美琴アキ「魅了魔法を暴発させたら破邪グッズをジャラジャラさせた王太子に救われました」フロースコミック

全2巻完結済み。

乙女ゲーム転生ではないが、乙女ゲーム転生テンプレである「聖女ないし乙女ゲー主人公枠が無自覚ないしは自覚的に魅了オーラをばら撒きまくって異常にモテまくり、訳知り顔の非読者聞き齧りツッコミ層に「そんなメチャクチャなモテかたしてたら貴族社会が黙ってないだろ」と言われがちなやつ」の応用バージョン。

主人公は男女問わずモテまくり毎日告白されまくっていたが、その理由が無自覚な魅了魔法のこうによるものだと大量の呪よけグッズで防御した王太子に指摘される。このまま魅了魔法が無制限に暴走し続けると大変なことになるため処置として主人公を死ぬまで幽閉するしかなくなる、それが嫌なら魔力をコントロールできるよう特訓しろと王太子に詰め寄られ、魔法修行に明け暮れる日々が開始される。

冒頭にあげたテンプレでは周囲全員からチヤホヤされまくり令嬢は勘違いしまくりヤベー女として描かれるのが常道で、そのヤバさをどう描くかのバリエーションがジャンル内の差別化手段だったりするが、本作主人公はモテまくりチヤホヤされまくりで育ったにもかかわらず凄く普通の感性と常識の持ち主で、恋愛にも友人づきあいにも慣れていない、典型的な少女漫画主人公の人格として描かれている。まあ、流行りの要素を別側面で活用して普通の少女漫画を描いたというだけのことで、細かいことは言いっこなしでスルー推奨だろう。親はまともぽいし。

シチュの独特なとこを受け入れた上で、ほほえましいカップルやりとりを楽しむ話。

 

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「悪役令嬢からの華麗なる転身!?愛されヒロインアンソロジーコミック3」リュエルコミックス

全編可愛い度が高め。

 

  • 鳥飼やすゆき「追放された悪役令嬢、闇魔法を駆使して社畜な推しを救います!」

人間の魂を人形に移し替えてしまう闇魔法の使い手に異世界転生し、魔法を有効活用して推しを救う話。タイトル通りだけど本当にそういう話で、推しぬいに推しの魂を移し替えて愛でたい欲が全肯定される。ぬいに全力奉仕するヒロイン可愛い。

 

  • 木与瀬ゆら「悪役令嬢、のち幼女〜敵国の皇太子、実は可愛いもの好きでした〜」

婚約破棄追放に幼女になる呪いまでかけられて野垂れ死ぬとこをロリコンの隣国の皇太子に助けてもらって結ばれる話。幼女可愛い。

 

  • 飛水晶名「怠惰な令嬢ヴァイオレットの庭に住む、とある献身的な騎士の話」

タイトルに違わず最初から最後まで怠惰を貫いたままハッピーエンド。どっかの働いたら負けシャツ着てるようなエセ怠惰と違い、踊ったり歌ったりのような能動的行動は本当に何もしないで引きこもりのまま男が迎えにきてくれるガチ中のガチ。絵が可愛いので、いいのだ。

 

  • ひなた水色「悪役令嬢は今からでも許されたい」

ある日突然、転生記憶を取り戻したので全力で今までの行動を謝り倒して許してもらおうとドタバタしまくる話。かわいい。

 

  • 画仁本にも「捨てられ悪役令嬢ですがこのたび幸せになります」

ボンクラ婚約者のボンクラ度がそこそこすごい。顔がちょっと軍靴のバルツァーぽくて笑う。

 

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「悪役令嬢からの華麗なる転身!?愛されヒロインアンソロジーコミック」リュエルコミックス

リュエルコミックスは実業之日本社のWebサイト系のレーベル。

一周回って変に拗れたり捻ったり悪役令嬢じゃない系に向かったりせずシンプルな婚約破棄とハッピーエンドに収めた短編集。ただしシンプルだから変じゃないかというとまた話は別で。

 

  • 夜空のうどん「私の方が殿下より上手です」

婚約者のボンクラ王太子を全員でフルボッコにする話。主人公がシンプルに貴族として狡猾に立ち回って望む結果を手に入れるという方向性のシンプルな話で、シンプルだけど色はドス黒い。本書収録作品の中では抜きん出て絵が上手いのも合わせて妙な迫力がある。

 

  • 星文ろの「「お前を愛することはない」と言われる前に「貴方を愛することはありませんわ」と言ってやった」

転生記憶に基づいて控えめに行動して普通に結ばれるだけ。一切の起伏なし。

 

  • 麦畑茶々子「私はただざまぁ回避したかっただけなのに」

一本前の作品と全く同じ。一切の起伏なし。アングルがちょっとだけアオリ多めというかオーバーリアクション気味。

 

  • 鬼嶌このは「運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果」

主人公も婚約者もライバルも登場人物全員猫耳。猫耳な理由はたぶん「運命の番がいて本能的に惹かれ合う」が世界観設定に組み込まれてるから、だと思う。ただし設定が話の展開に妙味を与えるのかというとそんなことは全くなく、というか、なんだコレ。

一瞬、虚をつかれた後にしばらく爆笑してしまって止まらなかった。

 

普通オブ普通の婚約破棄ざまぁ新しい真実の愛発見。実のところこういうテンプレそのまま系は単行本2冊ぐらいの長さでも内容ほぼ同じだったりするんだけど、長いとそれだけヒロインのかわいいシーンが多く見れるので短編で何もない話だと勿体なかったりする。変なひねり入れるには短編のほうが収まりがよく(その後の展開考えなくていいし)、何もない平坦な話ほどちょっと長さがあったほうがいい(幼少期の可愛いエピソード見れたりお得)のでした。

 

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北野りりお「悪役令嬢にオネエが転生したけど何も問題がない件」レジーナコミックス

33歳オネエが新宿二丁目前の路上で千鳥足のところ車に轢かれて乙女ゲームの悪役令嬢に転生、うら若い女性の肌を手に入れたのを幸いにと化粧品改革やファッション改革を推し進めて夢のガチムチハーレムを目指す。が、目的に向かって突き進んでいたところ重大な事実に突き当たる。この乙女ゲーム世界はイケメン細マッチョしか存在しておらず、ゴリマッチョ筋肉はいないのだった……!

レーベルでわかるように女性向け作品であり、ギャグ寄りだが、ドレスも筋肉もポーズも必要十分に上手くて構成も整っておりゲラゲラ笑うというよりニコニコと微笑ましさを楽しむ作りで、オネエはオネエであるのがこの温度では大事。少年向け男性向けがコンプラで縛られまくりな昨今、オネエが自由気ままに振る舞えるのはもはや悪役令嬢ジャンルにしかないのかもしれないと思うと本作の位置付けは重要である。

知っての通り令嬢界隈はドレス・装飾の豪奢さがジャンルのキモであり単行本表紙でドレス姿でイケメンと抱き合ってるのが大前提。娯楽が娯楽である以上、キラキラ、ピカピカ、ゴテゴテ、トゲトゲ、ギラギラはなくせない。身分階級をすっ飛ばして畑作を楽しんだり冒険者やったり行政改革やったり復讐のため腐った貴族階級をぶっ潰したりもするけれど、さておき表紙で素敵なドレスを披露しないと話にならない(ハリウッド女優にしたところで百万千万の値札で着飾って初めて美醜の価値基準なんて捨て去りましょうってアピールが意味を持つのでやってることは同じ)以上、性の越境をオネエと転生で二段階に越境し、さらに転生後世界設定で女性消費者価値観の転倒をこなす多重倒錯をコメディタッチで軽々とこなしてみせる本作主人公のような存在がいないと困るというか、こういうキャラクターが排除された日には娯楽や価値観の現在形も何も見えなくなる。記号性の高さは偏見の助長と紙一重というかイコールである以上は記号を効果的に活用すればするほど偏見に通じないわけにはいかずオネエという語にゲイへの偏見を見出さずにいることは困難だが一方でゲイという語で代表させることも(語をLG、LGB、LGBT、...…と延々と変形延長させていくことも)記号化固定化を逃れえない(言語化が記号化そのものである以上は)当然の事実を踏まえて軽やかに消費していきたいところ。

 

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メタ物語の現在

海辺の砂浜を歩く少女は、人類史の管理を背負うようデザインされ、その魔術回路の拡張によって全人類のネットワークを請け負っていたのだという。

神尾観鈴じゃね。

2000年当時、美少女ゲーム業界やコミケ界隈、ネットのエロゲレビュー界隈はKeyの新作「AIR」の発売が延期されたことで、ネタとなる題材を求めていたのだという。そこに同人ゲームで凄い作品が出たぞ、という話題が飛び込む。それこそtypemoonデビュー作「月姫」半月版であった。その後、発売されたAIRがネタとして盛り上がるにはヘビーで話題にしづらかったのもあり、半年後の完全版発売を機に一気にシーンの中心に躍り出ることとなった、のだそう。そんなふうに書いてる人をこないだ見かけたので。

当時いちおうは界隈を眺めてたけども、AIRが話題にしにくかったのもあるけど、葉鍵の一方のLeafがゴタゴタで低調だったりもあるよね、などと思うものの。コミケ勢力図の話だけでいえばジャンル葉鍵というエロゲーを同人誌題材として扱う場が開拓された環境で一気に花開いたのが月姫と月姫同人界隈であり、FGOという現在がその延長上にあるのは異論ない。ならば「AIR」の発売日が延期されたほんのわずかな隙間、その想定外のズレの期間に滑り込んだタイムラグこそが”型月の25年間”であり”FGOの10年間”であったのではないか、という程度の話を砂浜を歩く少女を見たらすぐさま連想するのが訓練された古参組である。

で、FGOが第二部完結。いつものことだが盛り上がる皆さんにはついていけない。

まず流布される言説がどれも首肯しかねるものばかりという面がある。FGO成功の理由はインフレを極力抑えてユーザー負担が少なくて成立するエコシステム構築の成功にありその結果新規参入勢が追い付きやすく半年1年離脱した引退勢が復帰が容易である環境が維持されたのが大きくその環境構築にシナリオ主導というキャッチコピーが有効な要因であったにしてもシナリオが優れていたから成功したわけではない。それなりの規模のメインシナリオのあるソシャゲはFGOより前から幾つも提示されていたし、エンディングのあるソシャゲもあった。「グランブルーファンタジー」は今年干支キャラが一周して12周年だがメインシナリオは最初からそれなりにしっかりしたものが用意されていた(メジャー作品から要素パクリまくりではあったがキャラクターとストーリーはしっかりあった)し、グラブル以前の「神撃のバハムート」でもミニシナリオ中心ではあったがその中でやや大きめの連続シナリオが存在し、ラスボスを倒してエンディングを迎えていた(すぐに第二部が始まる)。ゲーム主人公のキャラクタークローズアップの面でもFGOのシナリオは後追いで、カルデア側に決断の責任を求めるという体裁の第二部が始まって以降でもガイド役として主人公に常に寄り添うマシュが主人公の代役として負担を引き受けており、FGOのゲーム主人公に対し直接内面を掘り下げられるエピソードが頻繁に増えていくのはカーマの幕間シナリオ以降だったと記憶しているが、カーマの幕間は時系列的に言えばグラブルのシナリオ「ノーレイン・ノーレインボー」の直後であり、影響を多大に受けたというかほぼそのまま真似して「主人公の苦悩を描く」流れが成立したという経緯がある。グラブルは開始当初こそキャラクターを立てる面では工夫しつつシナリオの文章技術についてはそこまで力を入れていなかったがFGOが追い上げてきて以降は明らかにオーバークオリティの高レベルな文章技術とシナリオを投入するようになり、ゲームシナリオの技術面方法論の拡張の実績で言えばぶっちゃけFGOはグラブルやグラブル以降のサイゲ作品群の足元にも及ばない。FGOが提示したのは「有名シナリオライターが手掛けた」という付加価値がソシャゲの売上に寄与するという営業面での証明が最も重要であり、シナリオの内実がどうであったかというのはFGOの10年を語る上で最重要でも上位の要素でもない。

そもそもFGOの開始時は、既存作品をかき集めてでっち上げた感が強い。カルデアスの設定はFate/EXTRAのムーンセルの焼き直しだし、第一部各シナリオは既存作品の登場キャラクターを軸に作られていた。方法論的に言えば、月姫のファンディスクとしての歌月十夜、Fate/stay nightのファンディスクとしてのFate/hollow ataraxia、それ以外の諸タイトル(EXTRA、Prototype、Apocrypha、Zero、等々)のファンディスクとしてのFGO、というあたりから始まり、歌月やhaのようにファンディスクでありつつ各サブシナリオをまとめるメインシナリオを用意し、というあたりが開始地点か。その後ズルズルと(いつものように)話が際限なく広がっていきファンディスク的サブシナリオとメインシナリオの比重が逆転、さらにサービス開始でユーザーのリアクションを受けての軌道修正、たぶん奈須自身が直接メイン部分を書く1部6章を書くにあたって考えてくうちに二部の終幕に至るまでの大枠が定まったぐらいの印象(ホームズ登場が6章)。

第二部というFGOシナリオの「本編」を描くにあたりホームズを登場させた理由はといえば奈須がミステリ畑の住人だからで、見届ける役としてホームズに居てほしかったからだろう。「外から観測するだけ」に徹するマリスビリーの思考はホームズの、ミステリのそれであり、ミステリが「犯人と被害者」という物語の主人公たちの姿を外部から観察して物語をでっち上げていくメタ物語である以上、外部から観察する者の抱える欺瞞を暴くのは同じ方法論の盟主に坐するホームズでなければならなかったが、逆に言えば、ホームズが何でそこにいるのかよくわからんし別にいなくてもいいけど居るのは、メインライターが奈須であるから以外にさしたる理由はない。詰まるとこ「奈須が出したいから出した」という話で、FGOは大体そんな感じで作られている。

この際に確認しておくと奈須がミステリ畑でありメタ物語の信奉者であることはそれなりに意味を持つ。奈須は設定を思いついてはガンガン詰め込むが設定が破綻しまくっていてファンの設定考察が何ら深みに至ることがないが、これは奈須にとって物語というラインとメタ物語というラインが個別に走っていることを意味している。「設定」というメタ物語が奈須における物語部分であり、設定に基づいて物語が書かれるのではなく物語に基づいて設定が書かれるのが奈須の「設定」である。「設定」はミステリ畑的に言えば「事件の真相」であるが、事件の真相は奈須において綴り続けられるものであり可変であり続ける。「真相」が真実不変でなく決定事項でないこの感覚は時系列に対する感覚の違いでもある。過去は決定事項であり不変なのが一般的な理解だが奈須において過去は「設定」である以上は不決定であり可変である。過去を改変し現在を変えるというFGOシナリオの基本部分は奈須の物語とメタ物語に対する認知と繋がっておりまた奈須がゲームシステムというメタフレームが用意されているゲームシナリオ界隈に定着している理由でもある。

物語が本来的に人の認知機構であり回避不可能な経路である一方でメタ物語は物語を定型と見なし回避可能とすることで認知の限界を取り払おうとする試みでこのメタ物語への試みが今回言うところの「中身を見ずに外部からの観察だけで完結する機構」というカルデアスのギミックとなる。言い換えると「物事は全て計算可能」とかのよくある話で、さらに別に言い換えると全体主義だよねって話でありミステリがメタ物語である以上は規範主義となり全体主義となり個別の物語を個別と見なさずメタ物語によって軛に繋げる作用が働き続けるのだがミステリ畑の奈須はその結論を避けるためホームズを召喚しダメ出ししてもらう必要があった。ここでわかるように奈須はメタ物語のしょうもなさを悟りつつ捨てられずにいる(というより思考がメタ物語を走らせ続ける)両極に引き裂かれており分裂分離を統合するすべを持ち合わせていない。実のところ奈須自身の才のみで言えば設定語りのミステリも歴史上のエピソードも神話譚も関係ない純粋なオリジナル主人公キャスターアルトリアの物語オリジナルファンタジーであった二部6章アヴァロンが最も出来が良かったわけで思考と嗜好がミステリ畑であることがもはや原罪レベルの苦痛の根源に他ならないがどうやら自身の性であるミステリを捨てられず引き裂かれ続ける態度の定着場として脳内の空想が止まらないまま現実リアルに爪を引っかけてどうにかしがみつこうと空回りするお説教語りでバランスとるみたいな歪といえば歪、凡庸といえば凡庸なとこを選んだようでメタ物語によって人類全ての苦しみを請け負うかのような態度の果てとして神尾観鈴を見つけてきて手を放させることを選択したんかい。

シナリオの傲慢さは書いた当人も分かっているのだろうが一応は指摘しておくとわざわざ顔出しさせたなら手ぇ放してんじゃねえというか根本的な課題としてゲーム主人公を私物化するなというのがある。これはAIRの時点で既にビジュアルノベルのゲームシナリオ方法論が煮詰まっていたのだがゲーム主人公に対しプレイヤーが過剰に同化一体化するのはプレイヤー側にある程度の選択権や決定権を譲渡してきた過去のゲーム作品のシナリオ体験を積み上げてきた経験資産があった上のことでその過去経験からの予測を裏切り同化を一方的に切断するという手法で資産を食いつぶし減らしてもまだ同化感覚の食い残しが残っていると誤認できた時代の産物だった。この方法論については以前にFate/stay nightで多用されている例を「そういう手法もあるよ」と「永遠の現在」という同人誌に寄稿した際に指摘したがあの指摘後には(なわけあるかバーカ)という反語表現がつく。あの原稿がベース断定調なのは文章の半分以上語尾に(反語)と付くからであり文章読めば(反語)は薄っすら見えるだろと省略しているのだが奈須はゲーム業界後追い参入勢ゆえもあるだろうが2025年に至ってもまだゲーム主人公を私物化できると思い込んだままであり空虚な説教臭さがそこについて回るしかない原因となっている。当たり前だがユーザーはそれぞれのペースで遊ぶし2025年12月31日23時59分の時点で第一部中盤あたりで止まってても文句を言われる筋合いもない。

そもそもが、うちのぐだ子はあんな喋り方しねえし。

うちのぐだ子はあんな台詞言わねえし。

あんな考え方しねえし。

うちのぐだ子とお前んちのぐだ子を一緒にしないでくれませんかね。

なに調子に乗って台詞捏造してんの。たかがシナリオライターのくせにぐだ子騙ってんじゃねえよ。

かーっ、ぺっ。

 

まちねちね「悪役令嬢に転生したけど、破局したはずのカタブツ王太子に溺愛されてます!?」華猫コミックス

華猫は竹書房のレーベル。たぶんTL系の性行為描写ありの恋愛ものの位置づけだと思う。

悪役令嬢に転生した侯爵家令嬢の主人公は冒頭婚約破棄直後、一時的に身を隠すため移動中に誘拐され娼館に売られてしまう。上玉として初夜に高値をつけられた主人公を競り落としたのは仮面で素顔を隠した元婚約者の王太子だった。

恋愛成就する前から性行為する描写ありTLだが行為の描写はそんなガッツリでもないけど雰囲気だけでもなく、ちゃんと愛撫して感じて乱れるとこまで描写するけどページ数をそこまで多く割くでもない程度という塩梅で、ストーリーと二人の恋愛関係をきちんと進めるほうに力点が置かれている。全3巻できっちり終わるのもあり二人以外の登場人物、娼館オーナーや小間使いの少女、ライバル令嬢などは必要最低限の顔出しのみだがそれでいてキャラクターが立っており、よくまとまっている。

TLは甘々が基本で余計な波瀾万丈はないのが基本と思われるが(ラブラブな性行為を途中で適宜入れてかないといけないので)、本作も甘々でラブラブでべた惚れな二人を見て楽しむに尽きる話となっている。侯爵令嬢が娼館に売られたけど王太子が救いましたので無傷で良かった良かったと公表して貴族も国王夫妻も全員納得してそのままゴールインハッピーエンドの幸せ展開なのだけども、本作を読む直前に「高飛車皇女は黙ってない」最新4巻で貴族令嬢が集団で手籠にされそうになってたとこを未遂で救出した後も令嬢に風評被害が及ばないよう何事もなかったように隠蔽工作に手を尽くす(未遂犯人たちは別件で処断)という話を読んだばかりだったので落差を極端に感じた。なお二作品どちらがリアルということもどちらが正しいということもなく、どちらもそういうものであろう。処女性が大仰に絶対視されることもあるだろうし建前さえ通っていれば行為の実際など気にしないこともあるだろう。あるべき姿として性行為がカジュアルでよし娼婦も存在して当たり前とする描き方もあるだろうし、規範から外れた男女関係の有無に風評レベルでも重大な評価が下される規範社会を描くこともあるだろう。どちらも描かれる娯楽の方向性(結婚する前からラブラブエッチしまくりが見たいか、グーパンでブン殴る貴族令嬢が見たいか)に合わせて選択されている。実際この手の性行為描写あり後から結ばれる系としては本作はかなり無理がなく、王家にかかる謎の呪いで絶えず女を抱き続けないといけないせいで超テクニシャン性豪だがピュアでヒロインに惚れてからはヒロイン一筋とか、全く理解できない諸般の事情で婚約破棄された直後に王子を逆レイプして子種をいただいておく(それによって地位を維持しようというわけではなく本当に理屈がわからない理屈で妊娠しようとする)とかに較べると、娼館に売り飛ばされたけど初夜を買ってくれてラブラブのままゴールインとか全然普通。

単行本の表紙が良くて全3巻の3冊のカバーデザインが凝っている。タイトルロゴは一冊ごとにカバーイラストに合わせて配置も色調もフォントサイズも別で、並べると見栄えが良くて幸せ度が高い。

 

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式部玲「昨今のシンデレラは靴を落とさない。」ゼロサムコミックス

靴を落とさずパンツを落とす。

冒頭婚約破棄のあと退出の際にパンツを落としてしまい、それを拾った王子様ならぬ騎士団長がパンツを返しに来てくれて、そのままくっついてイチャゴロしてゴールインしてハッピーエンドな話。

原作小説はR18だがコミカライズは直接的な性描写は避け直前の愛撫程度までというTLにまでいかない線引きのラブコメだが会話内容はだいぶシモの度合いが酷く、綺麗なドレス着て格好いい制服着て、ひたすら下品な話で盛り上がる、絵面と会話の落差を楽しむ話となっている。下品方面についてはちゃんと容赦なく下品で男向けエロだと「萎えるから」みたいな編集判断で削られそうな下品がむしろウリとして描かれるのがエロでないゆえの強み。

それ以外は基本的に両者ラブラブのまま全く波乱万丈はなく、作中で障害となる悪意や害意もあんまなく、イチャイチャ尊いわぁ下世話シモ会話だけど、というのほほんとした温度が好きならお勧め。一度結ばれた後はちょっと会話がラブい方向に流れるとそのまま気分が盛り上がって寝室になだれ込んでオチという、ご馳走様ですとしか言いようのない波乱のない幸福が描かれ、全4巻で特になにもなくハッピーエンド。

 

 

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