新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ココロコネクト』第8話考察

※作品に対する様々な考え方を併記するために、対論形式の記事にしてあります。

稲葉の行動をゲーム理論風に分析してみた

司会者  さて、アニメ『ココロコネクト』も第8話まで来ましたが、前回に引き続き、部員間の心の溝が強調されていましたね。特に唯と稲葉は、欲望解放を怖れるあまり、他の部員との対話を拒否してしまっており、今や5人の間の絆は風前の灯となってしまいました。この状況を打破するためには、『人格入れ替わり』の時と同じように、対話による相互理解が不可欠なのですが、欲望解放によって相手を傷つけてしまうことを怖れるあまり、なかなか前へ進めずにいます。

経済学者  ここで、稲葉が仲間との対話を拒否してしまう心理を、ゲーム理論風に分析してみましょう。ここで稲葉がとり得る行動は、「対話/対立」と「対話拒否」の2種類です。欲望解放によって相手と対立したり傷つけ合ったりするリスクを覚悟の上で、それでも対話によって相手と繋がろうとするか(「対話/対立」)。それとも、相手を傷つけるくらいなら対話なんかするべきではない、と考えて相手から距離を置くか(「対話拒否」)。

九州人  なるほど。今回の唯や稲葉の場合、完全に「対話拒否」を選択しているわけですね。他の部員にしても、相手を傷つけることを怖れて、「対話拒否」の方に傾きつつあるわけですね。

経済学者  その通りです。さて次は、「稲葉」と「文研部の誰か」という2者間の関係について考えていきましょう。稲葉と文研部との間での対話のパターンには、次の4種類があります。

  1. 稲葉も相手も、どちらとも「対話/対立」を選択
  2. 稲葉は「対話/対立」、相手は「対話拒否」を選択
  3. 稲葉は「対話拒否」、相手は「対話/対立」を選択
  4. 稲葉も相手も、どちらとも「対話拒否」を選択

経済学者  ここで皆さんに質問しますが、上の1~4のうち、どれが最も好ましい状況で、どれが最も好ましくない状況だと思いますか?

カント主義者  最悪なパターンは4番に決まっているではないか。どちらも「対話拒否」を続けていれば、問題は一向に解決しない。両者の間の溝が深まるばかりで、せっかく築いた絆も壊れてしまうではないか。

アニオタ  でも、「対話拒否」を選択しておけば、仮に欲望解放が起こっても相手を傷つけることはないですよね。「相手を傷つけたくない」と思っているのなら、4番も悪いことばかりではないと思います。

九州人  逆に最良なのは、1番でしょうね。どちらも対話を目指しているならば、問題解決は非常にスムーズに進むと思います。いや待てよ。4番と逆の理由から、必ずしもベストとは言い切れないのかな? 対話中の欲望解放によって、相手を傷つけてしまう危険性も高いですしね。

アニオタ  短期的には対立することになったとしても、長期的には対話を続けることでお互いを理解することが出来、非常に好ましい結果になるんじゃないでしょうか?

カント主義者  ここで、藤島委員長が言っていたことを思いだそう。「本当に自分が一番大切にしていることはなんなの?」。文研部の5人は明らかに本心では「対話/対立」を望んでいて、相手を傷つける事を避けるために仕方なく「対話拒否」という選択をとっている。それならば、やはり自分の本心に従って行動するのがベストだと思う。

司会者  皆さんの意見をまとめますと、最も好ましいパターンは1番となりましたが、最も好ましくないパターンについては結論は出ませんでしたね。

経済学者  これは私の出題が曖昧でした。先程の質問をこう言い換えましょう。「稲葉にとって」最も好ましいパターン、最も好ましくないパターンはどれでしょうか。

カント主義者  どの場合でも同じだ。最も好ましいのが1番で、好ましくないのが4番だ。

アニオタ  確かに好ましい方は1番だと思いますが、好ましくない方については、4番とは限りませんよ。相手と対話できない状況は確かにベストではないですが、少なくとも相手を傷つけるリスクは無くなるわけですから。

九州人  例えば、2番のようなパターンを考えてみましょう。相手が「対話拒否」の姿勢でいるところに、無理やり「対話/対立」で突っ込んで行ったらどうなります。まさに、第7話で稲葉が唯にキレた時みたいに、相手が一方的に傷ついてしまう状況になるでしょう。それは、稲葉にとって、最も避けたいことだと思うんですが。

経済学者  私も九州人さんのおっしゃる通りだと思います。相手の事を大切に思っていれば、それだけ相手を傷つけることを怖れるようになります。まとめると下の表のようになりますね。稲葉にとってベストなのは、自分も相手も「対話/対立」で行くこと。ワーストなのは、自分が「対話/対立」、相手が「対話拒否」を選択した場合です。他の2つ、つまり、稲葉が「対話拒否」を選択したパターンについてですが、これらも好ましい状態とは言えませんが、相手を傷つけずに済む分、まだましと言えるでしょう。

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経済学者  さてここで、稲葉の心理を分析してみましょう。おそらく稲葉は、最も好ましくない状況、つまり、2番のような状況になることを避けようとするはずです。自分が「対話/対立」を選択してしまうと、相手も「対話/対立」で来た時には良いですが、相手が「対話拒否」だった場合には、相手を傷つけてしまいます。自分が「対話拒否」を選択すれば、少なくともワーストな状況に陥ることだけは避けることが出来ます。このような理由から稲葉は、たとえ本心では「対話/対立」を望んでいたとしても、「対話拒否」を選択せざるを得ない状況に追い込まれている、ということが分かります。

カント主義者  ちょっと待ちたまえ! 稲葉が「対話拒否」を選択せざるを得ない、というのはちょっとおかしいのではないかね? 確かに稲葉が「対話/対立」を選択すれば、相手を傷つけてしまうリスクがある。しかし、相手も「対話/対立」を選択していれば、双方にとってベストな結果になるではないか。最悪な結果になるかもしれないというリスクを承知の上で、「対話/対立」を選択するという「賭け」に出る可能性もあるのではないかね?

経済学者  それは、リスクを侵すことで得られるメリットとデメリットを考慮して見れば分かります。例えば、宝くじで3億円を当てる可能性に賭けて、数百円を犠牲にすることは、誰でも簡単に出来ます。しかし、事業で3億円の利益を挙げるために、1億円の借金をするということは、リスクがあまりにも大きすぎて、誰もが出来る選択ではありません。稲葉の場合も同じです。彼女は文研部の仲間の事を大切に思っていて、その仲間を傷つけることを非常に怖れています。しかも実際に、唯の家で一度失敗を犯し、唯を深く傷つけてしまっています。そんな状況下で、「対話/対立」という選択をとることは、あまりにもリスクが大きい、と稲葉は考えるでしょう。

アニオタ  今、ふと思ったんですが、稲葉が「相手を傷つけたくない」という思いから「対話拒否」を選択するのなら、それと同じ理由で仲間の方も「対話拒否」を選択しているんじゃないでしょうか?

経済学者  まさにおっしゃる通りです! 上で分析した行動パターンは、何も稲葉だけに当てはまるものではなく、他の文研部メンバーも、稲葉と同じくらい「相手を傷つけたくない」と思っているはずですから、やはりリスクを避けるために「対話拒否」が選択されてしまうということです。結果的には、双方とも「対話拒否」というパターンに陥ってしまうわけですね。要するに、文研部の皆は本当は「対話/対立」を望んでいるのに、相手の事を大切に思うあまり、かえって良くない結果(どちらも「対話拒否」)になってしまっている、という事なんです。

対話を取り戻すためにはどうするべきか

司会者  それでは、文研部の5人が再び「対話」へと向かっていくためには、どうすれば良いのでしょうか?

経済学者  それは稲葉の立場になってみれば分かります。稲葉が「対話拒否」を選択してしまうのは、相手が「対話/対立」と「対話拒否」のどちらで来るかが分からないからです。もし、相手が確実に「対話/対立」で来ると分かっているのなら、稲葉も迷わず「対話/対立」を選択できるんじゃないでしょうか。それともう一つ大事なのが、失敗した時のリスクを小さくするという事です。相手を傷つける事を極端に恐れるんじゃなくて、「たとえ失敗しても良いじゃん。親友どうし、時にはぶつかり合う事だってあるよ」くらいの気持ちでいれば、「対話/対立」という選択をとり易くなりますよね。

九州人  なるほど。これは藤島さんやごっさんが言っていた事とも通じるものがありますね。

「傷つけ合ったり迷惑かけ合ったりするのが友達じゃないのか? (中略) 失敗するかもしれないけどさ、ぶつかり合わないとなかなか本当の友達にはなれないもんだしな」*1
「どっちが大切なの? その話し合う誰かを傷つけないこと? それとも話し合ってなにかを達成すること? 一番の目的はなんなの? 本当に自分が一番大切にしていることはなんなの? それを考えたら? (中略) ついでに言っとくと、私は人って傷つけ合うものだと思ってるけど」*2

九州人  確かに誰かを傷つけることや、誰かに傷つけられることは怖い。それが、大切な仲間なら尚更です。でも、その事を過度に怖れてどちらも「対話拒否」を続けてしまえば、傷つけ合わずに済むかわりに、何を成し遂げる事もできない。傷つけ合うことで初めて見えてくるものもあるし、対立を乗り越えることでさらに絆を深める事もできる。

アニオタ  これまでは、稲葉だけでなく他の部員達も、相手を傷つけることを過度に怖れていたのだと思います。しかし今回太一は、ごっさんと藤島さんからのアドバイスを聞いて、ようやく「傷つけ合っても良いんだ」という事に気づけたんだと思います。

司会者  アドバイスのおかげで変わることが出来た太一が、次回以降、どのように動いて唯や稲葉を変えてゆくのか、非常に楽しみになってきたところで、本日の対論を終了したいと思います。

*1:第2巻、178~179P

*2:第2巻、182~183P