ことのは日和

本と映画と心と体のこと。 体験、体感、学び、考える。そんな日々のことのは日和

目眩の夜と、これからのブログについて

映画「平場の月」をナイトシネマで観に行った帰り、久しぶりにメニエールの発作がきた。


深夜、家族はすでに寝ていて、頼れる人は誰もいない。PCの前に座ってブログを書こうとしたちょうどその時、急に視界がゆらぎ始めた。

 

目眩と吐き気。
私は昔から「吐く」という行為がとにかく苦手で、できる限り我慢してしまう癖がある。それでも、あの強烈な回転の感覚には抗えず、結局は吐かざるを得なかった。

これはまずい、と判断して、いつも持ち歩いている乗り物酔いの薬を飲んでなんとかやり過ごす。けれど、薬が効くまでが遠い。横になっても天井がぐるぐる回るようで、眠るどころではない。結局、3時間ほど目眩と格闘することになった。

 

思い返せば、最初の発作は10数年前だ。
突然、強い回転性の目眩に襲われて病院に運ばれた。目眩は一瞬ではなく、何分も続き、落ち着いたと思っても数日、長ければ数ヶ月は余韻が残る。
その時は「頭位目眩症」と診断された。検査では低音の難聴が少し見つかりつつも、メニエールの可能性もある、という曖昧な結論だった。

 

その数年後、また同じような目眩に襲われる。
このときも結局「頭位目眩症」との診断。前回と同じ理由からだ。

 

そして昨年のはじめ。
また目眩がきた。今度は種類が少し違った。洗濯機の中で縦横無尽に回されるような回転ではなく、遊園地のコーヒーカップを最大速度で回したような横方向の回転が、延々と続く感じ。落ち着くまで数時間、病院で診てもらった結果は「メニエール病」。

 

そして、また数日前にも同じ発作が起きた。

 

今年はどうにも体調が定まらず、やりたいことが体に止められるような感覚が続いている。


メニエールはストレスが引き金になりやすいと言われている。でも、今の私にとってのストレスは「体調そのもの」なのかもしれない。

 

この体とは、これまでも、そしてこれからも付き合っていかなければならない。扱いづらい部分も多い。それでも、向き合わずに放置するわけにはいかない。ここで改めて、どう過ごしていくべきかを考えている。

 

そう考えたとき、このブログも、少し使い方を変えてみてもいいのではないかと思った。


日々のことを、もう少し素直に書いていく。
難しい言葉じゃなくて、もっと平易な言葉で。
誰かにとっての「専門的な読み物」ではなく、人が生きている日常の息づかいが少し残るような、そんな記録にしていけたらと思う。

 

※ちなみに、まだうっすらと回転は続いていますが、元気ではあります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今日の文章が、皆さんの時間や生に少しでも光を投げかけるものになれば幸いです。

よろしければブックマークでまたお越しください。

 

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