風邪を治す薬ができた?
「風邪を治す薬ができたら、ノーベル賞」という言葉があるが、これはそれに相当する研究成果だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)に所属するトッド・ライダー(Todd Rider)氏は次のように話す。「数十年前の抗生物質の発見と製造は、細菌感染の治療法に革命をもたらした。今回の発見が、同じように、ウイルス感染の治療法に革命をもたらすことを期待している。」
この治療薬のすごいところは、風邪やインフルエンザのウイルスから、HIV、肝炎ウイルスなどのより深刻な病原体、さらにはエボラや天然痘などもっと致死率の高いウイルスまで、すべてをカバーするところだ。
これまでのところ、この薬は人間を含む11種の哺乳類の細胞で、15種類のウイルスを殺すことができ、しかも毒性を示さないことが確認されている。15種類の中には、デング出血熱やH1N1型の豚インフルエンザを引き起こすウイルスが含まれる。致死量のH1N1ウイルスを注射したマウスは、この薬で100%治癒したという。
いったい、どうやってそんなすごい薬ができたのだろうか?なぜ、どんなウイルスにも効くのだろうか?
風邪を治す薬ができなかった理由
まず、つい最近まで「風邪を治す薬はできない」と考えられてきた。その理由を考えてみよう。
風邪の正体は何だろうか?: ウイルスである。風邪の原因となるウィルスは200種類以上あると言われている。これまで、1種類のウイルスに対抗できる薬はできたが、200種類の風邪のウィルスを退治する薬はなかった。従って、医者には風邪がなおせない。実は、風邪は自分の免疫力がウイルスに打ち勝って治している。
なぜ、風邪をひいたら医者に行くのだろう?: 風邪の症状を緩和させるために行く。風邪を早く治すことはできなくても風邪の症状を早く軽減させることは医者にもできる。たとえば明日は試験なのに熱を出した、などという時は病院に行って解熱剤を投与してもらえばとりあえず熱は下がるので試験はなんとかこなせる。
これまでの風邪薬は風邪に効かないの?: 風邪には効かない。症状を軽減させたり、風邪が原因で引き起こされる細菌性の疾患を防ぐために風邪薬はある。だから「抗生物質を出す医者は悪い医者」などといわれたこともある。抗生物質は細菌には効くが、ウイルスには効かないからだ。
また、医者の役割としては、風邪のような症状の中から深刻な病気を見つけることがある。たとえば風邪だと思っていたら脳炎であったとか,肝炎であったとか、こうしたことは経験を積んだ医師にしかわからないので、もし風邪にしては身体がだるいなあ、とか何か少しでもヘンだと思ったら病院にかかるようにしたほうがよい。
ちなみに、インフルエンザは風邪ではない。200種類もある風邪のウィルスに、インフルエンザワクチンはまったく効かない。インフルエンザワクチンはあくまでもワクチンの型にあったインフルエンザウィルスにしか効果はない。だから、流行したインフルエンザウィルスと接種したインフルエンザワクチンの型が合わなければそのときも効かない。
人間のウイルス防御システム
さて、何種類も風邪の原因のウイルスがある中で、そのすべてに効く薬などできるのであろうか?今回、その可能性を示す研究成果が発表された。
人間や動物の細胞に感染するさまざまなタイプのウイルスを探し出して殺してしまう新しい薬ができたという。11種の哺乳類の15種類のウイルスを殺せるという。冬の鼻風邪の原因ウイルスから命に関わる病気を引き起こすウイルスまで、1つの薬で幅広いウイルスに対する効果が示されたのは初めてのことだ。
細菌感染に対しては数多くの治療薬があるが、ウイルスと戦える薬はほとんどない。これまで開発されてきた抗ウイルス薬は、1種類のウイルスだけを標的とする非常に限定的なものだ。しかしウイルスは簡単に変異し、その薬に対する耐性を獲得してしまう。そこでライダー氏らは別のアプローチを試みた。体内に自然に存在する防衛メカニズムを使って働く新薬を作り出したのだ。
ウイルスは、「いわば映画『エイリアン』に出てくるエイリアンのように」生きていると、ライダー氏は言う。「細胞に入り込み、細胞内部で自己複製し、ついには細胞を食い破って」殺してしまう。
ウイルスは細胞を乗っ取る際に、長い二本鎖RNAと呼ばれる複雑な核酸を作り出す。これがウイルスの化学的活動をコントロールする。人間の健康な細胞は、このような二本鎖RNAを作らない。
人間の身体には、これを利用してウイルスに対抗する防衛システムが備わっている。ウイルスの二本鎖RNAに嵌り込むタンパク質を作り、ウイルス自体が自己複製できないようにしてしまうのだ。ところが、多くのウイルスは進化して、こうしたタンパク質を無効にしてしまう。
2つの武器を組み合わせた新薬
ライダー氏の研究チームは、体に自然に備わった防衛タンパク質と、細胞の自殺スイッチを入れる別のタンパク質とを組み合わせた薬を開発した。人間のすべての細胞にはこのような自殺スイッチが付いている。このスイッチは普通、細胞がガン化し始めたときに入るとライダー氏は説明する。
ペンシルバニア州にあるバックネル大学の分子ウイルス学者マリー・ピゾーノ(Marie Pizzorno)氏は、この薬を神話に出てくるケンタウロスにたとえる。「(ケンタウロスの下半身の)馬の部分にあたるのは、人間が通常作っているタンパク質の一部で、ウイルスが作る長い二本鎖RNAを認識する機能を持つ。(上半身の)人間の部分は、細胞死のプロセスを開始するものだ」。
DRACOと名付けられた新薬は、体内で長い二本鎖RNAを含む細胞、つまり確実にウイルスに感染している細胞を探す。そして、感染した細胞を見つけたら、その細胞に自己破壊命令を出す。
人間の体が自分からこの2種類のタンパク質を組み合わせることはないため、最も適応性の高いウイルスでも、薬として組み合わされたこのタンパク質の裏をかくことはできないだろうとピゾーノ氏は話す。ピゾーノ氏はこの研究には関与していない。
研究チームを率いたライダー氏によると、この薬は、体内で二本鎖RNAを見つけなかったときは最終的に消えてしまい、副作用は残らないという。
新しい抗ウイルス薬についての論文は、7月27日に「PLoS ONE」誌のWebサイトに掲載された。(Christine Dell'Amore for National Geographic News August 23, 2011)
参考HP National Geographic news 複数のウイルスに効く新薬開発
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