殺シ屋鬼司令II

世界一物騒な題名の育児ブログです。読書と研究について書いてきました。このあいだまで万年筆で書く快感にひたっていました。当ブログでは、Amazonアフィリエイトに参加してリンクを貼っています。

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村上春樹が引用したマントラの出どころ/Where Haruki Murakami picked "Pain is inevitable, suffering is optional" from

Answer: "For marathoners, it's all in the mind; Picking the brains of elite runners" by Christopher Clarey at International Herald Tribune, Nov. 4, 2006.


……Nicholas Thurlow, 41, an American amateur who recently completed his 13th marathon, finds himself counting his foot strikes in the latter stages of his marathons, going as high as 500, and also repeating a mantra of his own, passed on to him by his brother: "Pain is inevitable; suffering is optional."

"Those words have always gotten me to not stop," Thurlow said.

多分村上春樹の文句の中で世界で一番有名なこのマントラだが、本文中には「インターナショナル・ヘラルドリビューン」のある時と書いてあるだけで、正確な記事が指定されていない。私はこういうのが気になってしまうたちである。そして気になったたびにその出どころを見つけられないかと検索する。そうすると、単に村上の引用だったり、あるいは仏典だとかいういい加減な引用が出てくる。でも、ちゃんと本文にインターナショナル・ヘラルドトリビューンと書いてあるのだからそこを探せば出てくるはずなのである。

さてインターナショナルヘラルドトリビューンというのだから新聞である。こういうクオリティペーパーの記事というのは往々にしてデータベース化されていて、しかもそのデータベースはたいてい大学などで購読しているものだというイメージがあった。そういうわけで、利用できる電子データベースを確認して、全文検索に当ててみると、果たして一件だけ記事が出てきた。それが冒頭に示した書誌情報である。この引用は大層有名なので(学会で出会ったアメリカの研究者もこのマントラを拳拳服膺していると言っていた)、むしろ英語で調べられるようにしておいた方が役に立つのではないかと思ってそういう英題と書誌情報だけトップに掲げておいた。

『走ることについて語るときに……』の前書きは2007年8月に書かれたとある。ヘラルドトリビューンの記事はその十ヶ月ほど前になる。時間的にもちょうど符合する。

その中に一人、兄(その人もランナー)に教わった文句を、走り始めて以来ずっと、レース中に頭の中で反芻しているというランナーがいた。Pain is inevitable. Suffering is optional. それが彼のマントラだった。
『走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)』

村上の文章と、元の記事を読み比べてみるといくつか食い違うことがわかる。

41歳のニコラス・サーローはアメリカ人のアマチュアランナーだ。最近13回目のマラソンを完走した。彼はマラソン後半では足の着地回数を数えることがあり、ああ自分は500回着地した、とか分かったりもする。それから彼は自分のマントラを唱えている。これは兄から受け継いだもので、「痛いはどうしたって痛いが、苦しいかどうかは自分次第だ」。

そういうわけで村上はこの記事をさっと読んでこの文句に惹かれて記憶したのだろう。その一方で、それ以外の細かい事実関係は抜けたものと見られた。

これを調べるのに、単に文句をダブルクオーテーションでGoogle検索するだけでは残念ながら出なかった。この元に辿り着くのに、ヘラルドトリビューンだという情報は大きかった。というのは先にも述べたが新聞記事というのは多くの場合データベース化されている。英語であれば尚更である。ただしそうしたデータベースは有料である。幸いにして、多くの大学図書館は、オンラインデータベースの購読をしている。じゃあどのデータベースを見ればいいかというのがなかなか一苦労だが、ひとまず私は大学の図書館の方でInternational Herald Tribuneという新聞の名前を放り込んでみて、どう出るかを見た。結果としてワンストップでデータベースへのリンクが提示されたのはありがたかった。あとは、詳細検索で文言を検索しただけだった。こういうことは図書館ではリファレンスサービスで対応してくれることなのではないかと思った。誰か他に気になってこれがレファレンスサービスの方で検索されているのではあるまいかとレファレンス協同データベースを探してみたが、なかった。

crd.ndl.go.jp

と、ここまできてふと、英語でgoogle:"international herald tribune" "Pain is inevitable"と入れて検索してみると、いきなり当該の記事が出てきた。元々そもそも英語圏ではこの文句をトレースするのに何の謎もなかったのではないかと気がついた。

記事自体は大して面白いというわけでもないので別に読む必要はないのではないかと思う。