書評『円の未来』


 『円の未来』(田村秀男、光文社)


 円・人民元・ドルが国際通貨として今後どのように変化していくのか。サブプライム危機や中国経済の過熱を背景にして、本書は政治と経済の両面から視野の広い分析を試みている。
 特に著者が懸念しているのは、円の国際通貨としての地位失墜である。日本経済がなんとか景気を持ち直してきたのは、円安をテコにした対中国・対アメリカなどへの輸出に牽引されてきたものである。しかしこの円安は、著者によれば「円キャリートレード」によってもたらされた本質的にリスキーなものであるという。円キャリートレードは金利がきわめて低い円資金を調達して、これを金利の高いドルなどで運用し、さらにこの運用益をまた日本株などの円資金に投入していく‥‥‥という投機的な行動によって実現されたものである。円キャリートレードを実行しているのはヘッジファンドであり、彼らのギャンブル同然の取引によって実現された円安は、円の国際的な信頼性を危うくする、というのが著者の問題意識だろう。現在の日本銀行が金利上げスタンスを採用している背景には、円キャリートレードによる資産市場の歪みを是正したいという要求があることからも興味深い。
 著者はまた日本銀行の政策姿勢にも厳しい評価を下している。サブプライム危機の発祥地であるアメリカ株式市場や、“バブル”と懸念されている中国上海市場などよりも日本の株価が最も下落率が大きいことはなぜだろうか。このような日本経済の脆弱性は、日銀が十分な見通しをもって金融政策を実施してこなかったからだ、と著者の評価は厳しい。
 本書で特に面白いのは、中国の政治経済の内情を描いているところだ。中国の株式市場が事実上、中国政府によってコントロールされている“官製バブル”の状況にあるという。「党中央が旗を振れば、たとえ株式が暴落しても最後には当局が市場に介入して買い支える」と中国の個人投資家が信じているという。しかしこのような官製バブルはやがて将来に禍根を残すことになるだろう。バブル崩壊によって個人投資家が深刻な負債を抱えることを著者は警戒している。そのため人民元建ての資産市場を多様化し、リスク分散を進めることを本書の中では提唱している。また公共事業中心の経済成長が、一党独裁ゆえに健全なガバナンスが機能せず、やがて国土崩壊に至るかもしれないと警鐘を鳴らしている。
 本書の教訓は、国際通貨としての地位が、国内の政策当局によって大きく左右されるということだ。その意味で「円の未来」は、ヘッジファンドの動向よりも、政策当局の判断に大きく依存する重大事なのである。

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 上記書評の掲載誌では長らく批判的な書評はお控え下さい状態だったが、どうも最近はそうではない(確認をするのを忘れていた)。僕のような書評を書くことで読書意欲を刺激するタイプは、冒険主義的な側面がある。その意味でいうと今回の田村氏の本は上の書評は批判を最大限抑えたもの。

 田村氏の論説では以下がいいのだが、どうしてこの論説の見解が『円の未来』に繋がるのか? そこらへんを補ったのが僕の書評ではないか、ととりあえず自分を納得させるわけだが。

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20071217#p1