新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

初めてできた同い年の友達、そして「努力」と「労働」と―『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』感想(ネタバレ注意)

生み出してくれる人がなかったら、それを味わったり、楽しんだりして消費することはできやしない。生み出す働きこそ、人間を人間らしくしてくれるのだ。
これは、何も、食物とか衣服とかという品物ばかりのことではない。学問の世界だって、芸術の世界だって、生み出してゆく人は、それを受ける人々より、はるかに肝心な人なんだ。
だから、君は、生産する人と消費する人という、この区分の一点を、今後、決して見落とさないようにしてゆきたまえ。
(中略)
そしてコペル君、この点こそ、――君たちと浦川君との、一番の大きな相違なのだよ。
浦川君はまだ年がいかないけれど、この世の中で、ものを生み出す人の側に、もう立派にはいっているじゃあないか。浦川君の洋服に油揚のにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃあない。
(吉野源三郎著、『君たちはどう生きるか』、マガジンハウス、150~151ページより引用)

『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』を見てきた。いつもと違う環境での新しい出会いを通して、女子中学生の心に芽生えた感情の機微を、これほどまでに鮮やかに、丁寧に、繊細に描き切ったアニメ映画がかつてあっただろうか。

旭丘分校のいつものメンバーは福引で沖縄旅行を当て、宮内家の姉2人・このみ・駄菓子屋といっしょに石垣島へと向かう。そこで出迎えてくれたのは夏海と同い年の女の子・新里あおい。彼女は実に慣れた所作で客人を部屋に案内し、夕食の準備をしてくれる。本当はまだ遊びたい年頃であるはずなのに、嫌な顔一つすることなく家の手伝いをし、夏海達の泊まる部屋の掃除をする。そんなあおいの姿を見て、夏海は複雑な表情を浮かべている。

この時の夏海の気持ち、皆さんお分かりいただけますか? それを一言で言い表すことはあまりにも難しい。だが、多くの人が、多かれ少なかれ、似たような気持ちになったことがあるはずだ。それは大人だけでなく、子どもであったとしても、いや、純粋無垢な子どもだからこそ、そういう気持ちになるということがあるはずなのだ。

この作品のズルい(そして見事な)ところは、夏海の琴線に触れる「フック」のようなものをこれでもかと配置してきているところなのだ。

まず、夏海にとってあおいは、めったに絡むことのない「同い年」の女子である。夏海の周りにいつもいるのは兄と姉、高校生の幼馴染、そして小学1年生と5年生の後輩だけだ。あおいの同級生と出会った時に恥ずかしそうにしていたことからも、夏海は同い年の子と遊んだり話したりした経験があまり無いということが伺える。

そんな同い年の子が、自分よりもはるかにしっかりしていて、礼儀正しさとか、気遣いとか、何から何まで自分より「上」に見えてしまう。早い話が、夏休みを遊んで過ごすだけの夏海と違って、あおいは、家の手伝いという形ではあるものの、すでに「労働」をやっているのである。もちろん、夏海はまだ中学生なのだから、働いたことが無くても何ら恥じることはないのだが、仕事以外の面でも違いをまざまざと見せつけられていく。

夜、夏海は、家の壁を使ってバドミントンの練習をするあおいを目撃する。あおいはバドミントン部に所属していて、母親から禁止されているにもかかわらず夜に一人で練習をしている。昼にいろいろ仕事をして疲れているにもかかわらず、である。そして、まあ当たり前だが、運動が得意な夏海でも全く歯が立たないくらい強い。そこまでしてバドミントンに打ち込んでいるということは、あおいは本当にそれが大好きで、上手くなるためにどんな「努力」も惜しまないという熱意があるという証だろう。それほどまでに無我夢中で、努力し続けられる、熱中できるものが、果たして今の夏海にはあるか?

この一連の出来事を通して夏海の中に去来した気持ちを何と呼べばいいのだろう…。憧れ? 恥ずかしさ? 申し訳なさ? 劣等感? 戸惑い? 情けなさ?

それを言葉で完璧に説明することは到底不可能だろう。だが、この経験が夏海の心に大きな衝撃を与えたことは、容易に想像ができる。

宿を立つ日、夏海がついに感極まって帰りたくないと言って泣き出してしまう。あの泣き虫の小鞠や蛍ですら泣かないのに、夏海だけが泣くのである。島の街並みや料理、美しい海とマンタ、きれいな星空、そんな素晴らしい自然の中で、あおいと出会って過ごした全ての時間が、夏海にとって一生忘れることのできない大切な思い出となったのだ。

気の合う友達と和気あいあいと楽しく過ごすというのも素晴らしい時間ではある。しかし、自分にはないものを持っている人と出会い、心に強い衝撃を受けるという経験もまた、何物にも代えがたい素晴らしいものだろう。そして、心に深く深く刻み込まれるのは、後者である場合が多い。そのような出会いを描いた作品が『響け!ユーフォニアム』や『宇宙よりも遠い場所』ではないだろうか。

夏海が体験したのもまた、そういう出会いだったのだろう。だからこそ、最後に泣くのは夏海だけなのだ。そのはずだったのだが…

夏海の傍らには、ベッドに突っ伏して泣くひか姉の姿が………

ちwwwがwwwうwwwだwwwろwwwwwwwwwwwwwwwww

お前、床で寝て、海でゲロ吐いてただけじゃねえかwwwwwwwwwwww

なんで泣いてんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

…ホント、ひか姉、良いキャラしてるわ。

夏海とあおいの関係はこれからどうなるだろうか。夏海が成長して、お金を貯めて、また夏休みにあおいの元へ行く…。あるいは、あおいの方が夏海の家に遊びに行く…。そんな風に、これからもずっと関係が続いていくことを願っている。

同い年の少女との出会いを通して、夏海の心に刻み込まれた沢山の感情と思い出、そんな繊細さの欠片すら感じられないひか姉の俗物っぷり。これらを見事に融合させた泣いて笑える映画だった。