サイボウズは今年5月、kintoneの活用アイデアをユーザー同士で共有するライブイベント「kintone hive 2025 hiroshima」を広島で開催した。同イベントで、岡山から参加した医療機器の販売を事業とするカワニシが自社の事例を披露した。同社には紙が多く残っていたが、kintoneで効率化に成功した。

試行錯誤した担当者が明かすポイントは2つ、「うんざり業務」と「その気にさせる」だ。

仕入れ先と得意先、それぞれの独自ルールの板挟み

カワニシは1921年に川西器械店として創業、2021年に百周年を迎えた医療機器販売、レンタル、リースの会社だ。2100社を超える仕入れ先から商品を仕入れ、6000社を超える医療機関や研究機関、二次店などに商品を届けている。

業務改革は新しい取り組みではなく、岩木雄一氏は2002年に経営管理室に業務改革推進担当が設けられて以来、担当者として取り組んでいる。取り組みを本格化したのは2023年、本部に配置換えとなってから。2024年にはもう一人の登壇者、髙森凌氏が加わった。

  • 業務改革推進担当 岩木雄一氏

    業務改革推進担当 岩木雄一氏

  • 業務改革推進担当 髙森凌氏

    業務改革推進担当 髙森凌氏

J1ファジアーノ岡山ユニフォームを着て登壇した2人、それぞれを三谷幸喜、重岡大穀に似ていると自らを紹介。親子ほどの歳の差があるコンビがこの3年間、二人三脚でkintone活用を推進してきた。

岩木氏によると、医療機器業界には独特な商慣習が残っており、「仕入れ先の独自ルールと得意先の独自ルールの板挟み」の状況にあったとのこと。同社の営業は「千手観音みたいに自分なりに工夫して」(高森氏)、それぞれの独自ルールに対応しながら医療を支えてきたという。

「丸投げ状態」からのスタート、50個のアプリが屍に

kintoneとの出会いは突然だった。営業から「導入した機械の更新時期を一覧で管理したい」との相談を受けた。当時DX(デジタルトランスフォーメーション)担当になったばかりの岩木氏はkintoneのことを知らず、「お好きにしてはどうですか?」と答えていたという。

現場のニーズに応える形で導入したkintoneだが、現実は厳しかった。営業がkintoneを使おうと、サンプルの日報アプリを使い始める。すると日報アプリがあふれかえり、誰の日報アプリかわからない。「こんなんじゃ使えない」と思考停止。そして、kintoneは使われなくなったという。

そうするうちに、営業担当は部長から「一覧はどうなったの?」と問われる。困った営業担当は岩木氏に「kintoneどうするつもりなの?」と聞いてくる。DX担当という立場であるため、岩木氏に丸投げされたというわけだ。

そこで、岩木氏はヒアリングに乗り出すことに。当時の状況を同氏は次のように説明した。

「我が社はシステムの導入は比較的早かったです。そのため、システムが多すぎて、システムアレルギーがありました。その状態でkintoneを入れるとなると、“また新しいものを入れるの”という反応でした」

それでも、岩木氏はヒアリングを重ねた。しかし、出てくるのは愚痴ばかり。「貧相な発想とか、突拍子もなく奇抜な発想」が飛び交う状況だった。

そんな状況だったため、岩木氏自身がkintoneを使ってみることに。最初は無難にマニュアルを置き換えた。データ入力が始まると「Excelや紙の方が入力しやすかった」「自由度が下がる」と不満が聞かれるように。それでも岩木氏は1年間で50個ほどのアプリを作成した。しかし「ふーん」と言われるだけで全然使ってもらえない。「アプリの屍」がたまっていったという。

転機は「うんざり業務」への着目

行き詰まった時、岩木氏は発想を変えた――「“うんざり業務”が圧倒的に楽になったら、絶対使ってもらえるはず」

「kintoneの最大の特徴は、簡単にアプリが作れること。(その特徴に着目するよりも)業務、作業を、簡単に楽にしよう。そのためだったらなんでもやろうという発想に変えました」と岩木氏。そのためには「目先の負担軽減にこだわったらいいんじゃないか」という結論に達した。

「kintoneを作るなら選択肢は1つ。使いたいと思うものを作ること」と言い切る岩木氏、そこでの切り札が「カスタマイズ」という。そこでR3のプラグイン「gusuku Customine」を採用することに。

「カスタマイズは最終手段だと思われがちだが、われわれは最初の使ってもらうところでハードルが高かったです。だから最初から(最終手段のはずの)カスタマイズで乗り切ることにしました」と岩木氏。

こうやってkintoneでうんざり業務を肩代わりし、カスタマイズすることで使ってもらえるという道筋がたった。だが、それで終わりではなかった。

30分の作業が1分に、それでも使われない現実

Customineの使い手となった髙森氏は、次々とカスタマイズしていった。

うんざり業務の代表例として取り組んだのが、商品返品時の手続きだ。

従来の流れは「納品書を引っ張り出してきて、売り上げのデータを検索し、検索したらフォーマットに項目をコピ&ペーストをして、それを印刷する。印刷したら、さらに赤ペンで重要な項目を記入して、最終チェックに回す」だ。この場合、1工程で約30分を要していたという。

これを、Customineにより「商品をポチポチポチッと押して、出力ボタンを押すだけで、Excelが売上返品指示書を生成するようにした」と高森氏。所要時間は約1分だ。

  • 商品をチェックしてボタンを押すだけで売上返品指示書が生成される

    商品をチェックしてボタンを押すだけで売上返品指示書が生成される

30分が1分になる――「びっくりした」という岩木氏は、社内に見せて回った。反応も上々だった。「これで間違いなく使われる」と確信したものの、期待外れだった。使ってもらえたかどうかを確認すると「何でしたっけ?とか、ログインどうやるんですか?」という声が出てきた。

「ウロウロ」が生んだ口コミ効果

そこで岩木氏は「ウロウロ」作戦に出る。社内のいろんな部署を回り、声をかけて、kintoneを開いてもらう。使ってもらいながら要望をその場で回収。すると感心や驚きの声。「CMみたいに、みんな感心していました」と岩木氏は振り返る。このウロウロ作戦により、ついに変化が現れた。

「kintone使えますか」「私、ライセンス入ってないんですけど」「アプリの説明会がないんですけど」という声が上がるようになったのだ。さらには、要望を超えてクレームまで飛び出した。「クレームこそ、使っている証拠」と岩木氏らは密かに喜んだ。

そして、さらなる「ウロウロ」作戦を展開。すると、今度は細かな要望が出るようになり、それを解決するカスタマイズを高森氏が手早く作った。「カスタマイズにより、思ったより動くようになる。動くようになると人に教えたくなる。そうすると、口コミで勝手に広がっていきます」(岩木氏)

岩木氏は効果を1つ紹介した。社長が登場する年2回の全社ミーティングで、DX推進室によるkintone研修に12分間紹介してくれた。3時間のプログラムのうちわずかな時間だったが、「全体のアンケートで、kintoneの売上返品指示書アプリで時短ができてます、助かってますって意見が出てきました。これは、われわれにとって予期せぬ効果でビックリしました」と岩木氏。

プラグインを駆使して自動化を実現

DXラボ kintoneとして進めている研修参加者からは新たな工夫も生まれた。通知機能のレコードタイトルを、フィールド設定により設定することで、アプリ名、案件名、通知内容の3つが入った形で来るようになった。このような設定は、岩木氏と高森氏は思いつかなかった。「目から鱗だった」(岩木氏)

岩木氏は楽にするために使っているツールや工夫も披露した。同社は帳票作成にオプロの「帳票DX」を採用。「4種類ぐらい試した中で、複雑な帳票に耐えられる」というのが理由だ。メール送信、GMOサインなどさまざまな外部サービスと連携可能で、コストパフォーマンスが高いという。

一例として、労働契約書の作成として、対象者へのメール送信からGMOサインでの電子署名まで一連の流れを自動化したことが紹介された。

また、富士フイルムビジネスイノベーションの「FUJIFILM IWpro」との連携により、スキャンしたものをそのままkintoneに取り込み、IWproのOCR機能でデータ化する仕組みも構築した。紙、手入力、電話を使うため納品書の処理に時間がかかるという問題を一気に解決した。

  • 伝票管理業務のペーパーレス化も実現

    伝票管理業務のペーパーレス化も実現

取り組みは社内にとどまらない。大口顧客との納期確認業務では、これまでのメールとFAXから、kintoneでの登録と「kViewer」(トヨクモ)による確認に変更を試みている。また、二次店向けには「Kanal-WEB」(ビットリバー)でのWeb発注システムもトライアル中だ。

「その気にさせる」活動はDXのフェーズ0だった

これらの取り組みを振り返り、岩木氏は「私たちがやっていたのはフェーズ0じゃないか」という。どういうことか?

一般的なDXの進化はフェーズ1(デジタイゼーション)、フェーズ2(デジタライゼーション)、そしてフェーズ3(デジタルトランスフォーメーション)というステップで語られる。それに当てはめるなら、岩木氏と高森氏がやってきたkintoneの導入と定着の取り組みは、前段階のフェーズ0という分析だ。

岩木氏はフェーズ0を、「ITを理解して認める、システム化を受け入れる」と定義する。デジタルで必須のデータは入力なしには生まれない。データ登録という変化を求められた時、社員たちは自然な反応として「とにかく反発する評論家」「パニックに陥る被害者」「見て見ぬ振りをする傍観者」と言った態度をとる。だが、重要なことは20%いると言われる前向きな人に着目し、「この人たちを1人でも増やしていく」活動だ。

  • カワニシのDXのフェーズ0とは?

    カワニシのDXのフェーズ0とは?

次はフェーズ1のデジタイゼーションに向かうが、現在の状況は、社員数736人に対してライセンスは80%に相当する592件、1カ月ログインしていないユーザーは263件だ。岩木氏はこの数字を逆から見て、「むしろkintoneにログインする人が、64%もいる」と前向きに捉えている。「kintoneアレルギーは減ったはず」と岩木氏、今こそ二の矢、三の矢を放つ段階だと考えている。

そんなのkintoneですぐにできるやん

では二の矢、三の矢をどのように放つのか。

岩木氏によると、月に1度は「業務が大変なんだよね」「これってこういうふうにできると楽だよね」という相談が出てくるようになった。そこで岩木氏と高森氏は、「そんなのkintoneですぐにできるやん」と答えるようにしている。

「kintoneでアプリ化できるものはまだまだたくさんある。これを拾っていけば、アプリはもっと普及していく」(岩木氏)。このように、これからは「身近なアプリ化の発掘」に取り組むという。

岩木氏は最後に、何度も重ねているウロウロ戦略のポイントを明かした。「何かを心がけているということはなく、むしろ自分にプレッシャーをかけずに、とにかくウロウロする」「雑談するうちに、『ところでkintoneは使っている?』とkintoneにつなげて、kintoneを開いてもらう。すると話が膨らんでいく」という。

重要なことは、「要望を聞いて迅速に応えていくこと。ここは信用につながるポイントなので、待たせずにとにかく早くやる。これを今後も続けたい」と述べた。

岩木氏と高森氏の活動は、まだまだ終わらない。