モラトリアムの部屋で【上】(創作小説)

 風邪が治らないおのまちです。久々に小説を書きました。いつもより長くなってしまったので、二回に分けます。テーマはほのめかし程度ですが「百合」です。苦手な方はご注意ください。

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 玻似子(はにこ)は珍名だけど、美人だ。奥二重の涼しげな瞳は、笑うと猫みたいで可愛いし、毎晩気合を入れて手入れしているさらさらストレートの黒髪は、風が吹くとふわりと香りを発しながら揺れる。スタイルもまるでモデルさんみたい。背が高いだけじゃなくて、手足もすらりと細くて長い。本人は、ドイツ人のお父さんに似たのだと言っていた。日本で、彼女がヒールを履いて街を闊歩すると、大抵の男の人より大きい。

 性格はざっくばらんとしていて、あまり人のことを気にしていない。そんな暇があるなら、自分を慈しむのに時間を使いたいのだと前に言っていた。例えば、ペティキュアを塗ったり、馬鹿みたいに高いお菓子をつまんだり、私を横からハグしながら昔の映画を観たり(彼女は私を抱き枕だと思っている節がある)。自分の楽しみのためだけの、無駄で素晴らしい行為をしたいらしい。


 私が、玻似子とルームシェアを始めたのは、大学三年生の春だった。彼女は付属中学からの同級生で、中高を通して、頻繁ではないが話をする仲だった。玻似子は、ヒエラルヒーのトップに君臨していたが、特定のグループに入るのを好まなかった。私は、色んなグループにぽつぽつと友達がいたから、それらのグループを渡り歩いていた。玻似子が私に話しかけたり、ランチに誘ったりしてくれたのは、孤独じゃないひとりになれると思ったからかもしれない。事実、私たちはお互いに個人主義なところがある。
 どちらも成績は良かったのでエレベーター式に大学へ行き、よく二人でいるようになった。と言っても、それは私が玻似子とすごく時間が多かったのであって、彼女にとっては、私は友人の一人に過ぎなかったと思う。だって、彼女は誰からも求められていたから。どうして玻似子が、私にルームシェアを持ちかけたのか、分からない。2LDKの居心地のよいマンションに住み始めて五年経った今でも、こう聞くことがある。
「どうして私とルームシェアしようと思ったの?」
「当時は金がなかった。あんたは性格がいいからやりやすい。これ以上理由いる?」
 明快にこう言われてしまうと、「ないかな」と言うしかない。玻似子にとっては本当にそれだけなのだろう。私が単純なことをややこしくしているだけなのだ。