「任天堂が挑むべき課題」について

E3後、世間はあたかもWiiの勝利が確定したかのような論調がはやりましたが、自分はそれに対して懸念を持っていました。というのも、このWiiの勝利ムードの中には、主にPS3の価格面、ビジョンのなさからくるネガティブな印象が跳ね返ってきたものが、多分に含まれると思うのです。もしE3でPS3の価格発表がなかったらどうか?4万ぐらいで定価発表されていたとしたら?現在のWiiに対する印象はだいぶ違っていたと思うのです。あと、DSがあまりに好調なことから、それをそのまま安直にWiiと同一視させてしまうファンも多いように思います。まだ発売日まで半年もあるというのに、この楽観ムードは非常に危険だな、と自分は感じていました。


以下に、自分が抱いているWiiに関する不安点、課題を列挙してみたいと思います。

  • PS2の圧倒的なシェア
  • 移ろいやすい浮動層
  • 既存ゲーム開発者の抵抗感
  • 愚鈍なサードソフト経営陣
  • 任天堂の寡占状態
  • 困難なジェスチャ認識
  • Wiiリモコンの人体に及ぼす影響
  • Wiiリモコンの物的危険性
  • かさばるリモコンの拡張
  • 常時電力を使うことへの抵抗感

上記、課題点のいくつかについては、前にも自分が日記中で述べたものいくつか含まれます。また、すでに経営方針説明会の質疑応答で返答されているものもありますが、ここではあえてそれにはふれず、課題点のみ書き記すことにします。

PS2の圧倒的なシェア

まず、Wiiが望むべき壁は、現時点で圧倒的なシェアを持つPS2の壁です。次世代機戦争では、たしかにWiiが一番売れそうではあります。ただ、PS2の存在は依然として偉大です。たしかに最近PS2は売り上げを落としてきていますが、それでも据置機の中ではダントツ。DSが新規顧客を獲得して爆発的に売れているため、そのPS2の据置機での圧倒的立場がわかりにくいだけです。PS2の売れ行きが落ちているのは単に、据置機自体が縮小傾向にあるというのであって、Wiiが乗り込むのもその戦地なわけです。DSとWiiの連動効果もまだ未知数ですし。

実際、Wiiの評判が高いのは確かですが、その「ほしい」という声の多くは、任天堂のねらう新規顧客層よりもむしろ、従来のゲーマーなんじゃないでしょうか?ファミ通や2chといった、本来コアなゲーマーが多い層で、現在Wiiは熱狂的な人気を誇っています。これは、Wiiの革新性を現状ではゲーマーの方が理解しやすいからだと思います。もちろん、保守的なゲーマーは従来コントローラからはずれることに強い抵抗感を持っているかも知れませんが、単純にゲームそのものの変革の予感に胸躍らせているゲームファンも多いことでしょう。

しかし、一般のライトなファンはどうでしょう?とくにPS2をブームで買ってすでに据置機があるようなユーザ、それにFFやDQぐらいでしかゲームをしないユーザというのも、非常にたくさんいると思います。そういったそうが、そう簡単にWiiに飛びつくでしょうか?いくらWiiの価格が2万5000円以下と他の次世代機と比べて安いといっても、それでも2万円越えは結構な値段です。現状でPS2がすでに安い値段で売られており、さほどゲームもしないユーザからしてみれば、わざわざWiiを買いたいと思うでしょうか?ゲームセンターで体感ゲームすればいい、程度の感想を持つ人も結構いると思います。現時点で、何となくWiiがほしいと思っていても、それが本当に発売してからの購入につながるか、というとそれにはもうワンステップあるように思えます。

任天堂が目指す「ゲーム市場の拡大」のためには、全くの新しい顧客を呼び込むだけでなく、こういった「PS2でいいや」という停滞した消費者をも引きつける必要があるでしょう。そのためには、常に話題を提供し続けてWiiへの関心を引きつけ、なおかつスタートダッシュで爆発させる必要があります。PS2で停滞するユーザを最初に引っ張ることが出来なければ、その巨大な層はそのまましばらくPS2にとどまり続けるでしょう。「PS3が安くなるまで待てばいいや」、「勝ち組が決まってから買えばいいや」と。こういった状態で、PS2に継続的に有力ソフトが提供し続けられることになれば、結局GCの時の二の舞となります。それぐらい、Wiiのローンチからスタートダッシュは重要なのだと思っています。失敗したら、致命的なぐらいの。

移ろいやすい浮動層

こちらは、主にDSで獲得した新規客層について。脳トレやどうぶつの森で獲得した圧倒的多数のユーザ達です。これらの層は、基本的にはゲームだけを趣味で持つわけでない、浮遊層であると言えるでしょう。話題になっているから買う、みんながやっているから買う、というある意味受け身な層です。こうした層はブームに弱く、そして飽きやすい。他の面白い話題が出てきたら、容易に移ってしまう層だと思います。上記のPS2にとどまる層にも、似たような顧客は結構いることでしょう。こうした層は、やはり上記と同様、「つかみ」が非常に重要。常に関心を向けさせておかないと、すぐに離れていってしまいます。大人、子供、その他の人間関係をひっくるめて、何らかの形で常にゲームに意識を向けさせる努力が必要となるでしょう。今のところ、どうぶつの森での家族の交流とかうまくいっている訳ですが、継続が必要。魚と同じで止まったら死んでしまいます。一瞬たりとも気は抜け無いという意味では、厳しい戦いをしていると言えます。

既存ゲーム開発者の抵抗感

これについては、先日とあるゲーム開発者のブログで、辛辣なコメントがされていました。
GAME NEVER SLEEPS - 開発者は岩田発言に釣られるな
現在はすでにかなり柔らかい物腰に書き換えられてしまっていますが、最初の記述はかなり露骨に感情を爆発させていました。発熱地帯さんのところで一部引用が残っています。
発熱地帯: ゲーム業界は10年のループを抜け出せるのか?
基本的に、現状のゲームにしばられて停滞しているゲーム開発者が悪い、という論調は確かにありますが、とは言ってもそれもまた人間です。だれもが天才ではありません。世の中のサラリーマンの大多数は愚民な訳です。いくらWiiが革新的だ、既存のゲームはもう古い、とかはやし立てられても、だれもが対応できるモノではありません。人間の長い歴史の中、革新的なすばらしい理論を唱えた人が、その他大勢の停滞を好む保守的な人間に押しつぶされてきたことなど、数え切れないほどあります。それに、そうした既存のゲームを好むゲーマーが存在することも確かですし、そこで一定の受給が満たされることも想像できます。
消費者が皆Wiiの革新性に飛びついてくれ、開発者の革新をも促すようにうまくいけばいいですが、先に行ったようにWiiのスタートダッシュが失敗するようだと、結局開発者も、今までの手慣れたゲーム作りにとどまる、保守的な考えのままということは十分にあり得ると思います。そうするとWiiへの移行はすすまず、従来ゲームでは見劣りするWiiが敗れるシナリオも想像できます。

愚鈍なサード経営陣

先日のスクエニの和田社長なんかもそうでしたが、ゲーム業界の経営者には、結構別の業界から入ってきた人も多いです。また、ゲーム業界生え抜きであっても、逆に頭が固く新しい商売の仕方が出来なかったりします。
こういった経営者は、とかく安易な顧客を狙いたがります。その典型例がなんでも続編、なんでも大作。昔スクウェアが一時代を作ったときに後追いした名残ですよね。さらに、最近では脳トレのフォロワー。これもまた安直。基本的に、常に顧客を獲得することに勢力を出すのではなく、すでにいる客層をいかに囲い込むか、どれだけ搾り取れるかばかり考えるんですよね。
こういった経営者では、Wiiの革新性についていけず、とりあえず様子見をきめるところが出てくるかも知れません。こういった層は、愚鈍なら愚鈍なりに、Wiiに参入しても絶対大丈夫、と思わせる雰囲気作り、サポートが必要でしょう。そうでないと、また任天堂ソフトばかりの市場になってしまいます。

任天堂の寡占状態

これは上記のサードの話とも絡むのですが、結局いくら任天堂が頑張っても、そもそも任天堂のゲームは受け付けない、という層がいるのも確かなのです。特に任天堂は一時期利益を得る意味でもかなり子供向けゲームを重視してしまった分、「お子ちゃま」というイメージがついていることはたしか。自分も正直、DSが出るまではそういった取っつきにくい印象を持っていましたし。
いくら頼りないとはいえ、サードのゲームが入ってこないと、それだけで「結局任天堂のソフトばかり」「なんかかっこわるい」というレッテルが貼られてしまうことになります。「任天堂だけいれば十分」とかいう声もありますけど、なんだかんだ言っても、いろいろな血が混じっていると言うことは重要なことだと思います。

困難なジェスチャ認識

Wiiリモコンの操作として、自由度の高い操作というものがあげられます。しかし、これも懸念材料の一つ。自由度が高いと言うことは、それだけ人ごとに操作の仕方のぶれが大きいと言うことです。ヒューマンインタフェースの世界でも、ジェスチャ認識などは各使い手ごとの癖を吸収するため、ニューラルネットワークや遺伝アルゴリズムなど、情報工学、統計学を駆使した非常に学術性の高い認識手法が取られていたりします。そういった研究レベルでもまだ完璧なジェスチャ認識など無いのに、果たしてゲームの世界でどの程度の開発者がこれを使いこなせるのか。もちろん、ゲームごとに調整していけばある程度の使い勝手は生まれるでしょうし、ノウハウもたまるでしょう。しかし、そういったヒューリスティックな経験の積み重ねは、あるレベルまでは簡単に行くものの最後の一段階の精度を上げるのは非常に困難です。もし、その最後の一段階がWiiのゲーム性においてクリティカルなものであったとすると、Wiiの操作系は根本的な欠陥を抱えてしまう羽目になります。
世の中の優れた研究者がWiiでのジェスチャ認識に飛びついてくれればいいですが、むしろ任天堂が将来ヒューマンインタフェース系の学会で発表するぐらいの意気込みがいるかもしれません。CGの世界でも、最初は大学での研究レベルだったのに、ゲームの著しい発展で、シーグラフなどで毎年ゲーム関連のCGムービーが出るようになったぐらいですから。任天堂にも、それぐらいの意気込みは必要でしょう。新人採用でもそのあたりのジャンルの人を取る必要があるかもしれませんね。

Wiiリモコンの人体に及ぼす影響

上記同様Wiiリモコン発表時にも述べたことですが、各所で言われているよう、Wiiリモコンでの疲労感というのも問題点の一つです。「楽しければ心地のよい疲れとなる」というのは確かにあるでしょうけど、それでもしょうもない操作で疲れてしまうようなら、それは問題です。ゼルダで剣をジェスチャでなくボタンにしたのは疲れるから、という指摘がありましたように、本当にケアしないと致命的な疲労感につながりかねません。特に、Wiiリモコンに慣れていないサードはこの罠に陥りやすいと思います。DSのタッチペンがそうでしたからね。安易に何も考えずに使おうとしがちですから。
一時期2chで「腱鞘炎になる」などの主張をする人がいましたが、それらの可能性も加味する必要があるでしょう。空間で、感触もなくものを振る動作は、たしかに手首への負担は大きいと思います。このあたりの人体への影響について、任天堂がちゃんと医者や運動科学の研究者を交えて、健康に問題ないか検証していればいいですけど、もし何もしておらず感覚的にWiiリモコンを採用していると危険ですね。最悪ユーザが障害を負い、訴訟沙汰になる可能性もあります。そうなると、企業イメージはがた落ちで、立ち直れない可能性もありますからね。念には念を入れたケアが必要だと思います。

Wiiリモコンの物的危険性

上記の人体への影響と同様、安全面での問題。これも誰もが安易に想像した点ですが、Wiiリモコンを振り回して操作することになると、どうしても人にぶつかる、けがをさせるという危険性がつきまといます。また、ストラップをせずにプレイしてリモコンがすっぽ抜ける、テレビに当たってテレビが壊れる、といった事態も想像されます。そうなったらこれも訴訟沙汰です。実際、Wiiリモコンでダーツやボーリングなどの操作をすることを想定すると、思わず最後にリモコンから指を離したくなる感覚が分かっていただけると思います。なまじバーチャルな体験を出来る分、リモコンを離す感覚までリアルに生じる可能性があるわけです。常にストラップを手首に巻き付けてプレイするようにしないと危険だと思いますが、どの程度それを徹底させられるか。結局はユーザの使い方によるわけですし。結構なリスク要因だと思っています。

かさばるリモコンの拡張

「邪魔にならない」という主張のWiiですが、たしかに本体とリモコンはかさばらないかも知れませんが、ヌンチャクは明らかにかさばります。というか、全般的にリモコンに拡張する形態のものはすべてかさばるんじゃないでしょうか?クラシックコントローラも層ですし。また、GCのゲームを遊ぶにしてもWiiの上蓋を開けっ放しにしないとメモリカードなどが刺さらないわけで、これもかさばります。また、リモコン以外にもセンサーバーもあからさまに邪魔です。テレビの上に置くにしても下に置くにしても、目立たない大きさとはいえ、人によっては目障りなことは確かでしょう。このように、結構邪魔になる要因が残っているんですよね。このあたりが、消費者の、とくにそのあたりを気にする主婦層にどう写るかが鍵となってくるでしょう。

常時電力を使うことへの抵抗感

WiiConnect24という機能は、たしかに魅力的な機能ではあるのですが、諸刃の剣のところもあると思います。というのも、常時電力を使うこと自体に抵抗感を覚える層があるということです。世の中、節電はもはや当たり前。出来る限り電気を使わない、エアコンは高く設定、電気はこまめに消すなどを徹底している主婦は多いでしょう。節電機能が白物家電の主要機能なのも今や当たり前です。主婦層は、そうした日々費やされる小さなコストに非常に敏感な訳です。そういった層にとって、WiiConnect24はその付加価値よりも単なる電気食いとしか見られない可能性があります。スタンバイ時5Wと言っても、前に自分が算出したように( 各種据置ゲーム機の年間電気代の違い)年間1000円程度はかかるわけですし、そうした小さな無駄な出費を嫌う主婦層もいることでしょう。おそらく、WiiConnect24の機能を設定で殺すことも出来るのでしょうが、そのことがちゃんと主婦層に伝わらないと、マイナス要因となる可能性はあります。


まとめ

とりあえず、ざっとあげただけでもこういった不安要素、課題があります。個々の課題に対して「PS3はもっと…」「Xbox360の方が…」という指摘はあるかも知れませんが、そういったライバルの落ち度を見てしまう視点、考え方が、こうした課題点を曇らせている点だと思います。WiiのライバルはなにもPS3やXbox360だけではなく、ゲーム機だけですら無いわけですので。
もちろん、一つ一つの課題は、本当に小さなものだったり、杞憂じみたものかも知れません。特に、上記の項目は課題点を明確化するために、一方的に批判的視点のみで書いていますので。また今回の説明会における質疑応答の中で、すでに対策を示されているものもありますし、公表されていなくても岩田社長のことだからとっくに気づいているかもしれません。実際、先日の質疑応答の中でも、以下のようなコメントをしていますから。

E3の結果が予想以上に良かったものですから、我々のメンバーに対して「まだ終わっていないぞ」と言っているわけでして、まだまだやらなくちゃいけないことはたくさんあるよという意味でかなり緊張感を持ちながら続けようとしているのが、今の現状です。

自分は別にWiiに失敗してほしいと思っているわけでもありません。ただ、基本的に楽観論が嫌いな達なので、こういった視点があってもいいかと思い、記してみました。逆に、これら自分があげた課題を、岩田社長がいかにして克服してくれるかということの方が楽しみだったりします。
もし万一この中に任天堂がまだ気づいていないような項目があるならば、現在のWiiやDSの好評に浮かれることなく、しっかりと対策を取って経営を行ってもらいたいものです。油断に足下をすくわれないように。