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 メキシコ湾のメタン、バクテリアが分解
 
 2010年4月20日に米国、ルイジアナ州のメキシコ湾沖合80kmで発生した史上最悪の原油流出事故。ようやく流出が止まったのは7月15日であった。その後も海底では原油が浮遊している状態が続いているが、どうなったろう?

 原油流出事故に伴ってメキシコ湾に広がったメタンは膨大な量だ。深海の熱水噴出孔、原油の自然漏出、海底に堆積したメタンハイドレートの分解などが日々放出する量に匹敵するとの推測もあった。メタンの温室効果はCO2の20倍。大気中に拡散すれば、地球温暖化の促進要因になりかねない。

 ところが今回、海中に流出した大量のメタンガスがわずか4カ月間でほぼすべて除去されたと発表があった。しかも人為的な処理ではなく、すべて自然の力によるという。調査チームのリーダーを務めたカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のデイビッド・バレンタイン氏は次のように話す。「当初は、メタンが消え去るまでに1年程度はかかるだろうと考えていた。だが9月中旬には跡形もなくなっていた」。

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 もちろん、現在も原油は広く海底を漂っているが、米ローレンス・バークレー国立研究所の研究グループが、2010年5月25日から6月2日にかけ、メキシコ湾の深海底17か所を調査したところ、オセアノスピリラーレスと呼ばれる細菌の仲間が、水温5度の冷水環境でも、効率良く原油を分解していることを発見した。時間はかかるが、少しずつ浄化されていくようだ。

 自然の力は偉大だ。地下に眠る有機物を細菌が分解して、原油はつくられる。そして、流出した原油をきれいに掃除してくれる細菌もいる。今回のように、メタンを分解する細菌も存在することがわかった。

 海中は低酸素状態             
 地球上にはメタンの発生源が数多く存在するが、専門家らはそのすべてを注意深く監視している。近年の海水温の上昇に伴って海底の地質が一部不安定になり、大量のメタンが海中に突出する恐れがあるからだ。大気中に拡散すれば、地球温暖化の促進要因になりかねない。

 今回の調査に参加したテキサスA&M大学の化学海洋学者ジョン・ケスラー氏はこう述べる。「地球の海底には強力な温室効果ガスであるメタンが大量に貯留されており、太古の昔からメタンが気候変動に影響を与え続けてきたという証拠も見つかっている。海中にメタンの分解バクテリアが存在しなければ、たちまち大気中にまで広がるだろう。膨大な量なら、大気温にひずみが生じるのは目に見えている」。

 だが今回の事故をきっかけに、バクテリアによるメタンの分解効率が予想以上に高いことが明らかになった。バレンタイン氏は、「海中深くでメタンが放出されても、海にはそれを極めて効率的に分解する仕組みが備わっているようだ」と語る。

 調査チームは汚染されたメキシコ湾の海中で、原油噴出口を封印する前後のバクテリア密度をそれぞれ調査した。その結果、封印後もバクテリアは予想以上に高い密度で存在しており、海中の酸素濃度が低いこともわかった。このバクテリアはメタンを分解する際に酸素を消費する。したがって、低い酸素濃度は活動が活発だったことを示している。

 バクテリアが環境を守る
 メタンの分解バクテリアが発見されたのはわずか10年ほど前である。他にも原油を分解するバクテリアは存在するが、取り込む成分などが異なるため区別されている。

 またバレンタイン氏によると、浅瀬などでよく見かける色鮮やかなアオコなどとは異なり、はっきりとは目に見えないという。「しかし結果は一目瞭然だ」とバレンタイン氏は話す。

 流出メタンはほぼすべて除去されたが、バクテリアは今後どうなるのだろうか。調査チームでは今後も詳しく観察する予定だ。バレンタイン氏は次のように予測する。「大量繁殖したバクテリアは徐々に減少していくだろう。ただ、適正な数に落ち着く経過は判明していない」。

 同氏は、事故で適正な数が恒久的に変わったと考えている。メキシコ湾のバクテリアは、将来再び原油が流出した場合、はるかに効率的に分解できるのではないかという。「原油が時々流出しバクテリアが分解すると、環境はそのプロセスを記憶する。次は迅速に進むのではないか」とバレンタイン氏は説明した。

 今回の調査結果は、「Science」誌オンライン版に1月6日付けで掲載されている。(National Geographic News January 12, 2011)

 過去に発見された、不思議な細菌
 過去にも地球の汚染をきれいに掃除する、細菌は発見されている。1956年水俣湾は、世界最大の水銀公害といわれる水俣病が発生し、悲劇の海と化した。水俣湾には36年間、150トンとも言われるメチル水銀が流されていた。

 1983年、水俣湾の海底で独自に進化した驚異の細菌が発見された。水銀に耐えるだけでなく、分解、帰化させる能力を持っていた。水銀耐性菌の一つ、わずか1ミクロンほどのシュードモナス菌は、自分たちの生存に不都合な水銀そのものを食べてしまう。そして、そのメチル水銀を、金属水銀とメタンガスに分解、吐き出す。分解されてできた金属水銀はやがて気化し、自然の水銀サイクルの中に組み込まれていく。

 さらに驚くのはこの細菌はまったく違う種類の違う他の細菌にもコピーして伝達することができた。海の中では莫大な数の細菌たちがもくもくと水銀を分解し、海のお掃除をしていたのだ。そして役割を終えた耐性菌はその能力の元となる遺伝子を捨て去り、またもとの普通の菌に戻る。自然の浄化のメカニズムは神秘そのものだ。(「死の海からの復活」より)

 最近発見された、不思議な細菌
 2010年、米航空宇宙局(NASA)などの研究チームは、猛毒「ヒ素」を食べる細菌を発見した。生物が生命を維持して増えるために、炭素や水素、窒素、酸素、リン、硫黄の「6元素」が欠かせないが、この細菌はリンの代わりに「ヒ素」をDNAの中に取り込んでいた。これまでの「生物学の常識」を覆す発見だった。

 2010年、筑波大学の研究チームでは、効率よく石油をつくる微生物を発見した。これまでに「ボトリオコッカス」という藻が、炭化水素を生成することを発表していたが、今回、その10倍も効率よく炭化水素をつくる「オーランチオキトリウム」という藻を、沖縄の海底から発見した。

 2010年、新しい薬剤耐性菌も発見された。帝京大病院(東京都板橋区)で、ほとんどの抗生物質が効かない多剤耐性菌アシネトバクター・バウマニ(MRAB)に患者46人が院内感染し、死亡者を出した。

 2010年、インドや欧州で感染が広がっている「NDM1」と呼ばれる、薬剤耐性遺伝子を持つ大腸菌の国内初の感染確認があった。欧州では、多くの人が医療費が安いインドやパキスタンなどに美容外科手術などを受けに行く。この治療の際に感染し、帰国する例が問題になっていた。この大腸菌の毒性は強くないが、他の菌が多剤耐性化する危険性があると警告されている。


参考HP ナショナルジオグラフィックニュース「
メキシコ湾のメタン、バクテリアが分解」 

人を助けるへんな細菌すごい細菌―ココまで進んだ細菌利用 (知りたい!サイエンス)
中西 貴之
技術評論社
NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2010年 10月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
日経ナショナルジオグラフィック社

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