こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

原稿の墓場:学習指導要領「原則として英語」の解釈は難しいよね()という話 (Bouchard, 2016)

今日も元気に原稿の墓場のコーナーです。


学習指導要領にはその歴史的発展を踏まえないと理解が難しい部分がある。

たとえば,近年の学習指導要領について次のような記述がある。

MEXT’s recent policies on EFL education in secondary schools show clear support for monolingual language education. In Section 9 of the Course of Study (MEXT, 2010), policy makers specify that “English should be selected in principle” (p. 8). Four years later, in a MEXT policy document entitled ‘English Education Reform Plan Corresponding to Globalization’ (MEXT, 2014), their language is less suggestive: English classes in JHS “will be conducted in English in principle.” This shift in modality suggests stronger approval for monolingual EFL education. The expression ‘in principle’ is used in both the 2010 and the 2014 documents to distinguish JHS education from senior high school education, where a strict monolingual policy is promulgated. (Bouchard, 2016, p. 42)

この引用における“English should be selected in principle”という学習指導要領の記述は,著者が暗示するような指導媒体言語の話ではなく,実際には学習対象の言語選択の話である。英語が数ある外国語のなかで原則として選ぶべきだと初めて明文化されたのはこの約10年前の学習指導要領(MEXT, 1998)であるが,実態としては100年以上続いていた。なお,"in principle"「原則として」 は日本の行政文書で非常によく使われる表現であるが,そのトーンはかなり多様であり解釈は難しい。

メモ

"to distinguish JHS from senior high school" の意味がわからない(あいまい文)なので無視したほうが無難そう。それより前の文までの引用でも十分目的が達せられる。

なお,指導要領の原文はこちら。

第3 指導計画の作成と内容の取扱い
小学校における外国語活動との関連に留意して,指導計画を適切に作成するものとする。
外国語科においては,英語を履修させることを原則とする。

EF英語能力指数の濫用に対する注意喚起のバナーを作りました

ご自由にお使い下さい。改変自由です。

最初はもっと口汚く罵る感じだったんですが,いろいろ考えて,下から目線のフレーズに変えました。
もしなにかアドバイスがあればおしえてください。

み⊃を

TOEFL・TOEICランキングを批判するバージョン。

「日本人の英語力は92位」という怪しいランキングを吹聴する人がいますが、マスメディアや識者は安易に飛びつかないようにして下さい。

お断り:この記事は,1年前のほぼ同名記事を,ごく一部に加筆したうえで,再掲したものです。


怪しい英語力ランキングの季節

11月は,英語教育関係者にとって頭が痛いニュースが流れる時期です。

それは,「日本の英語力は世界で××位!また下がった!えらいこっちゃ!」というニュースです。

なぜ11月かといえば,その年の「EF英語能力指数」が発表されるのがこの時期だからです。

今年も,11月13日に2024年版のランキングが発表される予定とのことです。日本の順位は,本記事の本文内には書かないので,ググるなどして調べて下さい。

「EF英語能力指数」と聞くと何やら権威がありそうです。英語で EF English Proficiency Index と書かれるともっと凄そうに聞こえます。しかし,実際の作りは,以下に説明するとおり,かなり雑です。巷には怪しいランキングが溢れていますので「お遊び」でネタにするならまだわかりますが,大手メディアが大真面目に取り上げる代物ではありません。

数年前から,私は「日本人の英語力が××位!」という話がいかに根拠がないか,そして大手メディアはこの情報にとびつかないでほしいとヤフーニュースで発信してきました。しかし,大手メディアのいくつかは(批判的吟味なしで)そのまま報じてきました。ウェブメディアにいたってはさらに状況は深刻で,引用するライター・評論家が跡を絶ちません。とくに日経新聞さん,今年こそ報じるのをやめてください!

英語力ランキングの怪しさ

EF英語能力指数は,EF社のオンライン英語力診断テストを受験した人々の成績をもとに算出したものです。ランキングは,受験者の平均スコアを国別に算出して,それを上から順番に並べているわけです。したがって,各国民を偏りなく調査した統計ではなく,その英語力診断テストを受験した人々の平均値に過ぎません。

「でも,実際の値からちょっとくらい偏りやズレがあったって,おおよそが分かればいいのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし,そのズレが「ちょっとくらい」であるかは未知数なので,「おおよそが分かる」かどうかの保証もありません。なぜなら,このテストの受験層がどういった人たちなのか,想像することはかなり困難だからです(ここが,TOEFLやIELTSのような伝統的な英語テストと大きく違う点です)。

「英語ができないし学ぶ気もない人」は英語力診断テストを受けないでしょうし,逆に,「既に英語でバリバリ仕事や勉強をしている人」も受験するインセンティブはゼロ。英語学習中の人であっても,既に他のテスト(TOEFLなど)で自分の実力を把握している人は受けないでしょうし,そもそもこのテストの存在を知らない人も対象者から抜け落ちます。また,国にもよりますが,インターネットへのアクセスが限定的である人も対象に含まれません。

したがって,多少の順位の差は,ほとんど無意味な情報です。たとえば,「何々国の順位は××位!日本よりも10個も上!日本人は英語力でも負けている!」のようなまとめ方は,間違いです。もっとも,順位がたとえば四,五十以上違う上位層グループ(たとえばシンガポール)との比較であれば,それなりに実態を反映しているでしょうが,(準)英語圏と非英語圏の間で英語力の差があるのは当然であり,このランキングをわざわざ参照する必要はありません。

上がったか下がったかもわからない

各国の順位・スコアの差に意味がないのとまったく同様に,ある国の年ごとの推移にも意味がありません。

前述の通り,その国のどんな層が受験しているか不明ですが,これとまったく同じことが,各年の受験層にも言えます。受験者層は,年によって流動的であるため,たとえば,2021年と比べて2022年が下がったとしても,その原因が日本人の英語力が下がったためなのか,それとも,英語力の低い受験者が増えたためなのかはわかりません。

実際のデータを丁寧に見ると,怪しさ満載・・・

ちなみに,このランキングの怪しさは,実際のデータを見ても理解できます。

その筆頭が,スコアの乱高下です。点数が毎年大きくブレており,この点からも信頼性の乏しさは一目瞭然です。

以下の図をご覧下さい。得点の換算方法が2020年に変わっているので,2019年までのデータをもとにしています。

このランキングによると,日本は,少し前までは英語力が比較的高い国でした。 2011年においてインドより上,2012-2015年において香港より上だったわけです。 いくらなんでもそんな「実態」を信じる人はいないでしょう。 ご存知の方も多いと思いますが,インドも香港も英語は公用語の機能を果たしています。

各国の推移(EF社レポートをもとに筆者が作成)

おもしろいのは(いや私はおもしろくないですが),10年前の日本の位置です。

図の縦軸の50.0 が平均ラインですが,2011年頃の日本はこれより上に位置していたのです。図を見る限り,「上の下~中の上」です。「日本人の英語力は低い!」と言う人(この主張は正当だと思います)の多くが,当時は,「日本の英語力がそんなに高いはずがない!このランキングは信頼できない!無視!」と言っていたと思います。つまり,データに基づいて意見を言うのではなく,意見に基づいてデータを取捨選択しているわけですね。私が批判しているのは,「日本人は英語が低い」という主張ではなく,こういう結論ありきのデータの使い方なのです。

次に,データが入手可能なすべての国の状況を見てみましょう。

データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成

乱高下はさらにはっきりと見て取れることがわかると思います。

もしそのスコアが国民の英語力を適切に反映しているとすれば,1年でこれほど乱高下するはずがありません。 もちろん,その国の国民や政府が前年に行った改革努力が現れている可能性はあります。しかし,国民全体の能力開発が短期間で大きく向上することは考えにくいので1,乱高下は,改革の成果ではなく,受験者層の変化をを反映していると考えたほうがよいでしょう。

そもそもEFは,代表性に注意せよと言っている

なお,EF社は,スコア報告書の中で,disclaimer としてこの指標の限界点に言及しています。とはいえ,まるで各国が競っているかのようにプレゼンテーションするのは,ミスリードを狙っていると思われても仕方がないような気がします。

そもそも,この指標がEF社の営利目的によるものという点も注意すべきでしょう。第一に,このランキングは同社の英語力診断テストの「副産物」であり,第二に,そのプレスリリースは,同社がプロモーションの一環として行っているからです。正確な実態把握を目的とした調査ではないのです。


  1. 例としてGDPと比べるとわかりやすいと思います。GDPランキングって乱高下していますか?

EF英語力ランキング2024発表直前!緊急討論スペース

2024年11月11日(月)の22:00から「EF-EPI 英語能力ランキング2024,発表直前緊急討論スペース!」を開催します。

twitter.com


共同ホストに,「英語業界のおかしなランキングを考える会」の会員の3名(以下)をお迎えしてお送りします。

議題は, (1) 今年の日本の順位は? (2) 1位の国は? (3) 今年も報道するマスコミは現れるのか? などです。

物申したい方,歓迎いたします。私までDMください。

アンケート

イベントに先立って,順位予想アンケートも作成しました。ツイッターアカウントをお持ちの方は挑戦してみてください。当日,結果を発表します。

第1問

第2問

刊行!和文文献で史上始めての言語政策論の教科書

先月,『言語政策研究への案内』という本が出ました。

言語政策研究への案内|くろしお出版WEB

和文文献ではおそらく史上初の言語政策論の教科書です。

私も「第3部第5章 量的研究」というメソドロジーの章を担当しています。

内容は,統計的アプローチに関する紹介なんですが,p値ということばも◯◯検定という言葉もでてきません。

第5章 量的研究 寺沢拓敬

1. はじめに

2. 大量観察ではじめてわか ること

3. 一般化=母集団推測

4. 因果推論

5. 量的研究が扱う言語政策的トピック

6. 研究手法

7. まとめ

わかるひとにはわかるでしょうか,上記の章立てが示しているように,メソッドではなく教義のメソドロジーに焦点化して論じています。

11月16日,日本語教育学会で発表します(パネルセッション:日本語教育政策研究における社会調査と二次分析)

2024年度秋季大会|大会・イベント|日本語教育学会 https://www.nkg.or.jp/event/taikai/20240528_2638751.html

日本語教育政策研究における社会調査と二次分析

私は,社会調査の二次分析に関する方法論的Tipsと,その政策論議へのインパクトをお話する予定です。

言語社会学ワークショップで講演(2024年9月28日@東大駒場)

9月28日15時より,東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻・本林響子さん主催<言語社会学ワークショップ>で講演します。

以下引用。


第3回 言語社会学研究ワークショップ

「ことばと社会」に関する研究は昨今急速に広がりを見せ、言語社会学・言語人類学・応用言語学等の分野を中心に様々な研究がなされています。本ワークショップではその中でも「思想」「実践」「制度」という観点から「ことばと社会」という主題について考えるとともに、若手研究者の交流の場を提供します。 今回のワークショップでは、関西学院大学社会学部准教授の寺沢拓敬先生をお迎えし、以下のご講演を予定しています。

日時: 2024年9月28日(土) 15時〜 場所: 東京大学 駒場キャンパス

想定する参加者: 主に大学院生 学部生・研究生・博士号取得後の方・教員の方

開催方法:ハイブリッド開催

プログラム:  15:00〜15:15 ご挨拶・講演者紹介 15:15〜16:00 講演

寺沢拓敬(関西学院大学社会学部准教授) 「言語政策研究と教育政策研究の狭間で英語教育政策を考える」

16:00〜16:15

ディスカッサント(本林)・質疑応答

〜 16:30 まとめとご挨拶

(講演要旨)

私は,大学院以来,日本の英語教育政策研究について研究してきた。最近では,この分野の教育にも携わっている。そのなかで,この領域の一般性と特殊性について考えることが増えた。本講演ではまさにこの点について論じたい。具体的には,英語教育政策(外国語としての英語,EFL)の研究を概説し,そのうえで,隣接領域(あるいは親領域)である言語政策研究・教育政策研究・英語教育研究との間に,どのような共通点・相違点があるのか検討する。とくに,親領域として扱われることが多い言語政策との比較を中心にする。言語政策の諸テーマと比べたとき,EFL教育政策には,たとえば次のような特徴が見いだせる。すなわち, (i) 学校教育を大前提とすること,(ii) フォーマルな政治制度を経由して政策が決まりやすいこと,(iii) グローバル言語としての強力さゆえ,他の言語の問題に比べて,ナショナリズム的影響を受けにくい一方で,グローバルな影響を受けやすいことである。時間が許せば,他の隣接領域(教育政策研究,英語教育研究,教育社会学,社会調査論)との関係も論じ,英語教育政策研究の学界における位置づけを考えたい。