「弱腰日本外交」というマボロシ

“自国政府の外交が常に弱腰で相手国の横暴に譲歩してばかりいる”というのは、どこの国の人でも思うことです。そして“外国に対してここまで弱腰なのはわが国だけだ”と思うのも、どこの国でも同じです。「弱腰日本外交」という共同幻想も例外ではありません。
実際の日本外交は、その国力に応じた強気外交です。
しかし、メディアなどを通じて知る日本外交は海外からの要求に屈したというニュースばかりが流され、日本政府が諸外国からの要求に対して無視・拒絶した場合についてはほとんど流されません。例外は日本国内の団体も海外と同じ意見で声をあげている場合ですが、こうした声は排外主義者に売国奴呼ばわりされ、現在の日本ではこうした団体は政治的影響力を行使できるほどの力を失っています。
かくして、対外強硬案が増幅され緊張状態を高めていくわけですが、この記事では日本政府が無視・拒絶している諸外国の要求を列挙してみます。

死刑廃止要求拒絶

国連や国際的な人権団体などから死刑廃止を何度も要求されていながら日本が頑なに拒絶し、死刑制度を維持、執行停止も行わないということは、日本国内でも比較的よく知られています。アムネスティや日弁連などが死刑廃止を求めています。

この決議は、国連加盟各国に対し、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求めるもので、これまでに、2007年、2008年、2010年の3回、実施されてきました。そして、日本政府は過去3回とも、この決議に反対票を投じてきました。

http://www.amnesty.or.jp/get-involved/action/death_penalty_20120911.html

罪を犯した人の社会復帰の道を完全に閉ざす死刑制度について、直ちに死刑の廃止について全社会的な議論を開始し、その議論の間、死刑の執行を停止すること。議論のため死刑執行の基準、手続、方法等死刑制度に関する情報を広く公開すること。特に犯罪時20歳未満の少年に対する死刑の適用は、速やかに廃止することを検討すること。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2011/2011_sengen.html

しかしながら日本の世論は、死刑廃止を深刻な人権問題として捉えるよりも悪い奴を死刑にして何が悪い、的な極めて視野の狭い素朴すぎる司法観を維持しています。

2012年12月21日9時58分
死刑執行停止、国連が決議採択 過去最多111カ国賛成
 【ニューヨーク=中井大助】国連総会は20日、死刑廃止を視野に執行の停止を求める決議案を賛成多数で採択した。同様の決議は2007年以降に繰り返されてきたが、今回は過去最多の111カ国が賛成した。法的な拘束力はないとはいえ、日本を含め死刑がある国に国際的な圧力が高まっている現れだ。
 投票結果は賛成111、反対41、棄権34。反対したのは日本のほか米国、中国、イラン、北朝鮮、シリアなど。同様の決議は07年の初採択の後、08年から1年おきに重ねられていた。前回の10年の賛成は107国だった。

http://www.asahi.com/international/update/1221/TKY201212210306.html

最近では、NHKで永山事件の特集をやっていましたし*1、2010年にも千葉法相による死刑執行許可に伴い死刑制度を見直す特集をやっていました*2が、民放系では見かけませんでした。日本の世論には、これを機に死刑制度を見直そうという動きすらありませんし、死刑制度とはどうなっているのか知ろうとすらしていないようです。

高校無償化要求留保

排外主義の政治家やメディアによって朝鮮学校の問題ばかりがクローズアップされていますが、元々は日本が1979年に批准した国際人権A規約にある「高等教育の無償化導入」条項を日本が留保し続けた結果、日本、マダガスカル、ルワンダの3国以外に同条項留保国がなくなり、国際的に非難されたのがきっかけです。

「無償化」条項の留保は3国だけ
 これは、世界の常識から見れば異常事態です。一九六六年に国連総会で採択された国際人権A規約の十三条二項(C)は「高等教育は…無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること」と定めています。ところが、日本政府は、同規約を一九七九年に批准しながら、同項は留保し続けています。こうした国は日本、マダガスカル、ルワンダの三国だけです。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-11-01/09_01.html

高校無償化自体国際的な要求だったわけですが、日本政府は頑なにこれを拒絶してきました。報道がなかったわけではありませんが、日本国内で大きな社会問題として捉えられたようには見えません*3。
2009年の政権交代の頃になって民主党の「目玉政策」として取り上げられましたが、それ自体が過去40年間に渡って主として自民党政権が無視してきたことの証と言えますし、日本社会もそれを大した問題として捉えてこなかったということの証左でしょう。

民主党政権になってようやく高等教育無償化が実現しましたが、ここで排外主義者らによって朝鮮学校のみ無償化から除外するという差別政策が展開されることになります。

朝鮮学校のみ差別的に無償化除外としている問題については以下のサイトが詳しいです。
朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A

この記事の中にある「2010年02月24日 国連・人種差別撤廃委員会で、朝鮮学校除外に懸念を表明。」に該当するのは以下の部分です。

22.委員会は、バイリンガル相談員や7言語による就学ガイドブックといった締約国による少数グループへの教育を促進する努力に評価をもって留意する。しかしながら、教育制度における人種差別克服のための具体的施策の実施に関する情報が欠如していることを遺憾に思う。さらに、委員会は以下の事項を含め、子どもの教育に差別的な影響を及ぼす行為について懸念を表明する:
(略)
(e) 締約国において現在国会にて提案されている公立及び私立の高校、専修学校(technical colleges )並びに高校に相当する課程を置く多様な機関の授業料を無償とする法制度変更において、北朝鮮の学校を除外することを示唆する複数の政治家の姿勢(第2条及び第5条)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/pdfs/saishu3-6.pdf

日本の社会では高校無償化は国の恩恵であるとする解釈が強いように感じます*4が、実際には高等教育無償化は国際社会から日本国政府に課せられた義務です。この義務を日本政府は40年以上に渡って無視・拒絶し続けているわけです。

ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事面に関する条約)批准要求留保

こちらも民主党政権下で動きはじめましたが、野党の妨害・政局により結局批准に至りませんでした。
2010年5月にハーグ条約未批准の日本を名指しで非難する下院決議案1326号が提出され、9月に決議されています。
「Calling on the Government of Japan to address the urgent problem of abduction to and retention of United States citizen children in Japan, 」

このアメリカ下院決議については、日本が名指しされていたためか、あるいは民主党政権下で批准の現実味があったからか、割と報道されていました。

【アメリカ】 日本政府に国際的な子の奪取の問題解決を求める決議案の提出
2010年5月5日。ジェームス・モラン(James Moran)下院議員(民主党、ヴァージニア州)ほか5名によって提出された標記決議案(H.Res.1326)は、同日下院外交委員会に付託された。決議案名は、「合衆国市民の未成年の子の日本への奪取及び日本における留め置きの増大する問題への早期対処、親権を有する親又は合衆国において親権者の決定を行った裁判所の下にそれらの子を返還するために合衆国政府と緊密に作業を行うこと、取り残された親を彼らの子と迅速に接触させること並びに1980年の国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約に遅滞なく加盟することを日本政府に求める」決議案。決議案本文では、日米関係の重要性、これまでの経緯や法的根拠、及び日本の事例について述べた後、日本政府への非難や要求を7項目及び米国側が行うべき8項目を列挙している。
提出当日、モラン議員による提出理由の説明が下院本会議でなされ、日本政府に対し、米国政府と共にこの問題に対処することを求めた。
H.Res.1326http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=111_cong_bills&docid=f:hr1326ih.txt.pdf
下院議事録(5月5日)http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getpage.cgi?dbname=2010_record&page=e751&position=all

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02440116.pdf

フランス上院による批准要求決議も多少は報道されていたと言えるでしょう。
しかしながら、2012年12月のハーグ条約批准を求める類似のアメリカ上院決議543号は、日本国内メディアによってほぼ黙殺状態です*5。

先進7カ国中でハーグ条約未批准国は日本だけです。
民主党政権下で若干世論も注目しましたが、結局野ざらしにされています。理由の一つとしては、日本国内に子の連れ去り被害の救済に積極的な有力団体が無いことが挙げられるでしょう。片方の親に子を連れ去られた親を“Left Behind Parent”と呼びますが、こうした当事者であるLBPの団体が日本にも存在しているものの政治圧力に乏しい小団体に過ぎません。

保守・右派・右翼に分類される団体で北朝鮮の拉致問題を取り上げている団体は、欧米で日本人による子の拉致が北朝鮮の拉致と比較されていることに腹を立てて、ハーグ条約に対して否定的です(「自民党右翼議員がアメリカへ物見遊山」を参照)。

一方、革新・左派・左翼に分類され、人権を重んずるはずの日弁連も、ハーグ条約には否定的です(「ハーグ条約に対する態度に関しては実は日弁連が一番差別的だったりする」を参照)。日弁連が2011å¹´2月に出した意見書は、ハーグ条約を締結しても日本人LBPには適用するな、という極めて差別的な意見書です。この意見書には、日弁連の中でも女権団体に近い弁護士グループの主張が色濃く出ています。こうした女権弁護士らがハーグ条約に否定的な理由は、女性の離婚に伴う親権確保・養育費確保・面会拒絶・DV法適用と言った差別的なまでに女性有利な離婚裁判勝利の黄金パターンを維持するためかと思われます*6。

左右双方から見放されたLBPの主張はほとんど取り上げられることはありませんが、国際的には離婚に伴う子の引き離しを認めないのが標準であり、日本が頑なに拒絶し続けているのが現状です。
ちなみにアメリカから子どもが連れ去られる先としてはメキシコが一番多い*7のですが、メキシコはハーグ条約批准国であり、メキシコ政府として子の連れ去りを放置してはいません*8。これに対し日本では、一度日本国内に子どもを連れ去られたが最後、日本政府としての協力は全く期待できず、日本国内の法的手続きを経て返還された事例は皆無です。

従軍慰安婦問題解決拒否

右翼否定論者の言説によって、言葉としては従軍慰安婦問題はよく知られていますが、問題の本質やそれに対する日本政府の態度については日本国内では余り知られていません。
安倍晋三氏をはじめとする否定論者の論法は、基本的に「日本軍が直接慰安婦を強制連行して売春させた証拠はない」「慰安婦は当事者の自由意志による売春行為だった」の2点につきます。産経新聞などの右派メディアはこぞってこの論法での否定を行い、問題が日韓間のみの問題であるかのように主張していますが、国際的には通用していません。

アメリカでは2006年には既に慰安婦問題の対応に消極的な日本政府に対する非難決議案が下院に出されています。
アメリカ下院決議案759号(2006年)
この時は決議に至りませんでしたが、翌2007年に再び非難決議案が下院に出されます。
アメリカ下院決議案121号(2007年)
この121号決議案が下院で審議中の2007年6月14日、アメリカ「ワシントン・ポスト」紙に「The FACTS」と称する日本右翼政治家らによる慰安婦否定論の広告が出されます。慰安婦問題の本質を全く外した売春強要擁護論は逆に日本に同情的だった下院議員をも賛成側にまわらせる結果となり、2007年6月26日可決されました*9。

同様の非難決議はアメリカ以外からも何度も出されました*10が、当時の日本メディアのほとんどは、米国の非難は事実誤認だと主張しています*11。唯一、朝日新聞だけが日本側の責任に言及しましたが、これも明らかにトーンダウンしています。当時の小泉・安倍政権下で、朝日や毎日と言った大手紙は政府に批判的な報道をした報復として同行取材の拒絶などを政治圧力を受けており、まともな政府批判は鋭さを欠き、揚げ足取りなどの小手先の批判が増えつつありました。

軍人のための強制売春の構造を国家システムの中に組み込んだことには全く触れず、主要メディアは「軍による直接的な強制の有無」だけに問題を矮小化し流布しました。そもそも軍による直接的な売春強制の事例もあるにも関らず、そういったことはほとんど報道されませんでした。

アメリカ下院が決議した日本に対する要求は、日本国政府として謝罪すること、首相が公式に謝罪声明を出すこと、従軍慰安婦否定論を野放しにしないこと、従軍慰安婦の事実を教育すること、でした。いずれも日本政府はやっておらず、むしろ従軍慰安婦に関する教育は消される方向にあります。第二次安倍政権が狙う近隣諸国条項の削除は、従軍慰安婦問題をはじめとする戦後補償問題を全て教育から消し去ろうとする試みの最後の詰めです。


核兵器禁止決議反対

この問題に関心のある人を除くと、日本国内では漠然と日本は唯一の被曝国として核兵器反対の立場での外交を行っていると信じているでしょう。
外務省のサイトにも以下のように日本が核軍縮に積極的であるかのように記載されています。
我が国核軍縮決議案及び小型武器決議案の国連総会本会議での採択(2012/12/4)

ところが日本は核兵器の使用禁止に関する条約や宣言・決議に関しては、ほぼ一貫して反対しています。

(1994年6月20日の参議院外務委員会での共産党議員と政府委員のやりとり)

○立木洋君 私が計算すると三十五本あるんですよね。これは核兵器の使用禁止に関する条約、あるいは核保有国に対してすべての核兵器の先制不使用宣言を求める決議を内容とするいわゆる核不使用と核戦争防止の決議だとか、それから核中性子兵器禁止の決議だとか、いろいろあります。それからその条約を締結するための会議開催に関する決議だとか、これ全部挙げると三十五本あります。これは全部採択された。

 ところが日本政府が賛成したのは一九六一年のただ一本ですね。あと全部反対しているか棄権しているんですよ。使用は禁止されるべきだという政府がそういう使用を禁止することを内容とした国連の決議になぜ棄権だとか反対をするのか。口では使用を禁止するという立場は政策的にはとっていると言って、いわゆる国際法上は禁止されていないと。私は詭弁だと思うんですよ。政策に一貫性があるならば、丹波さん、私に一貫性があると言うなら、そうです、私、日本共産党は一貫性を持っていますよ、核兵器は。最初から禁止すべきだと。だけど最初に賛成していたのがなぜ棄権に回ったり反対に回ったりしたんですか。その理由を端的に述べてください。

○政府委員(林暘君) 今御指摘のとおり、一九六一年の決議について日本は賛成をいたしまして、その他のものについては棄権ないし反対をいたしております。

 一九六一年の決議について賛成いたしましたのは、そこにありますようなまさに核の惨禍を防止しなければならないという、そういう道義的な立場を踏まえて賛成したわけでございますが、その後の、今、先生御指摘のとおり核兵器の使用禁止だけではなくていろいろな種類のものがございますので一言では申し上げかねますけれども、例えば一九六二年以降の同様の決議に棄権をいたしましたのは、決議の内容がどちらかといえば核兵器の使用禁止条約を署名するための特別会議の招集に重点を置いた決議であるという、そちらの方に重点が置かれているということで棄権をしているわけでございます。

 それから反対をした決議が、例えば核使用禁止の決議で八〇年と八一年に反対をいたしております。これはそのときの投票の……

○立木洋君 それ以後もある。

○政府委員(林暘君) それ以後のものは、これは先制不使用の方の決議でございまして、これについては御指摘のとおり反対をいたしております。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20090812/1250093629

最近では「核兵器合法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見の後追い」決議で、日本は棄権しています*12。
日本は「核兵器の全面的廃絶に向けた共同行動」決議と言った抽象的な理想を掲げた決議ばかり主導し、実効性の伴う具体的な提案に対しては、反対や棄権を繰り返しています。

*1:http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/1014.html

*2:http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_2927.html

*3:1980年代や90年代にそういった運動があったのかもしれませんが、私の記憶にはありませんしネット上でも見つけられませんでした。

*4:日本に敵対する北朝鮮と関わりがある朝鮮学校は無償化しなくていいと考える思考には、無償化が国の恩恵であるとみなす考えが色濃く出ています。

*5:衆院選と時期がかぶったこと、民主党から自民党へ政権交代が確実視されていた状況でハーグ条約批准が遠のいたことが要因として挙げられるかもしれませんが・・・

*6:要するに、現法制度では、女性側がかなり高い確率で勝てるようになっており、消費者金融会社に対する過払い金請求と同様の勝てるパターンが確立している、弁護士にとって美味しい案件ではないか、というふうに見ています。

*7:人数としても1桁違います。隣国で多くのメキシコ人がアメリカ国内に居住しているという事情が多いのでしょう。

*8:有効な対応ができていないという非難はあります。

*9:この2007年3月には当時の安倍政権が河野談話否定を示唆する閣議を行ったことで国会で社民党から糾弾され、安倍首相が「河野談話を踏襲している」と国会で何度も言明する羽目になっています。http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120604/1338823791

*10:国連人権委員会(1996,2001,2003)、国連人権小委員会(1998,2000)、ILO条約勧告適用専門家委員会(1996,1997,1999,2001,2003,2007)、国連拷問禁止委員会(2007)、フィリピン(1999,2001,2005,2008)、韓国(1998,2003,2007)、台湾(2002)、香港(2002)、イギリス(2001)、オランダ(2007)、アメリカ(2007)、カナダ(2007)、EU(2007)などで慰安婦問題に関して日本の対応を非難しています。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/keyword/%E3%80%8C%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E3%80%8D%E5%95%8F%E9%A1%8C%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%82%92%E4%BF%83%E3%81%99%E5%9B%BD%E9%80%A3%E3%83%BB%E5%A4%96%E5%9B%BD%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E5%8B%A7%E5%91%8A%E3%83%BB%E6%B1%BA%E8%AD%B0

*11:http://www.j-cast.com/2007/08/01009899.html

*12:http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-11-04/2011110406_01_1.html