サイボウズは5月27日、kintoneの活用アイデアをユーザー同士で共有するライブイベント「kintone hive 2025 hiroshima」を広島で開催した。同イベントでプレゼンテーションを行った6社のうち最も多くの共感を集め、全国イベント「Cybozu Days」への出場権を獲得したのが、ニコニコ観光だ。

広島県福山市の老舗バス・タクシー会社が、深刻なドライバー不足と業務の非効率性をいかに克服したのか。キーワードは「従業員ファースト」。代表取締役の漆川敏彦氏が変革の軌跡を語った。

  • ニコニコ観光 代表取締役 漆川敏彦氏

危機的状況からの就業開始

ニコニコ観光は創業65年。大型バス、中型バスなど貸切バス事業とタクシー事業を中心に、旅行、送迎、託児などの事業も展開している。

人材ビジネス業界にいた漆川氏は、あることがきっかけでニコニコ観光に転職することになった。8年前のことだ。漆川氏は初めてニコニコ観光のオフィスに足を踏み入れた時のことを今でも克明に覚えている。当時、ニコニコ観光には45人の従業員がいて、平均年齢は64歳、36歳だった漆川氏は最年少だった。

「会社に入るとどんよりとした雰囲気が漂っていた」と話した漆川氏。74歳と70歳のドライバーがつかみ合いの大喧嘩をしており、2階の物置き場には猫が子猫を生んでいる。聞けば就業規則は20年間変更されていないという。「とんでもないところに来てしまったと思った」(漆川氏)

家族はすでに岡山から福山に引っ越しを済ませていた。「受けた仕事はやるしかない」――こうして、漆川氏のニコニコ観光における日々がスタートした。

稼げる仕組みをつくれば若い人が集まってくる - 3つの施策

まず、漆川氏は一つ一つ課題を整理していくことにした。

当時のニコニコ観光は、タクシー・バス業界特有の課題であるドライバー不足と高齢化に悩んでいた。「給与水準が低く、24時間365日のシフト勤務。何より稼げる環境が整っていなかった」と漆川氏。ニコニコ観光のドライバーの多くは高齢で年金受給者。「年金があるからいいや」という消極的な姿勢が蔓延していた。

漆川氏は「稼げる仕組みを作れば若い人も集まってくる」と考え、次の3つの施策を打つことにした。

(1)新部門の立ち上げ

タクシー・バス事業は繁閑の差が激しいため、定量的で安定的な収入源を求めて送迎事業を新設した。

(2)従業員の多能工化

バスドライバーはバスのみ、タクシードライバーはタクシーのみという縦割り体制を撤廃。1人のドライバーが複数の車種を運転できる体制を構築し、案件の取りこぼしを防止した。

(3)完全希望休制度の導入

ニコニコ観光をはじめとするタクシー・バス会社は通常24時間365日営業している。会社がシフトを決めるのが業界の当たり前だが、若い人からは「好きな時に休みたい」「ワークライフバランスを実現したい」という意見があったため、従業員の希望を優先する完全希望休制度を導入した。

新たな施策が管理部門に混乱をもたらす

しかし、これらの施策は現場に想定外の混乱をもたらした。特に管理部門の負担は深刻だった。

毎月60名の従業員から上がってくる希望休申請を紙ベースで受け付けて集計し、タクシーシステムとバスシステムという別々のシステムに入力することになったのだが、2重3重の管理業務が発生した。

「管理部は一生懸命、手で作成された書類を既存のシステムに打ち込んでいる。仕事ではなく無駄な作業で一日を過ごしているような状況だった」と漆川氏は振り返る。

紙、Excel、ホワイトボードによるアナログ管理は限界に達していた。貼り忘れや抜け漏れが多発するという状態が続いた。

kintone導入→また混乱→救世主の萩原さんが新たな提案

そこで、kintoneの登場だ。

漆川氏がkintoneを知り、「これを導入すればうまくいくのでは」と考え、案件と仕事の情報を1カ所に集めることからスタートした。

タクシー事業、バス事業、送迎の仕事のデータを片っ端からkintoneに入力した。プラグインの「カレンダーPlus」を使って、案件情報を一目瞭然で把握できるようにした。さらには、スマートフォンでも見られるようにした。紙台帳を使っていたときは、営業に出ている社員は電話で車の空きを確認していたが、スマートフォンなら外出中でも見ることができる。

「これは素晴らしいものを作った」と思ったのも束の間だった。勤怠情報、車両の車検情報や点検情報が入っていないため、別の問題が起きた――「バスの仕事が入っているが、ドライバーが来ていない」「整備しようと思った車がない」などのトラブルが続いたのだ。

現場では二重、三重の管理をしたことで情報が均一に伝わらない状況が起きた。管理部は相変わらず紙の管理に追われている。「『なぜこんなことが起こるのか』が連発していた」(漆川氏)

そこに、救世主が現れる。パートタイム従業員の萩原さんだ。子育てをしながら働きたいとニコニコ観光に入社した。

萩原さんは混乱している現場を見て、「社長、案件情報を入れているだけではダメです」と一言。「ドライバー、整備士、管理、誰から見ても同じ情報を同じハコで見ることができるようにして、スピーディーに情報共有できる体制を作りましょう」と提案した。

  • 目指す形は全体への情報伝達

そのためには、kintoneのカスタマイズが必要だ。そこで、萩原さんがサイボウズの紹介で、kintoneカスタマイズを手がける広島のビットリバーという会社を見つけてきた。

シンプルな仕組みの整備で、教育しなくても触ってもらえるように

こうした経緯から、ビットリバーと協業することになったニコニコ観光。漆川氏は「とにかくシンプルなものを作りたい」と伝えたという。平均年齢は、漆川氏の入社時よりは下がったが、それでも54歳程度。70代の方もいた。

こうした依頼を受けて、ビットリバーはkintoneのデータを使ってマイページを構築できるサービス「カナル・ウェブ」を活用して、システムを作った。具体的には、kintoneとLINEを連携し、LINEで勤怠申請を行うことができるようにした。入力したデータはkintoneを介して、API連携しているタクシーシステムに格納される。kintoneには3カ月点検や車検といった車両の情報、見積もり中・決定・仮予約などの案件の状況に関する情報も入っている。

約1年の開発工期をかけて、試行錯誤を重ねて直感的に操作できるUI設計にこだわって作成した。最終的にドライバーが見やすく、画面を変えることで車両の状況、仕事の状況などの切り口で見られるようにした。日程が変わればドラッグして動かすことができるなど、視覚的に使えるようにした。「年齢が高い人のために文字を大きく、見やすくしてもらった。ボタンもピンポイントで押すことができる」と漆川氏。

  • ビットリバーと作ったシステムの概要

  • 高齢者でも使えるように、LINEで使えるようにした

一定の完成を見た後でも課題が出てきた。休みたいと申請しても日付が入っていなかったり、消してはいけないレコードを勝手に削除したりといったトラブルが発生した。漆川氏は、「問題が起こるたびに改善、改善、改善を重ねて完成した」という。

「シンプルって、実はとても難しい、直感的に触れるUI、自動入力・自動制御できるように、ビットリバーさんと何度も何度もフローを見直した」と、漆川氏は語った。

なお、漆川氏は新たなシステムを使いこなすための教育はしなかったという。アナログ人材には、教育よりもシンプルな仕組み化のほうが有効と考えていたためだ。一方で、紙は廃止した。この決断について、「人間の適応能力は高いので、その環境になれば最初は大変だが慣れる」と、同氏は述べた。

苦労して作成した甲斐があって、全従業員がアプリから勤怠申請をするようになった。

平均給料は1年で20%増、若い社員が入ってきた

こだわって作成したkintoneの効果はすぐに現れた。

「従業員の平均給料は昨年から20%アップした。月給30万円だったのが50万円になった人もいる」と漆川氏は胸を張る。何よりも喜んでいるのが、「社長、家を建てようと思うんです」「社長、子供が生まれるんです」といった声が聞かれるようになったことだ。

8年前に入社したときには想像もできなかったことだ。当時の「若い人に入社してほしい」という願いが、現実になりつつあるのだ。

ニコニコ観光の売り上げは前年比20%増加し、ドライバーは35人から73人、倍以上増えた。しかも、管理メンバーは当時と同じ9人だという。

当時、専属で勤怠の管理をしていたパートの女性は、kintone導入により仕事が8割削減した。124時間が25時間に短縮されたことから、現在、「作業ではなく、売上につながる仕事に従事している」と漆川氏はいう。

そして、ニコニコ観光の変革の道のりはまだまだ続く。

社内におけるkintoneの利用は拡大しており、現在は社員から「社長、クレーム管理をkintone化しましょう」「事故管理をkintone化しましょう」といった声が上がるようになった。

将来的に「給与計算、新事業所、バス管理システムとの連携も進めていきたい」と漆川氏は目を輝かせる。

最後に漆川氏は成功の要因として以下の2点を挙げた。

  • 萩原さんのような専任メンバーの存在
  • 教育より仕組み化、直感的に使えるシンプルな仕組みづくりを優先

そして、「kintoneは事業を成長させるための武器でもあり、伴走パートナーにもなる。これからもkintoneと一緒に成長していきたい」と、講演を締めくくった。