出張の日当と食事代の話

(旅費について、何か認識の間違いがあれば教えてください。)


先日こういう話を見かけました。

「学会の懇親会費は経費で払えるべき」という主張には基本的に同意できます。会議の最中やその休憩時間に海外の研究者と議論をするだけでは時間が足りず、懇親会で議論を続けたり、また顔に馴染みのない研究者を紹介されて研究者間の海外ネットワークの拡大につながる場合が多いからです。そこから共同研究につながることもあるでしょうし、助言をもらったり研究の相談をすることもできます。院生であれば留学やポスドクの話を聞くこともできるでしょう。

人によっては「そんなもの懇親会でなくても可能だろう」という主張もあると思いますが、多くの人は雑談を交えながら様々な方向の話に膨らませるほうが楽なようで、また「留学について聞きたい」のような特定の話題を決めてかからずに雑談をすることで、思いがけない情報や人の紹介につながるようです。

一方で、多くの海外出張は税金が原資になっていますので、どこまでの金額を懇親会費として許容するかは意見が分かれるのではないかと思います。過度に豪華な食事や酒の提供がある場合に、出資者たる国民の理解が得られるかは難しいと思います。小さいレストランで開かられる小規模の懇親会や立食のものもあれば(日本円で 5000 円程度)、大きな会場を借り切ってテーブルに給仕してもらえるもの(1.5〜2 万円程度)まで様々です。この金額を高いと観るかどうか、それとも研究をさらに進めるために必要な投資と感じるかどうか、単純な答えを出すのは難しいでしょう。

さて、「世界中からの笑い物」や「これほんと恥ずかしい」というのはどうでしょうか。日本人研究者の個人個人がそのように感じるのは止めようがありませんが、日本の多くの大学では規則がそのようになっているので仕方がありません。日本で国際会議の運営する場合も「所属大学がこのような規則なのでこういう書類を出してほしい」という海外研究者の要望に応えることは多く、何かそれを笑い物にしたりする日本人運営者はいないのではないでしょうか。「大学にこんな書類を出さなきゃいけないんだよ」と笑い話として海外の研究者に言う場合はあるでしょうが、それは日本の大学の規則を笑ってくれとこちらが意図するから相手も笑うのであって、「所属大学の規則で XX という書類が必要なので、お手数ですが発行してもらえますか」と運営に依頼すれば、特に笑い物にされることもないでしょうし、なんら羞恥心を持つ必要もないでしょう。単に業務依頼をしただけで笑い物にする海外研究者がいるのであれば、おかしいのは日本の仕組みではなくその人でしょう。

日本の税制における旅費という概念は、欧米主要国とは少し異なります。これは出張が大変だからその分の給料を上乗せしておくねという給与ではなく、あくまで経費という扱いです。そのため所得税が発生しません。大学事務に不満を持つ場合があるのもよく理解できますが、単に大学事務を揶揄するのではなく、この旅費についてまず理解しておくのが、院生や若手研究者には大切だと思います。その上で、必要に応じて学内規則の要望の提言をするのが最善でしょう。他大学の事例を紹介するのも効果的かもしれません。

日本の大学における旅費は主に日当・宿泊費・交通費に分類されます。このうち日当と宿泊費は固定金額が支払われる事が多く、安い宿に泊まろうが高い宿に泊まろうが関係ありません(大学ごとに細かい運用は違うと思いますが、東大、名大、JAXA はそうでした)。交通費は実費精算ですが、宿から学会会場への移動でバスを使用するなど、市内移動には支給されません。これは原則として会場近くの宿に泊まるというのが合理的であると考えられるからです。

では、この市内移動を自腹を切らないといけないのかというとそうではありません。これを補うのが日当の概念です。また出張先では昼食代が普段よりも高額になることが見込まれますので、昼食代も日当に含まれます(名大では含まれません)。また同様に、宿泊費に夕食代が含まれます(これも名大では含まれません)。

そのような状況で昼食や夕食が無料で提供される、もしくは会議参加費に含まれる場合、これは旅費の二重取りに相当します。したがって旅費からは所得税を取らないという国税の考え方と矛盾を生じることになります。大学法人として納税処理は必ず適正に行う必要がありますから、昼食や夕食の提供があるかどうかの確認というのは重要です。この実費精算せずに渡し切りとなる日当・宿泊費に所得税が発生しないというのは、日本の税制独自のものだと思います。

外国人研究者を国内に招聘した場合に、日当・宿泊費から 20% の源泉徴収が発生するのはそのためです。日本の外では所得として扱われるため、二国間協定などに基づいて源泉徴収をする運用になっています。「源泉徴収するなんておかしい!」と憤る研究者もよく見かけるのですが、そうであれば国内研究者や民間企業で普段支給される旅費についても全て仕組みを再構築する必要があるため、現実的ではありません。自分がイギリスに海外学振で滞在したときは、旅費も含めて所得税を納税しました。

この辺りは、先日大学で教えてもらった所得税関係の話が関連してくると思います。どこまでを「通常必要」とするか次第ですが、食事代の二重支給に相当したり、あまりに豪華な食事代を旅費から支給するのは「通常必要」を逸脱しうるでしょう。

所得税法第9条第1項第4号

第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
四 給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるもの

所得税基本通達9-3

9-3 法第9条第1項第4号の規定により非課税とされる金品は、同号に規定する旅行をした者に対して使用者等からその旅行に必要な運賃、宿泊料、移転料等の支出に充てるものとして支給される金品のうち、その旅行の目的、目的地、行路若しくは期間の長短、宿泊の要否、旅行者の職務内容及び地位等からみて、その旅行に通常必要とされる費用の支出に充てられると認められる範囲内の金品をいうのであるが、当該範囲内の金品に該当するかどうかの判定に当たっては、次に掲げる事項を勘案するものとする。(平23課個2-33、課法9-9、課審4-46改正)
(1) その支給額が、その支給をする使用者等の役員及び使用人の全てを通じて適正なバランスが保たれている基準によって計算されたものであるかどうか。
(2) その支給額が、その支給をする使用者等と同業種、同規模の他の使用者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認められるものであるかどうか。

日本だけ笑い物になると言いますが、日本の旅費支給方法はある意味で合理的です。例えばドイツの有名研究所に勤務する共同研究者は、最近は市内交通のバスが全て電子決済に切り替わってしまった国や地域も多いため、セルフィーを撮って経理に提出すると言っていました。これは相手が笑い物にしてほしがっていたから自分も笑いましたが、相手が笑い話にしなければ「面倒だけど仕方ないね」で済む話です。

またアメリカの某有名私立大学にいたときは(少し前の話なので今も同じかは分かりません)、食事代が実費精算のため領収書の提出が求められており、ただし事務の人は日本語が読めないため「アキラ、これ読んでくれる?食事代かどうか確認しないといけないから」とアメリカ人研究者が焼き鳥屋でもらった領収書を読み上げるという作業をした事があります。これも当事者同士で笑い話にはしましたが、正当な旅費支給を維持するという観点で必要な作業だと皆理解しています。

食事代を経費で処理できるヨーロッパの某国だと、他人の飲み食いした分まで領収書を持って帰る人もいます。金額は厳しく見られないため、多めに貰うのだそうです。

これら 3 つの国と比較して、日本の実費精算なしの旅費支給は十分に合理的だと自分は思います。

さて、最初の Tweet の流れを受けてか、こういう話も見かけました。ちょっと引用したら「爆笑されます」との捨て台詞でブロックされたのですが、これも何を持って無駄な仕事と言っているのかよく分かりませんが、日本の旅費とは一体どういう性質のものなのかを理解すれば、無駄だとか「海外の研究者…爆笑」なんて話にはならないのではないでしょうか。