26年前の「夏休みの宿題」を小学校の同級生とやってみた
Togetterオリジナル編集部のふ凡社です。
2023年の夏、私の故郷・大分県の小学校で出される夏休みの宿題『夏の友』をやってみる、という企画を行った。
きっかけは、「大分県の『夏の友』が親御さんにとってはちょっと負担が大きい」という話がX(Twitter)で拡散されたこと。
私は大分県民ながら『夏の友』の存在を知らなかった。私の通っていた小学校では、先生陣が作った独自の宿題が出されていたからだ。そこで、大人になってから『夏の友』を入手してやってみようという企画だったのだ。
実は、この企画には後日談がある。
企画にあたって小学校時代の恩師と連絡を取ったのだが、その折に「ふ凡社が小学1年生の時に出した夏休みの宿題、まだ手元にあるよ。送ってあげようか」と言ってくれたのだ。
そう、実は『夏の友』だけでなく、「当時先生が作った独自の宿題」のほうも入手していたのだ。
課題の名は『夏に生きる』。
今回は、大人が小学校の夏休みの宿題にガチで取り組む企画の第2弾。小学生時代の同級生とともに『あの夏、俺たちがガチでやった夏の課題』を26年越しにやってみた様子をレポートする。
ゆとり教育全盛の頃の課題
こちらが我々に出されていたオリジナルの宿題『夏に生きる』だ。
表紙には、先生陣が授業でたびたび引用していた相田みつをの詩を中心に据え、先生たち作ったオリキャラと、当時学年全体で育てていたヤギのイラストが載っている。
今回の『夏に生きる』は、1998年の夏に私たちに課された宿題。1998年と言えば、国を挙げてゆとり教育の実験が行われていたただ中である。
我々の学年も、入学と同時に学年全体でヤギの飼育を任されたり、バスを借りて里山に出かけるといったさまざまな課外授業があったりと、その影響を色濃く受けた独特な教育カリキュラムを受けた。
『夏に生きる』もご多分に漏れず、いわゆる国語・算数といった五教科の課題の量は控え目で、ヤギの世話をはじめ、体験型の学習に重きを置いていた記憶がある。
ちなみに、表紙を飾る4人のオリキャラたちは、単にイラストだけの存在でない。当時の先生たちが、自ら衣装などを用意してキャラになりきり、この姿で課外活動とかに出動していた(マジで)。今考えると、先生陣は子どものために相当体を張っていたのだ。
時は流れて令和の今、世の中も、私の視点も大きく変わった。あの時の課題が大人になった目にどう映るのか、大変楽しみである。
まずは当時の記憶を振り返る
今回、共に課題に取り組んでもらうのは、同級生のベータくん(※あだ名)だ。彼とは幼稚園と小・中学校が一緒で、大人になった今でも親交が続いている。
8月13日の午後13時に、ベータくんを自宅に招集した。2人で、1日がかりで『夏に生きる』をやっつけようという心づもりである。
『夏に生きる』はB4サイズのぶ厚い冊子。全56枚で、片面印刷と両面印刷になっているページとがあり、実質73ページもある。
当時小1だった私は、先生から受けとった瞬間「なんだこの馬鹿でかくボリューミーな宿題は」とおののいたのを覚えている。まずは、ベータくんと当時の記憶を手繰り寄せてみた。
『夏に生きる』、私は親から尻を叩かれながらも比較的計画的に取り組んだ記憶があるよ。ベータくんはどうだった?
俺は全然計画性なくて、夏休みの終わりにお母さんに怒られた。ひーひー言いながらやったなぁ。
そんなテンプレートな怠け小学生、本当にいたんだ(笑)。
俺、全然宿題真面目にやんない子だった。中学生に入るまでそんな感じだったな。自分が勉強できると思ってなかったんだな。
そんな感じのベータ君だが、高校生になってから勉強に覚醒し、最終的に大阪大学を出たんだから人生分かんないもんである。
体験型の学習に重きを置くスタイル
さっそくやっていこう。まず序文から。
『夏に生きる』という名前は、我々の学年のテーマ・スローガンだった「生きる子」というキーワードから取った名前である。序文では、「生」という漢字の象形の由来の話から始まり、義務教育1年目の夏休みを子どもたちにいかに過ごしてほしいかをとうとうと説いている。
しかし小学1年生向けにしては内容がかなり哲学的なので、当時の私は一ミリも理解できていなかったんじゃないかと思われる。
また、保護者向けには「この宿題は1学期の勉強の復習もいくらか入れたけど、基本は野外活動など調べるタイプの宿題に重点を置いている。親御さんの手を煩わせるかもだが、夏休みは子どもと一緒にたくさん過ごしてください」的なメッセージが書かれていた。
教科の勉強だけでなく体験型の学習を重んじるという、ゆとり教育の理念が色濃く出ている。
ひらがな練習地獄
さっそく取り組んでいく。ここからは、宿題の主なパートごとにその内容をご紹介しよう。
まずは「国語」。メインは「ひらがなの練習」である。小学校1年生らしく、ひらがなを各10個くらいずつ書く課題が続くのだが、小学生の時私はこれが一番辛かった。
このひらがな練習シリーズ、めっちゃ嫌だったなぁ。子どもだったから、1ページにめちゃくちゃ時間がかかるのよ。
もう字のきれいさとか考えてらんなかったよね。
私、最近ペン字始めて気づいたんだけど、ひらがなってきれいに書こうと思うと大人でもかなり難しいんだよな。
俺は今でもスピード重視で雑に書いてるよ。
算数の問題に異議あり
算数は、おなじみ「足し算」から。
おおっ、来た!足し算。これぞ「大人になったから無双できるパート」よ。
さすがにここは、あの頃とは段違いのスピードでできるね。
あとは「●の数を数えましょう」とか「どっちのほうが多いでしょう」といった簡単な数の確認なんかもある。30歳も過ぎた今では実にイージー。大人げなく、一瞬で片づけた。
しかし、つまづくポイントもあった。例えば「いくつといくつ」と題された問題だ。
□のなかはいくつでしょう。すうじでかきなさい
という設問ともに、上部に数字や●が書かれた小さい長方形が二つ、その下に空欄の大きな長方形が一つ設置されている。
上の□内に書かれた●や数字をもとに、空欄の□に入る数字を書けという話なのだが、問題の前提や法則性が全然分からず、アラサー2人で頭を抱えた。
これ、空欄には上2つの枠の数字を足した数を書けばいいの?
いや、でもだったら「足した数はいくつでしょう」って書くよね。「いくつといくつ」って問題のタイトルを見ても、足し算ではないんじゃない?
だよな。上のマスには●だけじゃなくてアラビア数字が混ざってるのも分からんな。
うーん、なんだこれ?
そこからさらに数分悩んだのち、我々は明確な答えを出した。
ベータ君、答えが出たよ。
おっ、分かった?
問いの前提の説明が明らかに不充分なので、「回答不可」だ。
(笑)
我々はもう大人だからね。問題が不適切であるときはちゃんとNoと言える勇気を持とう。
こうして、我々はこの問題を空欄のままスルーすることにした。答えが分かった人がいれば、コメント欄で教えてほしい。
絵描き歌の歌詞が気になる
教科の課題以外はバラエティ豊かで、たとえば「絵描き歌をやってみよう」なんて課題もある。実に小学1年生らしい可愛らしさ。もちろん、ここもちゃんと取り組む。
お題は、先生陣によるオリキャラが一人「ミスターハート」の顔である。
「ぎざぎざいっぱいくっつけて」とあるけど、「いっぱい」じゃなくて「ぎざぎざ4個」とか具体的に示してほしいな。
「おおきなおはな(鼻)もつけました」って、絵描き歌で「お鼻」みたいに特定の部位を示す名称を使っちゃうのは悪手じゃない?
などなど細かいツッコミを入れながらやる。嫌な大人になったものだ。
今はもう行けない「行ってみよう課題」に時の流れを感じる
序文でも一言触れたが、当時我々の小学校には校庭の一角に巨大なヤギ小屋があり、私たちの学年が世話をしていた。
ヤギの中には県内の施設から一時的に借りてきていた子もいて、『夏に生きる』の中では施設の情報とともに「施設に帰ったヤギに会いに行ってみよう!」的な提案をするページもある。
しかし、ここに時の流れを感じるポイントがあった。
あ~「前津江村(まえつえむら)」とか懐かしい響き!
そういえば、前津江村って今はもうないんじゃなかったっけ?
(スマホで調べながら)あ、ホントだ!合併で無くなってる!
2枚目の行ってみようページの「安心院町(あじむまち)」も合併で無くなってるな…。
なるほど~、もうあれから26年も経ってるからなぁ。
小学校の頃によく耳にしていた地名がもう無くなっているというのは、一抹の寂しさを覚えるものである。
実は一番大変だった「おうちの人のページ」
今回の『夏の友』企画の中で、実は一番時間がかかったのが「おうちの人のページ」である。
こちらはその名の通り保護者向けのページで、当時の教育論に関する文書などから抜粋したコラムコーナーだ。テーマは「休み中の過ごし方」「塾の選び方」「家の手伝い」など子育てをめぐるさまざまな話がある。
漢字だらけのページなので当時はもちろん一読もできなかったのだが、大人になって改めて『夏に生きる』を見返すと、この「おうちの人のページ」が19ページ分もある。当時、先生陣がいかに保護者と密に連携して教育を進めていきたいと考えていたかが伝わってくる。
「大人になった今こそ読む意義がある大事なポイント」ということで、ベータ君と二人で愚直に全て音読した。
じゃあ、一段落ごとに音読するか、おうちの人のページ!
国語の授業の時やったなぁ!みんなで順番に音読するの。
そんな軽い気持ちで読み始めたが、今の時代からすると違和感(後述)があるポイントがあったりで、読みながらかなり議論が盛り上がった。
なんというか、全体的に話の骨子はわかるんだけど、主語がでかかったり、不用意な断定表現をしている箇所がけっこうあるね。
うん。確かにTHE・親御さんへの啓蒙という感じの内容だな。あと、「お母さんが、お母さんは」ばかりでお父さんが全然登場しないところも気になるな。
確かに。あの当時はまだ「子育ては基本的にお母さんがメインでやるもの」って空気感は強かったよね。だって「イクメン」って言葉が出たのが15年前くらいの話でしょ?
そっかーそうだよなぁ。今この内容のコラムを子供の宿題として載せたら、SNSなんかでツッコまれてるかもしれないな。
時代が変われば、教育に対する考え方や価値観も変わる。教育現場は常に試行錯誤の連続で、その積み重ねの結果が今に繋がっていることを実感できる「おうちの人のページ」だった。
大人がフルパワーでやってもしっかり疲れた
その他にも、郷土の伝統的な遊びを紹介するコーナーや、朝顔の観察日記等、あの頃の少年時代を思い出す懐かしいコンテンツが目白押しだった。
開始から5時間かけて、当時を懐かしく思い出しながら、大盛り上がりで完遂した。
いやぁ終わった終わった。どうだった?26年越しの『夏に生きる』は。
今見ると思ったよりボリュームは少なかったな。これ1日1ページやっても夏休みいっぱいはかからないよね?
そうね。コツコツやればなんなく終わる量だと思う。
小学校の最初の夏休みの宿題でこれで、ここから宿題としての難易度が順調に上がっていくんだろうなってのが分かる内容だった。それ考えると、しょっぱなからサボってた俺ってやっぱダメだったんだなって。
(笑)
今回、特定の場所に行くなど、アクティビティ系の課題は基本的にスルーしたが、それでも大の大人がフルパワーで取り組んで5時間くらいはかかった。
「あの時先生たちが何を思ってこの課題を作ったのか」という足跡を丁寧にたどりながらやった分、精神的にもしっかり疲れた。いやぁ学校の先生って大変だなぁ。
いくつになっても、宿題をやり切ったあとの達成感と疲労感は変わらないのである。