論文の読み方入門

対象読者

この記事はうちの研究室に入ってくる学部 4 年生や修士 1 年生に向けたものです。論文の読み方について説明しますが、どの分野でも当てはまることかは分かりません。また研究室や指導教員ごとに、色々と考え方があると思います。

大学院に進学すると「論文を読め」と言われます。しかし読んだことのないものを読むのは大変なものです。「読め」と言ってくる教員も、自分たちが若かりし頃に論文を読むのに苦労したことを忘れてしまっている場合もあります。論文とはそもそも何なのか、論文をどうやって読んだら良いか、毎年新入生に説明するのもこちらも大変なので、記事にまとめます。

論文とは

大学院生や研究者が研究をすると、その結果を論文と呼ばれる形態にして世界に発信します。どのような立派な研究をしても、論文という形で誰でも読める状態にして発表しない限り、その結果が人の目に触れることはないからです。研究結果を論文にまとめて発表するというのが、その研究の一つのゴールだと言えます。

論文として発表する以外に、国際会議や学会などでの講演、特許の取得という方法もあります。しかし口頭発表などをするだけでは、その場にいた人にしか研究成果を伝えることはできません。そのため、いつでも誰でも世界中から研究結果を見ることができるよう、論文にして後世に記録を残すのです。

何か新しい研究を始める前に、すでに誰かがその研究をやっていないか調べる必要があります。これを先行研究を調べると言います。研究というのは先人が積み上げた科学成果の上に立って、さらに科学を発展させていく作業ですので、誰かが過去にやったことを繰り返しても意味がありません。また、研究をする上で先人の失敗や問題点を知っておくのも、自分の研究を円滑に進める上で重要なことです。

論文は数ページから数十ページの文章です。これを複数まとめて掲載する媒体を論文誌とか学術誌とかジャーナルと呼びます。有名なものだと、Nature とか Science とか Physical Review Letters があります。このような論文誌は週刊誌などと同じように、複数をまとめて号 (volume) という単位で発行します。また、その号の中で通しのページ番号を振られます。ある特定の論文を指すには、著者名、雑誌名、号、ページ番号、発行年を並べます。例えば、次のように書きます。

Akira Okumura, Astroparticle Physics 38, 18–24 (2012)

論文の種類

論文には大きく分けて 3 つの種類があります。

査読論文

論文出版の流れは大雑把に次のようになります。

  1. 研究して結果が出る
  2. 論文にまとめる (論文を書きながら研究することもあります)
  3. 論文の出版社に投稿する
  4. 通常はレフェリー (査読者) から査読コメントというものが返ってくるので、これに従い論文を改定して出版社に送り直す (ここで掲載拒否 = reject される場合もあります)
  5. 論文が受理 (accept) される (受理されない場合もあります)
  6. PDF としてオンラインで公開される
  7. 紙媒体に印刷されて、場合によっては大学の図書館に収まる (オンラインしか存在しない論文誌もあります)

業績として見なされるものは通常これです。うちの業界では、査読のない論文というのは滅多にありません。

上記の Okumura (2012) の例だと、論文本体は http://dx.doi.org/10.1016/j.astropartphys.2012.08.008 から HTML や PDF で入手可能です。

国際会議プロシーディングス

多数の研究者が集まって研究成果を発表する国際会議が世界中でたくさん開かれています。これら会議、特に規模の大きいものでは (うちの分野だと ICRC や SPIE や IEEE や VIC など)、プロシーディングス論文 (proceedings paper) というものを発表者が書く場合があります。これは会議で発表した研究内容を数ページの比較的短い論文として執筆し、会議に参加しなかった人でも読めるようにするものです。

ただし、査読論文 (対義語としてフルペーパーと呼ぶこともある) に比べ、研究の途中結果の場合が含まれる場合が多々あります。また、すでにどこかで査読論文として出し終えたものの焼き直しだったりする場合もあります。逆にプロシーディングスとして発表されたのに、いつまで待っても査読論文として最終結果の出てこない研究もあったりします。

このような論文は、査読のあるものもあれば査読のないものもあります。特に査読のないものは、その品質があまり保証されません。査読があっても、普通の査読論文に比べると査読がしっかりしていない場合も多いので、うちの分野では総じて品質が高くありません。そのため、「論文を読め」と指導教員に言われた場合、査読論文を指していることが多いでしょう。

一方、途中経過であったり質が高くなくとも、プロシーディングス論文から研究の最新情報を得られる場合はたくさんあります。特に何年もかかる装置開発などの場合、途中経過であってもプロシーディングス論文から多くの情報が得られる場合が多いです。必要に応じてきちんと読みましょう。

arXiv

https://arxiv.org/archive/astro-ph
査読論文はレフェリーとのやり取りで半年や 1 年を費やすこともあるため、最新の研究を世界中に伝えるには必ずしも良い方法ではありません。そのため、論文を書いたらすぐに世の中に出したい場合、arXiv というサービスを使うのがうちの業界では一般的です。

arXiv は書いてすぐのものを査読なしで投稿することができるため、査読論文として出版される最終版と中身が異なるものが多くあります。特に理論の論文だとその割合は高くなります。もし論文を読むときに arXiv でその論文を見つけた場合でも、出版社の出している最終論文がないかを確認し、最終版を読むようにしてください。

実験系の論文は最終的な結果や数字以外を出したくないので、特に大きな実験グループの場合、査読論文として受理された後に arXiv に載せる場合が多いです。

先述の論文例だと、https://arxiv.org/abs/1205.3968 がそれです。

論文へのアクセス

多くの出版社は営利企業が運営しており、読者からの購読料を集めない限り運営ができません。そのため論文を読むためにはその対価を支払わなくてはいけません。図書館に置かれている論文誌は、図書館が出版社から購入したものです。

しかし学生や研究者がオンラインで PDF 論文を読みたい場合、論文ごとに何千円も支払うのは非効率です。そのため、多くの大学や研究機関では多数の出版社とオンラインアクセスのための契約をしています。その大学のネットワーク内から論文にアクセスすると接続元の IP アドレスを確認し、それが契約を結んでいる大学のものであれば、論文を無料で (実際は大学が何億円も払って購読料で契約している) 読むことができます。自宅などからアクセスすると、金を払わないと読めないと表示されるでしょう。

しかし近年になって、国民の税金でやった研究成果を見るために営利企業にさらに国民が料金を支払わないといけないのはおかしいとか、商業出版社の寡占化 (大学の支払う購読料が値上がりし続ける) が問題視されています。そのためオープンアクセス (open access) と呼ばれる、誰でもどこでも論文を読めるように PDF が公開されている論文誌も多く出てきました。

慣れないうちの論文の読み方

進学して最初の頃は、背景となる最新研究、これまでの過去の研究の経緯、どのような実験・観測装置があるかといった知識が圧倒的に不足しています。量子力学や電磁気学の勉強は何十年も前に構築された基礎物理ですので、これだけを一生懸命勉強してきても残念ながら論文は読めないのです。

また、大学入試程度の英語力 (例えばセンター試験の英語で 95% の得点率) では論文を素早く読むことはできません。業界特有の英語が使われていたり、日本語で物理を勉強したために対応する英単語を知らない、また入試に出てこないような英単語も多く出てきます。これに前述の知識不足が重なるのですから、最初は短い論文であっても読むのに苦労すると思います。

ですので、「読め」と言われて「読めませんでした」となるのはごく自然なことなので、あまり悲観的にならないでください。しかしそれを乗り越えないと論文は読めるようになりませんし、多読と慣れと勉強でどうにかなりますので、諦めずに読んで下さい。

最初は読めないのは当たり前なので、「自分が英語が苦手だからだ」と思うことなく、わからない部分は教員や先輩にどんどん質問をしましょう。とても簡単な英単語でも、その物理背景を知らないとさっぱり意味が分からないことは多々あります。

例えば僕が M1 のときにスーパーカミオカンデの論文を読んだのですが、「electron-like event」のような言葉が全く理解できなかったのを覚えています。単語自体は簡単で直訳すれば「電子風事象」ですが、何が「風 (ふう)」なのか理解不能でした。これは背景となる反応プロセスを理解していないため、英語としては意味が理解できても、物理として意味が分からないのです。

論文を読む上での要所

論文を読んできた学生に僕がいつも尋ねるのは、「で、この論文は何がどう面白いの?」ということです。論文というのは何かしらの科学成果が書かれているわけですから、それが科学的に重要な (= 科学として面白い) ものであれば、何が重要な成果なのかが必ず書かれているはずです。つまり面白い話のオチ (論文の結論) が書かれているはずです。

しかし政治を理解していないと時事ネタの冗談のオチが理解できないように、背景となる知識の不足や英語の読解力不足があると、その論文の面白さを理解できません (論文自体がまったく面白くないという場合もありますが)。ですので、自分がその論文をちゃんと読めているかどうかは、その論文の面白さが理解できたかで判断するのが簡単です。

次に、なぜこの論文が書かれたか、研究が行われたのかを説明できるかを確認しましょう。これは研究の背景が理解できているかの確認になります。

そして、論文に出てくる図の一つ一つから何が言えるのか、なぜその図がその論文には必要なのかを説明してみましょう。論文はある動機や仮説、研究背景から始まり、何かしらの結論に辿り着くように書かれています。論文中の図表は、その結論に進む論理展開を支持するために必要な材料なのです。ですから、なぜその図があるのか、その図から何が言えるのかを理解できているというのは、その論文の論理展開を追うことができたということです。

論文によっては不必要な図があったり、論理展開がそもそもおかしい場合もあるので、論文がおかしいと思ったら、論文に書かれていることを鵜呑みにせず、自分の考えも大切にしましょう。

少し慣れたら

論文を数本読んでみて、書かれていることをなんとなく理解できたら、その論文で引用 (citation) されている論文にも目を通してみましょう。例えば今読んでいる論文がある天体の観測論文だった場合、他の望遠鏡による観測の論文や、同一の望遠鏡でも過去に観測した例などが引用されているはずです。

一つの論文には何十もの引用がされているのが普通なので、全てを通読する必要はありません。ただ、引用されている論文の中身を知らないと、読んでいる論文の動機自体がそもそも理解できない場合が多々あります。そのような場合、引用されている論文の概要 (abstract) や図だけでも目を通してみましょう。

Abstract というのは、その論文に何が書かれているかを短くまとめた、通常 1 段落の文章です。論文の先頭には必ずこれが書かれており、論文全体を読む必要があるか、面白いかどうかはこれを読んで判断することがほとんどです。

その他の情報

ADS

論文情報へのリンクとして論文誌そのものや arXiv へのリンクではなく、ADS での情報がやり取りされることがあれます。ADS とはハーバードや NASA の運営する天文関係の論文データベースです。宇宙線関係の論文もほとんどのものが網羅されています。先述の論文だと https://ui.adsabs.harvard.edu/#abs/2012APh....38...18O/abstract に情報が掲載されています。

DOI

DOI とは、書籍や論文などの出版物に固有の ID を振る仕組みです。出版社が買収や倒産で URL が変更になったりしても大丈夫なようになっています。先述の論文の DOI は  10.1016/j.astropartphys.2012.08.008 であり、この先頭に http://dx.doi.org/ をつけることで論文のページに飛ぶことができます。