kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「平時の小沢一郎」復活か?「菅降ろし」の怪気炎を上げた

東日本大震災から間もなく1か月。緊急時には全く存在感を見せなかった小沢一郎が久々に吠えた。

おやおや、「平時の小沢一郎」復活かよ。私はそう思った。


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110409/stt11040901310000-n1.htm

「菅降ろし」党内外で再燃 参院議長の退陣要求に小沢氏「感銘」
2011.4.9 01:30


 東日本大震災の発生から1カ月が経過しようとする時期を待っていたかのように、菅直人首相の退陣を求める“菅降ろし”の風が強まり始めた。民主党の小沢一郎元代表は8日、側近議員との会談で、首相退陣を求めた7日の西岡武夫参院議長の発言に「感銘を受けた」と呼応。首相が政権延命のために画策した大連立構想のキーマン、自民党の大島理森副総裁も8日、「民主党で本当にあの人を支える人が何人いるのか」と述べ、首相の政権運営の行き詰まりを指摘した。


 昨年9月の民主党代表選以来、首相と激しい抗争を続けてきた小沢氏が8日、久々に活発な動きを見せた。


 「本当に深刻だ。このままでは日本は世界から信頼されなくなる」


 都内の個人事務所で、鈴木克昌総務副大臣、三井弁雄国土交通副大臣、一川保夫政調会長代理ら側近議員と相次いで会談した小沢氏は、東京電力福島第1原発の事故対応に四苦八苦する菅政権の窮状に苦言を呈した後、西岡氏の発言に全面的な賛意を示した。


 西岡氏は7日の記者会見で、菅首相について「今の状態で国政を担当するのは許されない」と述べていた。現職議長としては極めて異例かつ強烈な“退陣要求”だ。


 小沢氏はこの発言に対し、「民主党政権が国民の信頼を失いつつある中、参院議長一人だけが党を支えている」と最大限のエールを送った。


 小沢氏との会談を終えた側近議員の一人は、興奮気味に語った。

 「今、内閣不信任案が出たら自分は賛成する。与野党の圧倒的多数で可決するんじゃないか」(以下略)


産経の記事の冒頭にあるように、小沢一郎は「東日本大震災の発生から1カ月が経過しようとする時期を待っていた」のである。「かのように」は不要だ。


この1か月間、小沢一郎はいったい何をしていたのか。


自身のウェブサイトは、3月11日を最後に約1週間更新がなかった。東北の民がたいへんな苦難に見舞われている最中、サイトのトップページを飾っていたのは、呵々大笑する小沢一郎の写真であり、消息が伝えられない上にいっこうにウェブサイトも更新されない状態に、小沢の「安否不明説」がささやかれたのも当然だった。

実際には、与野党は12日に全国会議員の無事を確認していたから、小沢が例によって「雲隠れ」していることは明らかだった。


原発事故が起きると、いわゆる「小沢左派」が、「小沢一郎は隠れ『反原発』派だった」という宣伝を行ったが、「鍋パーティー」会員で『きまぐれな日々』コメント常連のフリスキーさんが、小沢一郎が民主党代表を務めていた2006年に、民主党の原発政策をそれまでの「慎重に推進」から「積極的に推進」へと転換した事実を指摘し、私は当ブログ及び「きまぐれな日々」にてこの事実を大々的に広めた。
小沢一郎が原発に慎重だった民主党の政策を「原発推進」に転換した - kojitakenの日記


その後小沢は、ようやく岩手入りしたが、かつて中選挙区時代に小沢の選挙区だった陸前高田などの被災地はスルー。今週発売の『週刊文春』でも強烈に揶揄された。


何より、小沢一郎の口から、自らが代表を務めていた頃の民主党の原発政策転換に関するコメントは聞かれないし、誰も小沢にそれを聞こうとしない。


それでいて、「菅降ろし」にだけは異様な執念を燃やすのだから、開いた口が塞がらないとはこのことだ。