーラーロウというのは寒冷低気圧と字面はよく似ているものの,異なるものであることが分かります。
ただ,これらの低気圧に関係性がまったくないかというと,そういうわけでもなさそうです。冬季に上空に寒気をもたらす寒冷低気圧があると,日本海でポーラーロウが発達することが多いそうなので,寒冷低気圧はポーラーロウの発生のきっかけをつくる役割もしているという点で,ふたつの低気圧は関係しているのです。
【まとめ】学習の要点
天気図理解のメモ
- ポーラーロウとはバレンツ海,ノルウェー海,北海,グリーンランド近海など高緯度の海域で発生する小規模な低気圧。冬季の日本海でも発生する。
- 水平スケールは200km~1000km程度と,温帯低気圧や台風と比較して規模が小さい「メソスケール」の擾乱であり,前線は伴わない。寿命はだいたい1~2日程度と短い。
- 小低気圧であるが,雪・雨や風雪,雷などの災害をもたらすこともあるため注意が必要。
- 第2種条件付き不安定(CISK:conditional instability of the second kind)と呼ばれる熱的不安定なメカニズムで発達すると考えられているが,傾圧不安定による影響も少なくない。
- ポーラーロウは寒冷低気圧と以下の点で異なる。
- ①スケール:ポーラーロウはメソスケール,寒冷低気圧は総観スケール
- ②発生メカニズム:ポーラーロウはCISK,寒冷低気圧は偏西風の蛇行
- ③構造:ポーラーロウは中心に暖気核,寒冷低気圧は中心に寒気核
- ④発生時期:ポーラーロウは冬季,寒冷低気圧は季節を問わない
- ポーラーロウは寒冷低気圧に伴って日本海で発達することが多い。
参考図書・参考URL
下記の文献やwebサイトを参考にしました。