不思議の国のフランケンシュタイン 渇き。
ずっと観るかどうか迷っていた作品。というのも監督の中島哲也の作品は劇場・家での観賞含めて「下妻物語」しか観ておらず、「下妻物語」はかなり大好きな作品だけど、それ以外で色々と物議を醸している監督だから。そして原作者の深町秋生氏とはツイッターで多少やりとりをさせてもらったことが有り、もしどうしようもなくダメだったり自分の肌と合わなかったらどうしよう?という不安があったからだ。それで観賞は後回しになってしまい、1ヶ月近く遅れてやっと鑑賞したのだった。「渇き。」を観賞。
物語
元刑事藤島の元に別れた妻から連絡が。高校生になる娘・加奈子が失踪したという。娘の部屋で覚せい剤を発見した藤島は娘の足取りを追ううちに自分の知らない娘の隠れた顔を知ることに。
3年前、いじめられていた中学生の「ボク」は理由も分からず加奈子に助けられいじめ地獄から抜け出す。加奈子に恋をしたボクは彼女の恋人だったと思われた自殺した尾形のようになりたいと願う。それを聞いた加奈子はボクをあるパーティーに誘う…
原作は第3回「このミス」大賞受賞作品「果てしなき渇き」。実は原作はかなり前に買っていたのだが、結局読まない内に観賞することとなってしまった。小説、特に今作のような犯罪をテーマとしたような重いノワールは最初の2〜3ページを読み始めるのにものすごく体力を使う。読み始めていざはまってしまえばもう徹夜して読んでしまったりするのだが。というわけで現在手元にあるけれどまだ読んでいない状況である。スイマセン。
先述したとおり監督・中島哲也の作品も「下妻物語」以外は手付かず。「告白」が問題作として騒がれたのは知っているし、映画ファンの間でも色々と物議を醸したのは記憶に新しい。ただ「告白」はそのストーリーを聞いただけで色々と疑問符が浮かんだりしたし、いずれそう遠くない内に地上波でやるだろうと高をくくっていた。
観終わって劇場を出て時間を確認した際の最初の感想は「これたった2時間の映画だったのか?!」ということ。特に良い意味でも悪い意味でもないがとにかく密度が濃く詰め込んでいるので体感として3時間ぐらいの作品を見たボリュームが有った。物語は複雑だが特にわかりづらいということはなく原作を読んでいなくとも物語を追うだけなら問題無いと思う。ただやはり編集や映像はちゃかちゃかしすぎている印象はあり人によって無理!という人もいそうだ。
映画は現在と3年前の加奈子の中学生時代を日本の柱として進んでいく。特に時間軸に混乱することはないがもうちょっと分かりやすくしても良かった気がする。
演出や撮影・編集と言った技術的側面では独特すぎて好き嫌いは分かれそうだが、キャストは良かった。主演の役所広司は僕は未だに大河ドラマ「徳川家康」の織田信長だったり水曜時代劇「宮本武蔵」の武蔵だったりするのだが、それなりに世界的にも知られている日本人役者だと思う。ただこの人は一方で「シャブ極道」などにも出ていて、今回はこの路線か。彼が演じる藤島は元刑事でしかもおそらくかなり古いタイプの刑事である(取り調べで暴力を振るう姿が目に浮かぶようだ)が、それでも優秀ではあったのだろう。ただ妻の浮気現場で相手をボコボコにして依願退職扱いとなる。ラスト近くまで彼が覚せい剤をやっているシーンはないが以前の職種上、薬物にも詳しくその切羽詰まった生き方はもしかしたら画面に出てこないところで実はずっとヤク中だったのではと思わせる。主人公ではあるがしかし全く感情移入は出来ない人物でその台詞もほとんどが汚い罵倒ばかり。だからある意味で完全に観客を突き放した作品だ。観客が登場人物に寄り添って進んでいく映画ではない。
キャストは総じて魅力的だった。ただ、物語的に妻夫木聡とオダギリジョーのそれぞれはキャラクター的にはとても興味深かったが映画の中ではむしろこの2人の登場人物は統合して一人の人物としたほうが良かったのでは?と思う。特にオダギリジョーは突然出てくるからなあ。
この映画、裏社会を描いていて観客が感情移入できる役がほとんどいないがその中では橋本愛と青木崇高が比較的観客も共感できる役か。というのもこの2人だけ加奈子から距離を置いたキャラクターであるからだ。橋本愛は同級生だが加奈子の恐ろしさを知って関わらないようにしているし、青木崇高は人殺しや暴力も平気なヤクザだがそれでも他のキャラが加奈子に翻弄されているのに対して一歩引いている。それ故に映画の中ではまともな人物に見えてしまう。
本作のキーパーソン加奈子を演じるのは小松菜奈。映画やドラマで観るのはこれが初めてだが実はそれ以前にNTT DOCOMO dビデオのCMである意味本作に通じるような小悪魔的な少女を演じて強い印象を残した(一緒に出演していたのはE-girlsの石井杏奈)。ちなみにこのCMも中島哲也監督の手によるものだそうだ。映画には橋本愛はじめ美少女と言っていい女優がたくさん登場するが(個人的にいじめグループにいたのにボクが水泳で記録を出した途端ラブレターを渡していた少女が凄い美少女に見えた)、その中ではむしろ小松菜奈はむしろ際立って美少女というわけではない。ただ小悪魔的な魅力はふんだんに兼ね備えていて、本作の表は優等生、裏は化け物という役柄を見事に演じている。
加奈子はルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を常に手元において読んでいて更に棚にはメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」もあり(他にもいろいろあったが一瞬だったので思い出せず)加奈子が不思議の国に落ちていったアリスであり、望まれず世に出てこの世を恨むフランケンシュタインの怪物かのようである。ちなみにこの2冊は僕も子供の頃から愛読していた2冊なのでこの2冊を愛読している人に悪い人はいませんよ!変人はいっぱいいると思う。
本作はR15指定ということでなんだか高校生向けキャンペーンみたいなこともやっているようだがその辺は正直どうかとも思う。僕は別にこの物語を思春期の少年少女が読むな、とかは全然思わないが、こういう作品は積極的に奨めるものでもないと思っている。大人が積極的に奨めるものは比較的健全に、でも子供は自分からそれだけではないことを知って色々この世界の裏側を示したものも見つけて欲しいと思う。自分から見つけて観るぶんには全然構わないんですよ。
映像や編集と言った面で人を選ぶ作品。ただ物語の内容については最初からこういう物語とわかって観に行ってるんだからグダグダ言うな、とは思う。
作品は現実に起きた幾つかの事件をモデルにしていると思われ、特に無理な展開が無いがそれでもちょっと特殊な別の世界の出来事のように思えてしまう。加奈子はキャロルの「不思議の国のアリス」を常に読んでいるがやはりちょっと常識が通じない不思議の国に迷いこんでしまったような印象がある。
このあたりのいる者は、皆、キチガイさ。私もキチガイ。君もキチガイ。
キチガイに決まっている。でなきゃ、こんなところに来るはずがない
「不思議の国アリス」よりチェシャ猫の台詞。
加奈子こそ不思議の国で暴れまわるフランケンシュタインの怪物なのだ。
- 作者: 深町秋生,中島哲也,門間宣裕,唯野未歩子
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2014/06/25
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (9件) を見る
- 作者: 深町秋生
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2007/06/01
- メディア: 文庫
- クリック: 45回
- この商品を含むブログ (97件) を見る
関連記事
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2012/07/20
- メディア: DVD
- クリック: 1回
- この商品を含むブログを見る
「渇き」だとこちらも思い出します。ちなみに「渇き」で画像検索すると「渇き。」と「渇き」の画像をメインに時折清涼飲料水のCM?と思われる画像が混じってて大変カオスなことになっております。
- 作者: 深町秋生
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2012/10/10
- メディア: 文庫
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (6件) を見る
原作者深町秋生の著作についての記事。「この果てしなき渇き」以外に「アウトバーン」がTVドラマ化されます。確かにあれはTVドラマ化向きかも。そして映画化向き素材といえばこちらの「ダブル」を推します!
- 作者: ルイス・キャロル,河合祥一郎
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/02/25
- メディア: ペーパーバック
- 購入: 11人 クリック: 45回
- この商品を含むブログ (30件) を見る
- 作者: メアリ・シェリー,森下弓子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1984/02/24
- メディア: 文庫
- 購入: 6人 クリック: 30回
- この商品を含むブログ (74件) を見る