サイボウズが7月1日に大阪Zeppなんばで開催したイベント「kintone hive osaka」では、さまざまな事例が発表された。その中で、kintoneがもたらした効果として、業務改善だけではなく人とのつながりについて語ったのが新コスモス電機の齊藤梓氏(経営企画室事業計画部 事業計画グループ)。主役はkintoneで構築した仕入れ先との情報共有システム「CUBIC」だが、その背景には齊藤氏自身の熱い思いがあった。
人間関係のトラブルから異動、そしてkintoneとの出会い
新コスモス電機は「世界中のガス事故をなくす」という使命のもと、ガス警報器の開発を行う大阪市淀川区の企業だ。今年で設立65周年を迎え、家庭の壁や天井に設置されるガス火災警報機から、トヨタの新型「MIRAI」に搭載される水素検知器まで、幅広い製品で人々の安全を守っている。
登壇した齊藤氏は札幌出身。もともと発明者や科学者になりたかったが「手先が不器用すぎて向いていない」と断念。「発明者になれないなら、せめて発明者の力になりたい」という思いで約14年間、知的財産の仕事を続けていた。
しかし2年前、人間関係で揉め転職を考えていたころ、現在所属する経営企画室事業計画グループへの異動が決まった。「何でもやります」と上司に伝えたところ、「じゃあkintoneやってね」と言われたのが、齊藤氏とkintoneの出会いだった。上司の名前は“k氏"、齊藤氏の“kintone"キャリアで重要な役割を果たす人物だ。
2011年から続くkintone活用、属人化していた管理
新コスモス電機のkintone歴は長い。kintoneリリース当初の2011年10月から利用を開始し、営業のSFAとして導入されたのが始まりだった。しかし2018年10月、営業が別システムに移行することになり、kintoneの存続が危ぶまれた。そこで、上司k氏がkintoneを推進する有志メンバーを募り、草の根活動を展開。齊藤氏が異動した当時には約350名のユーザーが利用する規模にまで成長していた。
だが、問題が残っていた。kintoneの管理部門が定まらず、上司k氏が一人でkintoneの管理を担当するという属人化状態が続いていた。そんな中、生産本部で仕入れ先や工場とのやりとりに課題があることがわかり、異動したばかりの齊藤氏に「仕入れ先・工場との外部情報共有環境を構築」というミッションが降りた。ミッションの背後には、kintoneと外部をつなぐことでkintoneの“公式”感を得ようという狙いがあった。
「首の皮1枚でつながったコスモス人生」(齊藤氏)だったことから、齊藤氏は会社でも自宅でも、空き時間を見つけてはkintoneについての動画を見て独学で学ぶ日々が始まる。
「紙」様信仰が蔓延する煩雑な業務の実態
こうして、齊藤氏はkintoneについて前知識を積んだ後、キックオフを迎えた。
新コスモス電機は工場を持っていないため、技術開発本部が生産本部に製造したいものを依頼し、生産本部が外部の仕入れ先や工場と製造に関するやり取りを行う。齊藤氏が生産本部の業務を調査したところ、3つの衝撃的な事実が判明した。
1つ目は「管理が煩雑な管理台帳」だった。仕様変更を管理するExcel台帳は横長で、当社の指示内容と仕入れ先の回答欄が一覧になったもの。仕入れ先ごとにファイルが存在し、その数は約100社に及ぶという規模だ。年間約600件の仕様変更が発生し、担当者はメールに台帳を添付してやりとりを行っていた。最新版の管理が困難で、上司のメールボックスには大量の未読メールがたまっている状態だった。
2つ目は属人化の象徴である「個人名フォルダ」の存在。担当者がいない時の対応方法を聞くと「まずメールを探し、次に個人名フォルダを探します」という答えが返ってきた。生産本部の共用フォルダには歴代担当者の名前が並び、「この仕入れ先の担当者はあの人だから、あの人のフォルダを見れば何かわかるかもしれない」という推理ゲームのような業務が日常化していたという。
3つ目は「紙」様信仰だ。現場に聞けば、メールを送っても仕入れ先が本当に見てくれたか不安なので、紙に押印を直接もらう。社内の人がちゃんと見たことを確実にするため回覧板のように社内全員に押印をもらうという状況だった。「社内の人間すら信用していない。そんな状況でいいのかと思った」と齋藤氏。それだけで終わらない。押印をもらった書類は証拠としてファイルに綴じて保管する。ファイルはずらりと並ぶが、活用されているのかといえばそうではない。問題があった時に見るぐらいだという。「誰のためにこの作業をやっているのか分からない」状況だった、同氏はと振り返った。
現場の人は忙しく「このやり方が一番早くていい」と考えており、業務改善が進まない負のスパイラル状態にあった。
東京ドームの事例を参考に外部連携システムを構築
解決策として、kintone AWARD 2020で発表された東京ドームの事例を参考に、ミューチュアル・グロースとStrution契約を締結し、外部連携システムの構築を進めることになった。
同システムの構築を成功させたポイントとして齋藤氏は3つ紹介した。
1つ目は「命名」だ。日報アプリのような機能を表す一般的なアプリ名ではなく、「生産本部のシステム、仕入れ先とのやりとりはここを見れば分かる」というシンボリックな名称として「CUBIC」と命名。設計・生産・仕入れ先が密接につながる姿をイメージしたロゴも作成した。最初は恥ずかしがって「kintoneのあれ」と呼んでいた現場も、齊藤氏が「刷り込み」「洗脳」として言い続けることで、自分たちのシステムとして認識してもらえるようになった。
2つ目は「kintoneを触らせること」。それまで生産本部はkintoneの利用率が低く、ログインもなかなかしてもらえない状態だった。そこで「CUBIC」スペースをkintone内に作り、アプリの動作確認や要望受付をすべてここで行うことにした。ユーザーがkintoneにログインするようになると、「このアプリはなんだろう」と自然と他の推進メンバーが作ったアプリにも触れる機会が増える。「kintoneの良さを実感してもらうきっかけとなった」と齋藤氏。
3つ目は「主体は現場だと言い続けたこと」、これが最も重要なポイントだという。齊藤氏とミューチュアル・グロースは「皆さんのサポートをします、アプリも作ります、何でもやります。でも主体は現場です」と伝え続けた。運用の検討、他部門への説明、仕入れ先への説明もすべて現場主体で行ってもらった結果、「アプリを作ったけど使ってもらえない」という問題が一切起きなかったそうだ。
完成したCUBICシステムは、トヨクモの「kViewer」「FormBridge」「kMailer」を活用し、製造資料配布アプリをベースとした情報共有環境となっている。
まず仕様変更の内容、基本情報を登録し、複数の配布先がある場合はテーブルで配布先を登録。登録後、「ATTAZoo+」のテーブルデータ転送プラグインを使って配布アプリに一括転送する。配布アプリは従来のExcel台帳と同様の項目を持たせ、「Crena」のテーブル操作プラグインで列固定を行うことで入力性を向上させた。なお、齋藤氏によるとCrenaのプラグインセットは、「最近の推し」とのこと。
kMailerで仕入れ先に送信すると、送信後に仕入れ先の閲覧が可能になる制御も実装。仕入れ先側では kViewerとFormBridgeで指示内容の確認と回答ができ、回答内容に応じて自動的に適用状況が更新される仕組みとなっている。
「紙」様は存在しなかった! 現場から感謝の声
CUBIC導入により、今まで煩雑だった社内の事務作業が一気になくなり、紙やファイルもゼロになった。現場からは「今まで担当者に聞かなければわからなかったことが、アプリを見ればすぐに分かるようになった」「紙配布だと時間がかかっていたが、CUBICによりタイムリーに情報共有ができるようになった」などの声が寄せられたそうだ。年間7000枚規模の紙の削減に成功、「“紙”様はいませんでした」と齋藤氏。
また、現場からの「受領日時を一覧に表示してほしい」という要望にすぐ対応したところ、転記作業が不要になり大幅な業務削減につながった。事務の人は声を上げにくいが、「kintoneだからすぐに対応してくれる」「kintoneだから声を上げられた」という感謝の声もあったという。
齊藤氏自身も生産本部でのkintone利用度向上を実感している。生産本部内のkintoneユーザーの割合は50%から85%に、月に10日以上ログインした人の割合は17%から49%に改善するなどの変化があり、「CUBICでこういうこともやってみたい」という展望も生まれた。最もうれしかったのは、今までkintoneを触ったことがなかった人がCUBICのアプリを参考に自分でアプリを作り、複雑な計算式プラグインまで自分で設定するようになったことだった。
異動前は「発明者の力になりたくて知財の仕事をしていた」という齋藤氏、「再び、組織や人の力になれたことがうれしかった」と満面の笑みで話していた。
上司k氏の退職を乗り越え、kintoneをつないでいく決意
しかし、齊藤氏には新たな試練が待っていた。kintone管理を一手に担っていた上司k氏が昨年秋に退職してしまったのだ。
齊藤氏は「いろんな方々がつないでくれたkintoneを、ダメにするわけにはいかない」と決意し、さまざまな取り組みを開始した。
ミューチュアル・グロースとの関係強化のため、東京から大阪まで来てもらい現場との打ち合わせ機会を設定。社内向けにkintone管理者が変わったことをアピールするため、kintoneコミュニティスペースを作成してオープンな情報交換を実施した。ポータル画面もkintoneポータルデザイナーでタブ化し、新しいポータル管理機能も積極的に活用している。
このようにkintoneでの経験を話した後、齋藤氏は「kintone hiveの過去の登壇事例を見ると、スピーカーの方のキャラが濃かったり、会社全体を巻き込んだ大きな改善効果の話が出てきたりする。私なんかが登壇していいものかと悩んだ」と話しながらも、会場に向かって「今やっていることがものすごいことじゃなくてもいい。ぜひやり続けていってほしい」とメッセージを送った。
その齊藤氏がkintone hiveにエントリーしようと思ったきっかけは、他でもない上司kさんだ。「齊藤さんがCUBICを作ってkintone hiveに登壇したら俺は絶対見に行くからね、と言ってくれた」と齋藤氏。会場にいる上司kさんに、「来てくださってありがとうございました」と感謝の言葉を述べた。